AIMLESS
それは一種の人体実験だ。ゲイル・エイブラハムズにもそのことがわかっていたが、どうしようもなかった。なんといっても相手は戦勝国であり、彼は敗戦国の一兵卒にすぎなかったからだ。
連邦軍の捕虜収容艦サルゴンの、あの地獄のような研究施設で、やつらは彼の体をめちゃくちゃにいじり回した。
やつらは十分な知識もないまま、彼から強制的にゴライアス・プログラムをアンインストールした。
人間を細胞レベルで改変するそのプログラムは、本来であればそれを七年前に彼にインストールした軍事科学会社でなければアンインストールできないものだったのに。
連邦軍の科学者どもは単にデータが欲しかったのだ。ゴライアス・プログラム持ちの強化兵のうち、生きて捕虜になった連中は少なかったので、ゲイルは連邦軍にとって貴重な被検体だった。
無理なアンインストールのおかげでゲイルには回復不能な損傷が残った。記憶障害もそのひとつだった。
深夜に近い時刻だというのに大勢の人々が活発に行き来している、天井の高い広大なロビーの真ん中で、ゲイルは時と場所の感覚を失って一瞬立ちすくんだ。自分がどこにいるのか、どこへ向かおうとしているのかわからなくなったのだ。
不意に耐えがたい寒気に襲われ、彼は自分の体を抱きしめた――ロビーの空調は完璧で、周囲は快適な温度に保たれているはずなのだが。
思い出した。
ここは惑星ペルガモの首都イグジアだ。
イグジア中央宙港のロビーで、第六十六星区へ向かう星系間定期連絡船の出航を待っているところだ。
捕虜収容艦サルゴンはもう、はるか数百光年彼方だ。
捕虜たちの暴動に乗じてゲイルがサルゴンを脱走してから約半年になる。
彼は拾い仕事で金を貯め、あるいは盗み、星系間定期連絡船をいくつも乗り継いで故郷へ向かっているところだった。
なつかしの故郷、アルテア王国。
銀河連邦を二分する大戦のきっかけとなった国であり――連邦軍に完膚なきまでに叩きのめされた敗戦国でもある。
アルテアへ寄港する定期連絡船はない。とりあえず最寄りのガリラヤ星系まで行って、そこからアルテアまでは個人船をチャーターするしかない。
長い、長い旅の道中であった。
常に記憶が混乱し、数分前のことさえおぼつかないゲイルだが、ただ一つだけ確かな思い出を胸に温めていた。
それは故郷アルテアの風景だった。
見渡す限り広がる草原。やわらかい草がそよ風を受けて柔軟にたわむ。草原の真ん中に、見るからに新築らしい小ぎれいな家が建っている。真っ赤な屋根。手すりつきのポーチ。白塗りの壁は夕陽を受けて、鮮やかな橙色に染め上げられている。
その家の中で誰が待っているのか、どうしても思い出すことができないのだが――緑の草原に建つ白い家のことは今も忘れられないのだ。
あの家へ、あの場所へ帰らなければならない。
その衝動が彼を突き動かしていた。
搭乗することになっている船の出発時刻までは、まだ二時間以上ある。ゲイルは暇つぶしに展望室に行ってみることにした。
宙港の建物の最上階にある展望室はドーム状の透明な天井に覆われており、まるで屋外に出たかのように完全な夜空を楽しむことができる。フロアのあちらこちらに長椅子が置かれている。深夜ということもあり、長椅子のほとんどは、寝そべって仮眠をとる旅行者で占められている。
見上げると、満天の星に向かってぐんぐん上昇していく客船が目に映った。
やがて、そのジェット噴射の赤い軌跡は、無数の星の海の中に消えて見えなくなった。
ゲイルは船の消えたあたりの星空をしばらく見上げていた。
宇宙船の離陸を見送ると、心の一部が船と一緒に飛んで行ってしまったかのような、しんと静かな気分になるのはどうしてだろう、などと考えながら。
見事な星空だった。だがその星の配置に、彼はまったく見覚えがなかった。当然だ。この星区を訪れるのは生まれて初めてなのだから。
そう言えばこれまで銀河系のあちこちで、数え切れないほど様々な星空を見てきた。
ゲイルの心は過去へさまよい始める――。
四年前。ピエス第六惑星ノーマッド。
赤い砂の惑星だ。気候は乾燥しており、熱い風が年中吹き荒れている。
ゲイルたちの属するアルテア解放軍の基地に新たに配属された新兵の中に、クレッグとマキシンという、双子みたいによく似た二人の青年がいた。
ふたりは仲が良く、常につるんで歩いていた。そしてふたりとも、帽子に銀色の星形のシールを、ずらりと一列に並べて貼っていた。
彼らは正規兵ではなく非正規軍の一員だった。
非正規軍は、健康上の理由や年齢のせいで正規軍に入隊できなかった連中の受け皿となっている自主的な組織だ。
非正規軍の兵士は正規兵と比べて、使える装備が限られており、訓練も十分ではなく、したがって重大な任務は与えられない。正規兵の補佐が彼らの主な役割だ。
しかしそれは建前であり、長引く戦争の中で、非正規兵たちも正規兵とほぼ同じ役割を求められるようになってきていた。
「……つまんないっスよー、いつまでも基地で待機、待機ばかりじゃ。早く前線に出たいっス」
「おれたち、連邦軍の奴らを殺しまくるために志願したんですから」
クレッグとマキシンは声を揃えてこぼしたものだった。
「……」
ゲイルは退屈そうな顔でちらりと新兵たちを一瞥しただけだった。軍歴の長いゲイルはすでに古参兵の貫禄をただよわせていた。
「あーあ。でも非正規軍の任務って基本的に、正規軍の作戦を補助することなんでしょ? 陰でコソコソ破壊工作したり、後方支援に回ったり……地味なんだよなぁ」
「華々しく敵と撃ち合って、戦果をあげるのはいつも正規軍。そうですよね?」
「つまんないっス。おれたちもガンガン撃ちまくって連邦軍を殺したいっス」
「じゃあなんで非正規軍に志願したの? あんたたちの年齢なら正規軍にも入れたはずなのに」
ゲイルの背後でカードの一人占いをしていたソロモン軍曹が、不意に鋭い口調で質問をはさんだ。燃えるような赤毛を持つ少女兵だ。
クレッグとマキシンはちょっと困ったように顔を見合わせた。
「それは……正規軍じゃ、出世できるのは貴族の子弟だけだって聞いたもんで……」
ソロモンはふんと鼻を鳴らし、またカード占いに戻った。
話題を変えるためにゲイルは、帽子につけてるその星形のシールは何だ、と新兵たちにたずねた。
青年たちの顔がぱっと輝いた。
「これは、おれたちが殺した敵の数っス!」
「一人殺すたびにシール一枚。……そのうち帽子をこのシールでいっぱいにしてみせますよ!」
ゲイルはふたりの帽子のシールを目で数えてみた。クレッグは星七個、マキシンは九個。たいした数字ではない。
彼の背後でソロモンがまた鼻を鳴らした。
マキシンが挑戦的に瞳を光らせて、ソロモンを見やった。
「軍曹はこれまで何人殺したんです?」
「……」
ソロモンが答えるまでには、だいぶ間があった。熟練の手さばきで、掌から掌へカードを踊らせながら考えていたが、やがて肩をすくめて、
「さあねー。覚えてないわ、そんなこと」
「訊く相手が悪かったな。こいつ、計算が苦手なんだよ」
ゲイルはそう言って、新兵たちの顔に浮かびかけた冷笑をさえぎると、立ち上がってその場を離れた。次に来るであろう「それじゃ、あなたは何人殺したんです?」という問いに答えるのが、面倒だったからだ。
殺した敵の数を覚えていられるのは、最初のうちだけだ。
苦痛にゆがんだ死顔や断末魔の悲鳴が夢に出てきて、眠れぬ夜を過ごす頃だけだ。
それを過ぎてしまえば、どうってことなくなる――殺戮も破壊も兵士にとってはただのルーチンワークだ。感覚は急速に麻痺する。日々の業務を処理するのにいちいち感情をはさんでいたら身がもたない。
二週間後、彼らの部隊に任務が与えられた。
大陸の北端にある連邦軍のテンシル鉱採掘現場に、アルテア正規軍が侵攻することになっている。それに先立って、現場近くにある連邦軍の前線基地のコンピュータを無力化しておくという任務だ。
ノーマッドは、武器の製造に欠かせないテンシル鉱が豊富であるという理由で、つねに解放軍と連邦軍の激しい攻防の舞台となっている惑星であった。
ゲイルたちは防護服に身を包んで出撃した。
ノーマッドの大気は酸素が多く含まれていて呼吸可能だが、人体にとって有害な細菌が数多く浮遊している。基地を一歩出たら防護服が絶対必要だ。
敵兵との激しい銃撃戦の末、彼らは敵基地のコンピュータを破壊するのに成功した。
クレッグは大出力レーザー砲で首から上を吹き飛ばされて即死した。撤退途中、マキシンは敵に脚を撃たれて地面に転がった。そばにいたゲイルがすかさず肩を貸し、なんとか自軍の輸送艇まで連れて帰った。
マキシンの脚の傷は深手ではなかった。だが防護服が破れてしまっていた。
基地の軍医のもとへ着いた頃には、マキシンの脚はすでに腐り始めていた。皮膚がただれて溶け、強い腐敗臭を発している。骨まで達する苦痛に、マキシンは顔をゆがめて呻いていた。
軍医は彼の脚を切断しなければならなかった。
マキシンは三日間苦しんだあとで死んだ。
ゲイルは十五個の星がぴかぴか輝く帽子を彼の棺に入れてやった。
一年前、フォルブス第七惑星ジーグ。
決して溶けることのない氷に閉ざされた極寒の惑星だ。
その頃ゲイルたちの部隊は、アルテア正規軍ではなく同盟国の部隊と行動を共にすることが多くなっていた。おかげで様々な情報が耳に入ってきた。
戦況はあきらかに思わしくないこと。
アルテア国王が《中央》に会談を申し入れたという噂があること。
「もう長くはねぇだろうな、この戦争も……」
つぶやいたのはプルミエール軍所属のピアースという大尉だ。
ピアースは金髪をいつもきれいに撫でつけ、細い口髭を優雅にカールさせた三十代後半の男だった。貴族的な風貌をしているが、じつは平時はただの車のセールスマンだ。
「勝ち負けなんかもうどっちでもいいから、早くこんな戦争、終わってもらいたいよ。おいゲイル、おまえさん戦争が終わったらどうするんだ」
ゲイルはちょっとの間ぽかんとしてしまった。
戦争が終わる。そんなことは、今まで考えてもみなかったことだった。
「……まだ決めてないんだ」
あいまいに答える。想像もつかない、というのがもっと真実に近かった。
ふんふん、とピアースはうなずくと、力強い口調で言葉を継いだ。
「おれは帰るぜ……プルミエールに。もう一目散だ。カミさんと子供がおれの帰りを待ってる。草原の中に建ってる一軒家だ。赤い屋根に真っ白な壁……広いポーチがあってなー、夕暮れ時にはそこに座ってカミさんとレモネードを飲みながら、夕日を眺めるんだ。すごくきれいな夕日なんだよ、それが。草原全体が燃えるように真っ赤に染まってなー。そんな景色を見てると、ああ、人間なんてちっぽけなもんだな、ってしみじみと思えてくる……早く帰りてぇよ、あの家へ」
ピアースの言葉にあまりに熱がこもっていたので、ゲイルは感銘を受けた。
「いい所みたいだな」
「ああ、本当にいい所さ。行き先が決まってないんなら、遊びに来いよ」
ピアースは他の兵士とちがい、給料を女や基地内の娯楽施設で使うことはほとんどない様子だった。休みの日には、いつも座って古い雑誌を読んでいた。
ある給料日、ゲイルは彼が電信局でプルミエールへの送金手続を依頼しているところへ行き合わせた。
ゲイルに気づくとピアースは照れたように笑った。
「給料、故郷のカミさんに送金してるんだよ」
「驚いたな。『家族思い』って面じゃないのに……」
「じつは、家の支払いがまだ残ってるんだ。長年働いて、ようやく手に入れたおれの城なんだから、ちゃんと完済しないとな」
その数日後、大規模な作戦があり、連邦軍との激しい戦闘が行われた。
舞い散る吹雪に視界を奪われながら、彼らはバトルスーツで完全武装のうえ行軍した。
ピアースは作戦中行方不明になった。
ジーグ地表の平均気温はマイナス三十度。一方、バトルスーツのバッテリーが切れて温度調整機能が働かなくなるまでの時間が(使用状況にもよるが)約五十時間だ。
七十五時間たっても基地に帰還しない兵士は、自動的に戦死したものとして扱われる。
ゲイルはなんとなく時計を気にしていた。所定の時間が経過し、基地の中央ホールのディスプレイの戦死者リストが一気に長くなったとき、その場にいた兵士たちの間から声にならない溜め息が湧きあがった。
それからしばらく、給料日のたびに、ゲイルは大尉の妻と家のことを思い出した。
銀河系のあちこちで見てきた。異なる星空、異なる星座たち……。
心地よい闇に包まれた宙港展望室に、また新たな旅行者が入ってきた。背の低い男だ。
その男はゲイルの座っている長椅子の隣に腰を下ろした。ぼんやりシルエットとして浮かび上がる禿げあがった頭としまりのない体型から中年であることがわかる。
ゲイルはその男を気にとめなかった。
男の口から、低いがはっきり聞き取れる声が漏れてくるまでは。
「……あなたはアルテアの方ですか」
「違う」
ゲイルは即座に否定した。今さら連邦軍が彼を追ってくるとは思えないが、いちおう捕虜収容艦を脱走した身としては、得体の知れない相手に素性を明かしたくはない。
男は彼の否定を聞き流した。
「アルテアへ帰るおつもりですか」
「……」
答えるのも面倒になり、ゲイルは無言を保った。
男は手にした鞄の中から一枚のデータシートを取り出した。鼻先に突き付けられたそれを、ゲイルはしぶしぶ受け取り、視線を走らせた。安い造りのそのシートは、よく街頭などで宣伝のために配られているリーフレットのようだ。薄暗がりの中でもはっきりと文字が読み取れる。
『緊急アピール! アルテアの子供たちに学校を!』
「アルテアには学校がないのか?」
ゲイルは無関心を装いきれず、つい尋ねてしまった。
彼が故郷にいた七年前までは、アルテアにはきちんとした教育制度が存在していた。彼自身、同年代の多くの者と同様、ハイスクールまでは修了している。
「奪われたのです、連邦に。敗戦国に対する制裁ですよ」
中年男は苦々しげに言い切った。
「連邦はアルテアに食料や物資を提供し、その一方で、教育を奪いました。このままいけば二十年後には、連邦の手から餌を食べるしかできない奴隷国家ができ上がるでしょう。戦争が終わって講和が成立しても、連邦はアルテアを決して許してはいないのです」
周囲の空気が急に重くなったように感じられた。ゲイルはため息をついた。
心地よい毛布のような薄闇の中、現実から目を背けることなど許さないと言わんばかりに、男の囁き声が迫ってくる。
「アルテア国内で、連邦の目を盗んで子供たちに基礎教育をほどこすための地下組織がすでに発足しています。国外に追放されたわたしたち知識人も、ネットワークを作って国際世論を喚起し、そういった地下組織の活動を援護しようとしているところなのです」
聞いて楽しくなるような話ではなかった。危険を冒して捕虜収容艦を脱走し、遠路はるばる故郷へ帰ろうとしている人間にとっては、なおさらだ。
ゲイルは黙って星空を見上げた。
何も聞かなかったような顔をしていれば、不愉快な現実も消滅してくれるのではないか、とむなしく希望しながら。
しかし夜空はさっきほど美しくは見えなかった。
そんな彼の横顔を中年男はじっとみつめていた。
「あなたは……それでもやはり帰るのですか。あの国へ」
ゲイルは弾かれたような勢いで男に向き直った。
「ああ、帰る。意地でも帰る。敵がどんな肚黒いことをたくらんでようと知ったことか……おれの帰る場所はアルテアしかないんだ。
故郷に帰って、いい娘をみつけて結婚して、家を建てる。赤い屋根に白い壁、夕陽の草原が見渡せるポーチのついた小ぎれいな家を。それがおれの夢なんだよ」
信念に満ちた中年男の顔に、悲しげな笑みが浮かぶのを見てとると、ゲイルはさらに激昂して続けた。
「おれはもう十分に戦ってきた。おれの戦争はもう終わった。何十年も先の未来になんて責任は持てねぇ。だから悪いけど、あんたらの活動に興味はないな」
そして、『アルテアの子供たちに学校を』と書かれたリーフレットを乱暴に相手の手に突き返した。
男は気分を害した様子もなく、くたびれた鞄にリーフレットをしまい込んだ。
「古代地球の軍人の言葉に、こういうものがあります。――『わたしはいつでも祖国のために死ぬ用意ができている。しかし、祖国で生きることはできない』」
「あんたのことか?」
「いいえ、わたしのことではありません」
やけに明るい女性の声が、第六十六星区行き星系間定期連絡船の搭乗手続の開始を告げた。
そのアナウンスに、ゲイルははっと我に返った。
深い眠りから覚めたばかりの時のように状況が把握できない。あわてて辺りを見回す。展望室は依然として薄闇に覆われていた。長椅子で仮眠していた旅行者たちが、アナウンスを聞いてごそごそと起き出しているところだった。
頭の禿げあがった中年男の姿はなかった。見渡す限り、どこにも。
ゲイルは長椅子の、男が座っていたはずの箇所に触れてみた。人工皮革の表面はうすら冷たく、そこには誰もいなかったことを告げていた。
また、記憶が混乱していたのか。
あの中年男と会ったのは――たぶんずっと以前のことだろう。今となっては思い出せない、どこか遠くの星で。
もし、男との会話そのものが、彼の空想の産物でないのなら。
ゲイルはショルダーバッグに手を突っ込んで搭乗券を探した。ほとんど荷物らしい荷物の入っていないバッグの中で、何かが指先に触れた。
とりあえず確認のためにつかみ出してみた。
それは、帽子に貼り付けるための銀色の星型のシールと、中年男に突き返したはずのリーフレットだった。
ゲイルは手の中にあるそれらの物体を呆然と見下ろした。
――赤い屋根に白い壁、夕陽の草原が見渡せるポーチのついた小ぎれいな家。それがおれの夢なんだよ……。
それはかつて戦友ピアースが描き出した情景であることに、ゲイルは思い至った。
いつの間にかそれが彼の『平時』のイメージとなっていたのだ。
というのは、彼はもう、平時の生活というのが一体どういうものなのか――それどころか、故郷アルテアの街並みがどのようなものだったかさえ、思い出せなくなっていたからだった。
約一時間後、ゲイルは星系間定期連絡船へ乗り込んだ。自分の座席に腰を下ろしてベルトで体を固定した。
その頃にはもう、ピアースとの会話のことも、自分が故郷アルテアのことを何一つ覚えていないことも、忘れてしまっていた。
彼は草原の中に建つ白い家のことを思い、微笑んだ。あの場所へ帰ろうとしているのだと考えると気分が浮き立った。
船はイグジア宙港を離陸する。
甲高いエンジン音を轟かせて上昇していく。無慈悲に輝く星の海の中へ。【完】
-―――To be continued to the next episode (『HEARTLESS』へ続きます)