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第六話 『オードゥグ遺跡』

 状況変わらず、とはこのことだろうか。


 焼けつくような太陽を空に感じながら、ナディたちは深淵迷宮街グラールを抜け、次のフィールド、オードゥグ遺跡を横断していた。 

 砂漠のようにサラサラした砂が地上に敷き詰められ、蒸散する水分と太陽光反射のエフェクトにより、視界がジリジリと歪む。

 ナディはとくに感じないが、人間である他のプレイヤーたちは数歩進むごとに喉の渇きを訴え、冷水剤ウォーター・ドリンクをガブ飲みする。


 グラールで迷彩体表の魔物を打倒した日から、四日の時が経っていた。

 どうやらゲームを乗っ取られたと言っても、時間で変化するサンシロー自慢の空のグラフィックは、律儀に作動しているらしい。

 シグマやアインハルトが持つ時計アプリが示す時間とも一致し、一日が二十四時間を基準に回っているのは確実だった。


 この四日の間に、とくに目ぼしいものは見つからなかった。

 深淵迷宮街グラールを歩き、魔物が現れれば、ナディと盾を持った大巨漢が女性アバターを守り、アインハルトとシグマ、時にはシーザーが戦いに走る。

 グラールの大地にて出現する魔物とシグマが戦うことに関しては、アインハルトが苦々しい顔を見せることはとくに無かった。


 だが時折シグマが不意を討たれて痛撃を受けると、慣れた動作でリリアンがシグマに駆け寄り、応急手当。

 エリア曰く、リリアンの回復魔法はかなりレベルが高いのだとか。

 実は身に纏う防具も百万水晶の紫蝶(ミリオン・バグ)という虫系統の魔物から作られる装備で、かなりレア度の高い防具なのだとか。

 レア装備から何までの知識を持っているナディは、エリアが興奮気味に話すそんな内容を「知ってる」と一蹴しかけたが、防具に関して離すエリアがあまりに嬉しそうな顔をしていたので、黙って聞いていた。


 現実の肉体を休ませる効果があるかどうかは分からないが、一応夜は休憩、という暗黙のルールが出来たため、星芒が動き始めたところでその日の冒険は終了される。

 ナディ以外のプレイヤーは高原で雑魚寝し、アインハルトだけは時折魔物の出ない迷宮にて、アイテムの一つである簡易テントを張り、そこで眠っていた。


 ナディは一晩中見回りを行う。

 時折ナディが皆のもとへ参ると、リリアンかオーディン、はたまた両方が姿を消すことがあるが、そういった場合は大抵アインハルトが張ったテントの中にいるので、ナディは別段気にすることは無かった。


 その他四日間の間にナディが分かったことと言えば、フィールドから次のフィールドに向かう時、地図が無いと迷うと言うことだ。

 今までグラールはおろか迷宮さえ出たことの無かったナディは、他のNPCが管理するフィールドに、足を踏み入れたことは当たり前のことだが一度たりとも無かった。


 幸いナディ以外のプレイヤーは全員地図を持っていたので、誰一人として迷うことは無かったのだが。


「この気候だけは、どうにかならないものかなぁ……」


 アインハルトが呟き、アイテムバックから取り出した冷水剤を躊躇いなく飲み干す。

 もちろんこのアイテム、所持上限が決まっている。

 砂漠や溶岩系統のフィールドに赴くときなどに使用するアイテムらしいが、無駄に持ち歩くとバックを圧迫するため、普段はあまり持ち歩くことが無いらしい。


 幸い――と言って良いのか分からないが、オードゥグ遺跡に闖入する直前の場所で、NPCが販売するアイテムショップがあったため、このフィールドを越えるために必要なアイテムはそこで大体揃えることができたので、アイテム不足でリタイア――ということにはならなかった。


 ちなみに言うと、ショップ店員を模したNPCにナディは色々と話しかけてみたが、過去のナディよろしく、「どれになさいますか」という代わり映えのしない科白を、何度も言い続けるだけだった。



 ---



 オードゥグ遺跡とは真夏のような気温がいつでも振り注ぐ、言ってしまえば砂漠に並べられた古代遺跡のようなフィールドである。

 大五郎の趣味もあって、サンシローは幼少時からよく外国旅行を楽しんでいたのだが。

 その度に大五郎は情操教育だか英才教育だか言って、妻には内緒でよくサンシローを古代遺跡の発掘現場へと連れて行っていた。


 サンシローは、古代文明や原始人が残した遺産を見ることが大好きだった。

 普段の日常生活では見ることのできない文字に、絶妙なバランスを魅せる遺跡の造形。

 またそれらが見せる雰囲気や空気も好んでおり、この辺りに関してもサンシローはかなり力を入れてフィールドを作っていた。


 そのせいもあってか、出現する魔物も体躯や造形が美術的だ。

 スフィンクスを象った砂のような魔物に、彫刻のように美しい石の魔物。

 岩石を丸めたような簡素な魔物や、砂を固めただけといった質素な魔物は、このILOの世界には存在しない。


 またサンシローは、砂漠などに生息する虫などにも興味を持っていた。

 溶けそうなほどに暑い地帯で健気に生きる生物とは、一体どのような生態をしているのか、などと熱心に調べ、その雰囲気を壊すことなくオリジナリティ満載の魔物をイメージしようと、日々図鑑を片手にパソコンを開いていた。



 ――とりあえず、現実世界の話は一旦終了。



 閑話休題。


 このオードゥグ遺跡には、数多の魔物が存在する。

 中にはちっぽけな羽虫や、地面を這うしか脳の無い甲虫なども存在するが、プレイヤーを待ち構える魔物は、何もそんなものだけではない。


 ドリルのように鋭い鼻を持ち、凄まじい速度で地下を掘り進み、股座を貫きに来るモグラのような魔物。

 全身から蟻酸を撒き散らしながら、その鋭い顎を向けてくる巨大なアカアリ。

 突如辺りの砂を吸引し、飲み込んで栄養にしてしまうアリジゴク。

 砂を吐きながら、辺りに砂嵐を起こす怪物、砂漠精霊サンド・セイレーン

 オブジェクトのサボテンに紛れ、前を通り抜けようとすると無数の毒針を撃ち込んでくる、擬態蠍ミミクリー・スコーピオン

 など、諸々だ。


 砂の中に隠れていたり、他の物の中に紛れ込んでいたり、不意を打たれる可能性の非常に高いフィールドだ。

 さらに砂漠地帯を含むフィールドでは、アイテムなどでは軽減することのできない『反応鈍足』という《天候害悪》が存在する。

 《天候害悪》とはILO独特の機能であり、赴いたプレイヤーのステータスやスキルにそのフィールドに適したステータス・ダウンを与えるものである。

 さらに《天候害悪》は、アイテムやスキルでどうにかなるものでは無い。

 ILOの数多のスキルの中にも『温暖無効』や『寒冷無効』、さらには『闇無効』なる、迷宮や夜の街でも昼間のようにはっきりと見えるようになるという初心者スキルも存在する。


 だがそれらのスキルを使用しても、フィールドが持つ《天候害悪》を防いだり緩和させることはできない。

 ただ余りにプレイヤーたちからの評判が悪いため、次のアップデートで《天候害悪》を多少緩和させるアクセサリである『精霊たちの十字架ロザリオ』が配布されるはずだったのだが、今となってはもう意味の無い話だ。


 つまり現状では、この《天候害悪》を防ぐ手立ては存在しないのである。


 ちなみに『反応鈍足』と言うのは、砂漠や溶岩地帯にて発現する《天候害悪》であり、言葉通りアバターの反応速度を遅らせる機能だ。

 振り返る、剣を振り下ろす、回避するなどといった行動が若干遅れるため、感覚でコンボを決めたり回避時の無敵時間を使用して戦うプレイヤーにとって、この環境はまさに地獄である。

 一歩間違えれば即死する状況で回避動作を行い、やった間に合ったと安堵したつもりが、自分のアバターはピクリとも動かない。

 やがて攻撃が衝突したと同時に、やっとアバターの足が回避行動の兆しを見せた――というのもありえる話なのだ。


 つまりこのシステム。ゲームに慣れれば慣れるほど足を引っ張るという、制作側のいやらしい思いがひしひしと伝わってくるものだった。

 逆に言うと、初心者はここで回避やコンボの練習をしてはいけない。

 『反応鈍足』の効いた状態でタイミング慣れしてしまうと、後のプレイでアバターの動きが敏速になってしまい、変な感覚が生じてしまうのである。




「ゲームの中でこういう感想を漏らすのはおかしいかもしれんが、本当に暑いな……」

「シグマさんったら、腋汗がびっしょりですよ」

「本当だ。くんくん……、おい、臭くないよな?」

「大丈夫ですよ。それより、私の防具、透けてたりしませんよね?」


 最前線を歩くシグマとリリアンの会話を聞きながら、ナディは涼やかな真顔を維持し、エリアの隣を歩いていた。

 エリアは「暑いー」とか言いながらも、ナディの左肩に顔を乗せ、しなだれかかってくる。

 普通のプレイヤーなら、あまりの暑さに「近寄るなバカ」とか言ってエリアを振りほどくのだろうが、NPCナディには発汗機能や気温を感じる機能は備わっていない。


 もちろん電気信号の錯覚による不快感なため、ナディにもこの暑さや湿気の信号は伝わっている。

 だがナディ本体がそれを不快感とは認識しないため、ナディのアバターからはダラダラを滝のように汗が流れても、当の本人は飄々と歩を進めることができるのだ。


「……しっかしナディさん、これで表情変えないとか凄いですね。もしかして、サウナとかでアルバイトしてるとか? あ、もしかして実は消防士――だったりはしないか」


 盾を持った大巨漢が、汗だくになりながらもガハガハと笑い、ナディの私生活に突っ込んだ質問を投げかけてくる。

 それを耳にして、エリアの表情が爛々と輝く。


「ナディさんって、実はすっごく太ってたりして」

「エリア。お前は痩せてるらしいから分からないのかもしれないが、中身が太ってても、今はすごく暑く感じるんだぞ」


 普段無口な甲冑騎士シーザーが、くぐもった声音でぼそぼそとぼやく。

 その言葉から察するに、ほっそりとした外見のアバターを使用する彼の本当の姿は、その見た目とは裏腹に太っているらしい。


「シーザーって、もしかして」

「……ぶひぃ」


 大巨漢の素朴な疑問に対し、身を削った凄まじいギャグでシーザーは返答。

 普段全く言葉を発さず、何を考えているのか分からない甲冑騎士が放った捨て身のギャグ。

 見た目がモヤシ騎士なこともあり、そのギャップに思わずエリアと大巨漢は大爆笑。


 シーザーは一瞬戸惑い、それから頬を染めて照れ笑い。


 大巨漢がシーザーを抱き寄せ、軽々と持ち上げて見せる。

 高い高いされたシーザーは、未知なる体験のためか慌てふためき、「下ろしてくれー!」と四肢をジタバタ。「あっはっはぁ! こんな経験、ゲームの中でしかできないんだぞぅ」とは、大巨漢の台詞。

 ナディも思わずフフッと頬を緩め、エリアにそれを指摘される。


「キャハッ! ナディさんが笑った、可愛い! ねえ、も一回見して」


 空間の一部を画像ファイルとして保存するスクショ用アプリを開き、エリアが嬉しそうにナディを追いかけまわす。

 ナディは面白がって腕で顔を隠し、エリアから逃げるように駆け足。


 後方で起こっているそんな珍妙な光景を見て、「なーにやってんだお前ら」と半ば呆れ顔で叫ぶシグマと、その隣でクスクスと笑うリリアン。

 無表情のまましなだれかかるオーディンを抱えながら、アインハルトは達観した表情でその場を見守っていたが、やがて堪えきれなくなったのかプッと噴き出すと、そのまま感情が決壊したかのようにゲラゲラと笑い出した。


 長く繊細な金髪を下ろし、エルフらしく尖った耳を見せたオーディンは、エメラルドの瞳を眠たそうに揺らし、アインハルトへしなだれかかる。


 ナチュラルがジト眼なのか、つまらなさそうに虚空を見つめている。

 まるで目に入るのは、アインハルトその人だけだと言うように。

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