《結託》
拳骨を、頂きました。
「馬鹿じゃねぇの」
自宅に迎えに行ったティルトとラミスに、移動中、事情の説明がてら一言二言愚痴をこぼしたら、開口一番そう言われたのが二重にショックでした。
「お前には……お前だけには言われたくない」
ラミスに全く頭の上がらないティルトになら、分かってもらえると思っていたのに。
「大体お前、派手な真似すんなって前からあれだけ言ってるのに、何でそう目立つような真似するかね?」
ティルトがあからさまに溜息をつく。
「だって、リチャードが『立合え』っていうから……」
「言われたからってやるのもおかしいだろ。リチャードのことも有って遺跡行きたいってのは分かったけど、無理にそっちに便乗しなくったって、普通に俺達が付き合えばいい話じゃねぇか」
「リッチーもしょうがないわね。自分が立合うのが面倒だっただけなのよ、あの人」
ラミスが、代わり慰めようとしているのか、苦笑いしながらアスパーンの頭を撫でる。
「それにしても、乗り気なのがちょっと意外だな。二人はギルドの仕事の方が大変なんだと思ってたけど」
「バーカ。こっちは遺跡に関してはプロフェッショナルだぜ? 断る理由のほうが無いっての。遺跡探索の手伝いをする分には、ギルドから文句言われないんだからな」
「冒険者が遺跡探索する時の水先案内が、盗賊ギルドの表向きの仕事だからねー。そっちがメインの人もいるし、特に、知り合いが行くと言うのなら、アタシやティルは断る理由も無いのよ」
ラミスがアスパーンの肩の上で、こちらを見上げて言う。
「遺跡探索はメンバーの技量さえ有れば、いい金儲けにもなるしな」
ティルトが親指と人差指で輪っかを作りながら、ニヤリと笑う。
「上納金とか有るの?」
「正式にギルドへの依頼として処理すればな。…………実は入会金や年会費的な意味の上納金を除けば、それ以上の上納金は出世の手段でしか無ぇから、そこは案外曖昧だったりもする」
ティルトは説明してもいいものか途中で少し考えたようだが、毒にも薬にもなるまいと判断したらしく、結局は答えた。
「ふぅん。て、いうことは、ティルトは俺達が思ってたほど出世には興味ないのか。ギルドの仕事で忙しそうだから、出世に興味が有るんだと思ってた」
「そこもまた微妙だな。出世すれば金回りも良くなるし、本部に居れば耳に入る情報も増えてくるから、それはそれで捨てがたいけど」
「ウチらの場合は、この間ティルトがしでかしたヘマをチャラにするための仕事だったからね。好きで仕事してたわけでもないのよ」
ラミスが苦笑いする。
「ヘマって、ルーベンでの一件か?」
ティルトは初めてアスパーンと出会ったとき、ルーベンという町の盗賊ギルドで、勝手に盗みを働いた責任を問われて働かされていた。その後本人に事情を訊くと誤解だと言ってはいたが、本当のところは定かではない。
「そういうこと。……本人は誤解だって言ってるけどね」
「そもそもさぁ、『生み出すもの』の一件でチャラにしてくれても良くねぇ? っていうか、ルーベンの方ではそれで話がついてた筈なのに、バルメースに戻ってきたら『じゃぁ、次これね』みたいな感じでドンドン新しい仕事が入れられててさ。いつまで引っ張る気だっつーの」
「まぁ、『生み出すもの』の一件は規模が大きすぎたしなぁ」
正直、アスパーンも突然あんなものに遭遇するとは思ってもみなかったし、実際あの周辺が焦土と化してしまったことで姉に会うのが怖くなったのも事実だ。
まぁ、どちらにしても会ったときには既に姉は知っていたわけだが。
「俺としては、あの姉貴が見逃してくれたことの方が有り難かった」
姉のことを思い出して、アスパーンは僅かに震える。
「それなんだけどさ。あの人、ホントにアスパーンやシーちゃんが言うほどに怖い人なの? そこが今ひとつ分からないのよね、アタシとしては」
ラミスが、腰に手を当てて疑問符を浮かべた。
ラミスの言葉に、アスパーンは思わず『フッ』と息を漏らした。
「……外面にもコダワルカラネ。君たちの存在がホントウニアリガタカッタヨ」
「カタカナ言葉になるほど怖いのか……」
ティルトが半眼で口元を引き攣らせる。
『怖い』。
そんな表現も有りましたね。
正直なところ、それでさえも十全とは言えないと感じるほどのものを憶えるのだが、それを如何様に表現するべきかの語彙がアスパーンにないことが残念でならない。
「まぁ、話を戻すけど。そんな訳で、この話に参加するならギルドの仕事にも名目上、片が付きそうだし、暫くは俺達もお前達のパーティに同行することにしようと思う。あのメンバーだと、誰か加わることでメリットが有っても、誰かの手が欠けるのは機能しない感じになりそうだしな」
ティルトは頭の後ろで手を組みながら、こちらを見上げる。
どうやらティルトの側に、パーティを組むことへの懸念や異論はないらしい。
まぁ、あのメンバーがそれぞれいい働きをして組織を一つ潰したのだ。お互いに何の手応えを感じていないと言えば、それは嘘になるだろう。
「そっか。じゃ、後はブラフマンさんだけか。……まぁ、今回のクライアント連れてきてくれたのはあのオッサンだし、本人も同行する気満々みたいなんだけど」
「山妖精、職人、で遺跡とくりゃ、そりゃ燃えるんじゃねぇの? 特に遺跡には、今の技術じゃ作り出せない素材も色々眠ってるしな。ソーレンセンとしてもワザワザ出掛けて素材を取ってきてくれる人が居るのなら、有難いことは有っても拒否する謂れはないんじゃねぇかな?」
「遺跡に関わる話になる限り、ブラフマンの同行も期待出来そうね」
「まぁ、取り敢えず今回はって話になるのかね?」
「ここで俺達が出す結論じゃないし、良いんじゃね、今は」
「それもそうだ」
言いながら、『林檎亭』の扉をくぐる。
「ちーっす」
ティルトがサウドと女将さんに挨拶し、ラミスが手を振る。
サウドと女将さんは軽く手を挙げて応えると、サウドが奥のテーブルを指差した。
大きめの円卓に、既にイルミナとルイゾンを含め、残る全員が揃っていた。
「アスパーン、ブラフマンも我々のパーティに加わることに異存ないそうですよ」
開口一番、マレヌが先程の話の報告をしてくる。
「なんだ、そっちもそんな話?」
ラミスがアスパーンの肩から定位置のティルトの方に移動しつつ、答える。
「やはり、そちらもその話をしていましたか」
マレヌがやや興奮気味に頷く。
ティルトは納得したように頷き返すと、ニヤリと笑う。
「まぁ、アレだけのことが有れば、付き合っても良いかなとも思うさ。暫くはお互い、お試し期間ってことで」
「まぁ、こちらもそんな所じゃの。幸い、工房の方は材料を取って来てくれるなら助かると言う話じゃった」
ブラフマンも『仕方ない』という風に息を付く。
「では、後は……」
マレヌが呟く。
その直後。
アスパーンも含めて、全員の視線がリチャードに揃っていた。
「……何?」
怪訝そうに周囲を見回すリチャードに向けて、シルファーンが微笑んだ。
「……どうやら、満場一致ね」
「そうみてぇだな」
ティルトが苦笑とともに頷く。
ラミスは定位置で、微笑んでいた。
「まぁ、他に候補も居るまいよ」
ブラフマンは腕を組み、ひとまず納得したように答える。
アスパーンもまた、一つ頷いて、マレヌに視線をやった。
それを合図にするように、マレヌも頷く。
「……では、当面この七人で行動するということで。良いですね、リチャード?」
「あぁ、それは構わないけど、何この視線?」
「君が僕らのリーダーです。各々思うところは有るでしょうが、行動指針に関しては貴方に決定権が有ることにします。期待していますよ、リチャード」
「えっ!?」
リチャードが本気で引く。
予想通りの反応だったが、マレヌがそれを制するように口を挟んだ。
「前回の一件で君のリーダーとしての資質は全員が確認済みです。記憶を失って尚、君は僕らを納得させるにたる判断力を示してくれました」
「まぁ、気付いたら主導権を握られていたというのも有るけどな」
「気配りも出来るし、このメンバーの中では最適だと思うわ、アタシも」
ティルトとラミスが口々に同意する。
「後、こっちは個人的な意見になるんだけど。一応、参謀というか、副リーダーにはマレヌとブラフマンさんを推したいと思う。……そっちも異論はないよな?」
アスパーンは一応周囲に確認する。
アスパーンの経験上、参謀と副リーダーは別にするものだが、ここはザイアグロスではない。何処にいてもあまり違わないものだとは思うが、念のためというやつだ。
「僕が参謀、ということならば構いません。副リーダーはブラフマンにお願いします。勿論、誰がリーダー、副リーダーであってもサポートすることに関しては吝かでは有りませんが、一応序列はキチンとしておかないとね」
「……ワシか。まぁ、別に構わんが」
ブラフマンは腕を組んで少しばかり考えてから、結局頷く。
「おいおい、本気なのかよ。リーダーは、アスパーンがやった方が良いんじゃないのか? 仮にもアレなわけだし」
リチャードは逃げ粘るようにアスパーンを指差す。
しかし、周囲の反応は冷ややかだった。
「だからこそ、アスパーンは目立たない方が良いでしょ。それにホラ、この子は……」
「地図が読めねぇ。こいつをリーダーにしたら道に迷うこと必死だな」
「……否定はしない」
シルファーンとティルトが、アスパーン自身より先に否定した。
元より、アスパーンはリーダーなんて柄じゃない。
実戦の経験はザイアグロスでのものなので、年齢にしては一兵卒としての経験は普通の人間よりは豊富な部類だろうが、集団指揮には向いていない自覚が有る。
「残念ながらこの子はダメね。感性がちょっと、一般の人と違いすぎるから……。大体この子、有名だったのよ。しっかり見てないといつの間にか居なくなるから」
「失礼な! それは俺が居なくなってるんじゃない、皆が居なくなってるんだ!」
集団行動に向いていない自覚の有るアスパーンにとって、シルファーンの言葉はちょっとしたトラウマだったが、否定したところで過去は変わらない。
「……まぁ、如何にアスパーンがリーダー向きでないのかは今の言葉で明らかになったわね」
一応反論はしてみたが、ラミスの失笑を買っただけで終わってしまった。
「話は戻るんだが。そもそも、リチャード。アンタは憶えてないって言うけど、多分集団指揮の経験が有るんじゃないのかな? 前回のことも有ってそう思うんだけど」
アスパーンも一応、リチャードがリーダー向きなのではないかと思う根拠を話してみることにした。
『神を飲む蛇』との一件の端々で見せたリチャードの統率力や判断力、人員の割り振り、行動立案など、集団生活が長く、尚且つそれを指揮してきた者の経験を感じさせるものがあった。
「……そういや、マレヌはその辺のこと、何か知らないのか?」
「僕とリチャードは、大陸からこの島に来る船が出ている街を拠点にしていたときに、お互いの得意分野の相性がいいことなどで意気投合して、暫く一緒に行動していただけなんです。リチャードの旅の目的とか、その前のことは知らないんですよ。でも、不思議とリチャードの指示には、安心感が有るのは事実ですね」
マレヌは苦笑とともにアスパーンの質問を否定する。
「集団指揮の経験が有ったなら、同じことをしてみることで何か思い出すことも有るかも知れないと思うんだけど、的外れかな?」
「うーん……。俺のことまで考えてそう言ってくれるのなら、まぁ、やってみても良いんだけど」
渋々と言った感は有ったが、結局リチャードは了承した。
「まぁ、折角副リーダーと参謀まで決めたわけだし、その辺り判断に苦しむときは合議でも良いじゃない。誰も責めはしないわよ」
シルファーンが宥めるように、リチャードの肩を叩く。
七人全員が、お互いに目線を送って、頷き合っていた。
「じゃぁ、決まりってことで。そんな訳で、今回の話はパーティとして受けさせてもらうってことで構わないかな?」
アスパーンの結論を受けて、イルミナとルイゾンが頷く。
「じゃぁ、俺達は含めて九人ってことだな」
「パーティ結成おめでとー。というか、林檎亭内部の噂では、もう既にパーティだって話だったから、てっきりそのメンバーで来るんだと思ってたんだけどね、ウチは」
イルミナはニヒヒと笑うと、頭の後ろで手を組みながら耳をピクピクと震わせた。
そういう目で見られていたのは気のせいではなく事実だったらしい。
「それよりも、あまり頭数が増えると分け前は減ることになるが、構わないのか?」
ルイゾンがリチャードに問う。
リチャードは少しだけ困ったように腕を組んだが、直ぐに頷く。
「俺達はまだ、遺跡に関しては良く分からないことが多いからな。先ずは安全に行って帰ってくることを考えるべきだと思う。イルミナの持ってきた話だから、その『厄介な奴』とやらの駆逐を最低限の達成目標にして、医療機器を探すことが第二段階。その後で、それが俺の役にも立つのならそれに越したことはないけどな。ブラフマンの資材集めとかは、勝手にすればいい話だし」
「収集専用の『遺品』は、既に借りてきておる。『無尽の宝物庫』の劣化版というか、類似品という奴かの」
ブラフマンが懐から手のひらに収まるサイズの箱を取り出す。
「『宝瓶宮への扉』といっての。人間くらいの大きさまで納めることが出来て、こいつがそのままソーレンセンの仕分け場に繋がっとるというものらしい。但し、一方通行で、じゃがのぅ」
「帰り道、楽出来そうだな。それって」
ティルトが興味津々といった具合に箱に触れようとしたが、ブラフマンがそれを拒むように箱を懐に戻す。
「……生き物で試したことはないし、試すつもりも無い。誰か試したものが居るかもしれんが、ソーレンセンの仕分け場に資材以外のものが有ったという話は聞いたことが無いの。生き物は入れない仕組みなのかもしれんし、どうなっても知らんぞわしゃぁ」
「ちぇぇーっ、交通費浮くかと思ったのに」
ティルトは残念そうにブラフマンの懐に視線を送るが、ブラフマンは意に介さずに続けた。
「大きなものがこんな小さな箱に入るというだけでも、常識的な理屈に合わないんじゃ。軽々に人体で試そうとするのは感心せんのぅ。特に、こいつは魔術的なものではなく過去の遺産、『遺品』じゃ。完全に解明されていない技術で出来とる代物をそんな風に使って、命を賭けるほどのことか?」
「わーってるよ。ただ、できたら楽だと思っただけじゃん」
「…………フム。まぁ、そうやって『できたら便利』なことを積み上げて色んな物が出来たのが、歴史的に見ても事実ではあるんじゃがの」
ブラフマンがヒゲを擦りながら、息を付く。
「まぁ、その話はいいよ。今、何より先に確認しなきゃいけないのは、どの位の旅になるのかと、どんな準備が必要なのか、後は、何処に行くのかだな」
リチャードがブラフマンの話を一旦制して、イルミナに訊ねる。
イルミナはルイゾンと顔を見合わせた後、小さく頷き合って、答えた。
「ウチらが狙ってるのは『フーコー西遺跡』だよ。民益参道を東に二日くらい行った所に有る、フーコーの町から、更に一日くらい徒歩で北上したところに有る遺跡。準備は途中のフーコーでも出来るけど、ちょっと割高になるから、嵩張るもの以外はバルメースで用意してから出た方が良いだろうね。フーコーは遺跡絡みの商売で儲けを出してる町だから、全体的にぼる傾向にあるし」
「『西遺跡』? あそこにまだ未開発地帯なんて有るんですか?」
マレヌが首を捻る。
マレヌの言うとおり、アスパーンの知識上、フーコー西遺跡は『フーコー遺跡群』と呼ばれる地域の中でもフーコーの町から最も近い場所にある遺跡だ。
常識的に考えれば、出入する人間の数も多いだろうし、それだけ開発されていることになるだろう。
この場合正確には、開発イコール発掘、文化保護的な側面から言うのであれば盗掘と言うことになるのだが。
「あそこだから有る。と、いうのが正確なところかな。あそこは西遺跡含めて、東西南北の遺跡群だし、その上他所の遺跡より階層建築物が多いんだよ。西遺跡は一イルメイル四方くらいだけど、上下の幅が大きくて、未発掘の場所はまだ結構残ってるんだよ」
ルイゾンが、マレヌの質問に答える。
「と、いうことは、目的のものは、その未発掘の方に有るということですね?」
ルイゾンの答えだけで、マレヌには察しがついたようだ。
イルミナはマレヌの頭の冴えに驚いたように耳をピクリとさせ、頷く。
「そういうこと。そこで重要になってくるのが、ウチやルイみたいな『遺品使い』。つまり、技術者の存在なんだよ。場所によっては昇降機を回復させられる場合があるからね」
「書物で確認出来る部分は僕にも知識が有りますが、知識では補い切れないものも有りますからね……。確かに、錬金術師の分野になるでしょう。ブラフマンは、その辺りの知識は?」
「ワシはソーレンセンの人間じゃぞ。専門は武器と言うことになるが、その辺りの冒険者にムザムザ劣る程でも無いという自負はあるわい」
「おっちゃんには、ウチの銃のメンテナンスもお願いしたことあるしね」
「銃? そんなもの持ってるのか、アンタ」
イルミナの意外な所持品に、アスパーンは思わず訊ねる。
銃は基本的に遺品の中でも貴重品だ。
形状にもよるが、人を殺すという条件と物体を破壊するという条件ならば、アレほどのものは中々無い。
但し、ザイアグロスでは特殊な修行を修めたものしか使わなかったが。
原因は、矢尻のような単純な鉄構造ではなく、鉛や合金をベースに炸薬を込めて作られる単価の高い弾丸を使い捨てにしなければならないことと、そもそも魔術的な付与を与えないと傷つけられない敵が多いからだ。
当然、銃弾か銃の本体に魔術的な力を付与しなければダメージが与えられないが、銃そのものの技術が遺品、つまり高度な科学によって成立していた前文明時代の産物であるが故に、現代の技術とも言える魔術による産物『魔法の銃』という品物が基本的に存在しないのだ。
アスパーンは一応、育ちに恵まれていたことも有って銃に触る機会が有ったが、武器としてはあまり使いたいとは思わない。
ピンポイントで強烈な威力の弾が出るのは良いのだが、弾丸の速度があまりに早い所為か、弓と同じ感覚で射撃すると反動が強く、どうしても狙いが逸れてしまうのだ。
一方で、イルミナは降ろしていたザックをまさぐりながら、楽しそうに頷いた。
「持ってるよ。構造が複雑だから、自分でメンテナンスしきれない部分が有ったりしてね。そういう時だけソーレンセンにお願いするんだよ。なんといってもプロだから」
『ゴトリ』と重い音を立て、七十メルチ(≒センチメートル)程の長さの銃がテーブルの上に乗った。
「へぇ、コレが本物の銃か」
「ティルト。迂闊に触らない方が良いぞ。たまに暴発するんだ、銃って」
気軽に銃口に手を伸ばしたティルトを見て、アスパーンは釘を刺す。
「マジで!?」
「ウン。うっかり初弾装填してたり、熱に晒したりすると特にね。でも、コレは奥の手だし、弾丸も高価だから、ウチは基本的にしないけど。初弾装填もしてないし、安全装置もかけてるから無理やり熱したりしない限りは大丈夫」
慌てて手を引っ込めたティルトに、イルミナはニヒヒと笑いながら答える。
「見たところ、連射機構がついてる奴ね。打ちっ放しになるの?」
「一応選べるよ。弾が高いから、滅多に連射はしない」
「前回は全弾連射でも、アレは倒せなかったしな」
シルファーンの問いに答えたイルミナが苦笑いすると、そこに更にルイゾンが付け加える。
現代文明の技術では弾丸が作りにくい。
その辺りのコストパフォーマンスも、銃という武器が中々認知されない理由の一つだ。
勿論、威力は申し分ない。
後は魔法やそれに準ずる攻撃しか通用しない相手が居るのも大きな要因だった。
前文明時代は、魔族の登場によって終焉を迎えたという学者が多いのは、その辺りに由来する。
「で、さっきから『厄介な相手』とか『アレ』とか言ってるけど、それは結局何なんだ? それによってこっちも準備する品物が変わってくるんじゃないかと思うんだが」
リチャードは先程から隠語のように出てくるその単語に違和感を持っているようで、遂に直接的に訊ねた。
実際のところ、アスパーンも気にはなっているところだったのでいずれは訊くつもりだったが。
「アレは、『遺跡守り』と、呼ばれている物だよ。代表的なのは大小の円筒形を二つくっつけたような形をしていて、ウチらが遭ったのもそれだった。とにかく装甲が硬くて、攻撃の種類も多いの。それこそ、ウチのとは違う種類だけど銃みたいな武器が有って、他にも、普段は収納されてる金属製の腕が伸びてきて先が刃物になってたり斧になってたりする武器とか、無詠唱で発射される『光弾の射手』みたいな攻撃とか」
「……つまり、俺達にそれを壊せ、と?」
リチャードが、イルミナの顔を覗き込む。
「そういうことになるね。アーちんの話によると、さっきのリッチーも出来るらしいじゃない」
「……俺のは偶発的だけどね。アスパーンなら出来るかもな」
リチャードの視線が自分の方へ向いたので、アスパーンは少し考えてから頷いた。
「イメージ出来る戦い方は幾つか有るけど……」
『それより、その呼び方は何?』と、続けようとしたところで、ルイゾンがアスパーンの肩を叩いた。
「……気にしないでくれ。他人を愛称で呼ぶのが好きなんだ、イルミナは」
「いや、別に不満はないんだけど。俺の他に、ティルも出来るよな?」
「何が?」
突然話を振られたティルトが、ちょっと驚いたように訊き返してくる。
「『当て』の技術。お前その辺の訓練も受けてるだろ?」
「……うん、まぁ、一応、な」
ティルトは言葉尻を濁すように歯切れが悪い。
対人戦闘のエキスパートで有る筈のティルトが、『当て』や『透かし』、『歩法』といった対人戦闘や武器戦闘において威力を発揮する技術の訓練を受けていない筈はない。
アスパーンはティルトの歯切れの悪さを疑問に思ったものの、取り敢えず先にブラフマンの方を確かめることにした。
「ブラフマンさんは?」
「門外漢じゃのぅ。そういう『極み』があるというのは聞いたことが有るが、ワシが受けてきた訓練場の中ではその境地に達したのは数人じゃ。山妖精はワシらの掘った穴を狙う妖魔を忌嫌うが故に戦うことを覚えるが、戦うために生きるものは他所へ行くし、ワシもそこまでの境地に至る必要が無かったからのぅ」
ブラフマンはいつものように『フム』と呟いて髭を擦る。
「勿体無い。戦斧槍はそれこそ『徹し』に向いた武器なのにね」
シルファーンが意外そうに感想を漏らした。
「向き不向きとか、有るのか?」
リチャードがアスパーンに問いかける。
アスパーンはそれに頷いた。
「そりゃそうだ。武器は形が違うんだから、それに合った攻撃が有るのも道理だろ」
「フム、そういうものなのか」
少し意外そうに、ブラフマンも食いついてくる。
「ちょっと、ウチの場合で説明しようか。マレヌ、こないだの黒板貸して」
「はいはい」
マレヌが先日、打ち合わせの時に利用した黒板を取り出すと、チョークと共にアスパーンに手渡してくれた。
アスパーンはそれをテーブルに置くと、大雑把に武器の種類と向いている攻撃方法を書いていく。
「あくまで比較範囲だけどね。打撃に重きを置く武器ほど『徹し』に向いていて、局部を狙う武器になるほど『居抜き』向きって感じかな」
言いながら、棍棒・鎚・大剣・斧を『徹し』向きの欄に記入し、下の方まで線を引いてから細剣・槍・刺剣を『居抜き』の欄に記載する。
「お前は長柄の長剣でやってたよな? 剣はどのあたりなんだ?」
リチャードが訊ねてくる。
「そういう意味では、剣は応用範囲が広いんだよ。まぁ、中には盾で全部やってのけるような化物もいるけどね。って、ウチのオヤジとか爺さんとかなんだけど」
「お前の実家の人間で話を広げられても、比較対象にならないよ。化物なのはこの間で良く分かった。それよりもコツとか、そういうのが知りたいんだけど」
リチャードが苦笑いしながら訊ねてくる。
アスパーンは少し考えてから、『自分なりのやり方』を説明してみることにした。
「攻撃するときに発生する衝撃が伝わる位置と方向をコントロールするんだよ。だから、大体のイメージだけど、衝突するときの『面』の広い武器は『徹し』に向いていて、『点』で攻撃する武器は『居抜き』に向いてる。やり方としては、『徹し』は通常面で発生する打撃の力を一点に絞って、目標地点の表面から拡散させるような感じかな。『居抜き』は元々一点集中している打撃力を更に絞って、破壊したい目標地点まで衝撃を押し込んでから発散させる感じ」
「さっきの『貫』ってやつは?」
立て続けに、リチャードが訊ねてくる。
「アレは本来、『当て』と同時に『透かし』の技術だからなぁ。やってることは『徹し』と『居抜き』の中間になるのかも知れないけど、実際にやると、相手が盾で受け止めようとするところを、ポイントをずらして篭手に打ち込むような感じかな」
「なにそれ、魔法かよ!?」
「単なる技術だよ。具体的にいうと、剣とかだと、打ち込むときに『受ける』方は『ここで止める』っていうポイントを決めて止めるだろ? その意識の間隙を縫うと同時に、『徹し』を当てるんだ」
「そんなの、先ず『止めようと思うポイント』ってのをどうやって見極めるんだ?」
「身体の使い方だね。誰だって、自分の武器が一番使い易い場所が有るだろ? 例えば盾なら、この位置で受け止めれば力負けしないっていう構えやポイントが有る。他の武器でも同じことだ。実は、そのポイントからホンの僅かに外れた場所が、『貫』の狙い所でも有る」
「なるほど、少し分かった気がする。『貫』ってのは意識と同時に、対象の速度が一番速くなった直後を狙う技でも有るのか」
リチャードとのやり取りの間に、ルイゾンが割って入る。
なるほど、ルイゾンを相手に掛けた『貫』からすると、そういう考えもあながち的外れではない。
「んー、まぁ、相手の意識の裏を取るのが第一義だけど、それも概ね外れてはいないかな。そのタイミングを狙った方が相手の武器の『しなり』の分だけカウンターに似た効果が発生して『徹し』の威力は増すから」
アスパーンは『貫』の動きを何も持たずに再現して見せる。
手首の捻りや肘の返し、肩の回り具合が通常より若干違うのだが、その『若干』が分かるかどうかは今ひとつ謎だ。
「まぁ、先ずは『徹し』を覚えないと、『貫』は単なる手傷を負わせるだけの技術だね。『貫』で相手の武器を破壊出来るようになるには、ちょっとした身体の作り変えが要る」
「そうね。例えば私は、使う武器が細剣ってことも有って『居抜き』と『貫』は得意だけど、『徹し』はあまり得意じゃないから、『貫』で武器を破壊出来る程ではないわ。細剣の場合はそれで手首の脈や腱を切ってしまうから、そもそも破壊する必要ないし」
シルファーンが補足する。
それでも、先程アスパーンがリチャードに対してやってみせた『貫』で薪を破壊する程度なら、シルファーンでも充分に可能だろう。
「逆に言えば、リチャードやルイが使うような大剣や鎚、ブラフマンさんの戦斧槍の斧部分は、『徹し』向きの武器で、『貫』や『居抜き』にはあまり向いてない。でも、その分『徹し』は強烈な威力になるね」
「戦斧槍の槍部分での『居抜き』とやらはどうなんじゃ?」
今度はブラフマンが食いついてくる。
その経験値と知恵には一目置くブラフマンでさえアスパーンに質問してくるのだから、自分が当たり前だと思っていたことが当たり前でなかったのだと言うことを、改めて思い知らされる気分だった。
「個人的には向いてるようには思えないなあ。出来るとは思うけど、普通の槍でやるよりは難しいと思うよ。何せ、ホラ、重心がね」
「フム、言わんとすることは分かる」
多彩な武装、といえば聞こえは良いが、戦斧槍はそれだけ重心に偏りの有る武器でも有る。同時に、斧部分の反対側に鉤爪の付いた構造は『突く』という部分においては普通の槍より扱いづらいという短所があった。
「ブラフマンさんくらい使いこなせてれば、別に『居抜き』を掛ける必要も無いと思うけどね。戦斧槍はその扱いで如何様にもなるのが最大の利点だし」
「さっきの訓練場の話じゃが、アレは拳法家として修めた修行の中での話でな。お主らは、それを武器でやっちょるようなもんかのぅ。……そうか、なるほど。小僧の一族はそっちもするのか」
「そうだね。ウチはホラ、武器無くしたくらいで死んじゃうようじゃ、こんな長いこと戦えないし。兄弟とか、闘法士くらいの力量なら、得物を失ってもも帰還出来るように組み打ちや魔術の訓練も受けてるから、体術でもほぼ同じことは出来るね。そういう見方をすると、確かに基本的に得物による向き不向きは有っても、やってることは拳法家の技術の延長線上に有るのかも。でも、ウチではこの数年は、武器を持ったまま組み合わせることも出来るからって理由で蹴り技が流行ってる。誰かさんのお陰で」
「誰かさん?」
ティルトが耳聰く聞き咎めて、眉根を寄せる。
アスパーンは自分の失言に気付いたが、誰かさんがより話を脱線させる前に話を納めることにした。
「うん、まぁ、これ以上脱線してもアレだから、それは良いとして。こんなもんで『当て』の技術の基本的な部分は分かってもらえたかな?」
「多分。ウチとしては『遺跡守り』の装甲をどうにかしなきゃいけないと思うんだけど、その『徹し』とやらが通じるかだね」
イルミナが銃を片付けながら訊ねてくる。
「コレはあくまで俺の勘なんだけど、さっきの話を聞いた感じだと、『遺跡守り』には『徹し』より、『居抜き』の方が通じるんじゃないかと思うんだよね。勿論、無理すれば『徹し』で破壊出きないわけでもないだろうけど、素材そのものの硬さにもよるし。俺は外骨格の相手をするときは、大抵『居抜き』を掛けてみてたかな、あまり趣味のいい光景にはならないんだけど」
外骨格の魔族を相手に『居抜き』を掛けた時の光景を思い出して、アスパーンは少し胸が悪くなった。大概は悶え苦しんだ後に体液をまき散らして死ぬので、その惨状たるや、思い出すだけでちょっと……というものになる。
一方で、アスパーンの言葉を聞いてピクリと反応した者が居る。
「……『居抜き』ってのは、内部から壊すんだよな?」
ルイゾンだ。
顎に手を当てて僅かに考えこむようにしながら、自分の記憶と考えを反芻しているようにも見えた。
「そういうことになるね」
「だとすると……俺の準備もあながち的外れじゃないってことか」
「そういうことになるのう」
ルイゾンはブラフマンの方をチラリと見ると、顔を見合わせてニヤリと笑う。
「?」
「いや、準備していたものがやはり正しそうだという自信が出てきただけだ。まぁ、ちょっと期待値は上がったかな。取り敢えず、仕掛けてみるさ」
その笑顔には、何かの確信を得たかのような心強さが感じられた。