第四十三話 『最上層の魔物-3』
「リリアンちゃん!」
「エリアさん。シグマさんが、シグマさんが……」
名前の表示が消失したことを確認したエリアは、壁際を走りながらリリアンのもとへと赴いた。
紫色の魔術師リリアンは、数名の魔法職プレイヤーに慰められながら体育座りをして嗚咽を漏らしていた。
シグマが死亡した瞬間をエリアは見ていないので、当初は彼が死んだことに半信半疑だったが、この様子を見る限り――。
リリアンの目の前で、シグマはその生命を散らしたのだろう。
そのときに彼女が受けた衝撃が、どれほどのものだったのかエリアには想像もつかない。
メンバーの中では一番シグマのことを慕っており、傍目には父娘のようにも見える関係だった。
「シグマさんが、シグマさんが私とアインハルトくんを庇って――」
顔を上げたリリアンの顔は涙で濡れ、悲壮に歪んでいた。
心を抉るような嗚咽を漏らすリリアン。慰めの言葉は幾らでも出てくるが、それを口にすべきか迷っている間にエリアの中でも様々な思いが駆け巡り、浮かんだ科白は霧散してしまう。
このまま静かに見守っていてあげたい。そう思ってはいたのだが、リリアンの言葉を聞き、エリアの中に一つだけ疑問が生じてしまった。
「アインハルトくんは?」
気遣うような声音で小さく紡ぎ、エリアはそろりと周囲を確認する。黒髪美少年のアバターはそう珍しいものでもない。周りを見渡せばアインハルトそっくりな容姿をしたアバターは掃いて捨てるほど視界に入る。
だが防具まで――全身をギアドラシリーズで包んでいるプレイヤーとなれば話は別だ。ギアドラ一色の防具を作れるようになるまで黒龍渓谷に閉じこもるプレイヤーなど、ILO中を探しても一人しかいないだろう。
だがエリアの視界に、アインハルトはいない。
リリアンの言葉が事実であれば、シグマが落命したときにアインハルトは目の前にいた。
あれで意外と、アインハルトは仲間を大切に思っている節があった。リリアンのように泣き崩れるところは想像できないが、流石に精神的な揺らぎが全くないということは無いだろう。
だがアインハルトも男の子だ。リリアンや他の女性アバターの前で泣くことを嫌がり、どこかでひっそりと感傷に浸っているという可能性もある。
「あの、ここにいた――と思うんですけど。漆黒龍の装備で全身を纏った黒髪の少年アバターさん知りません?」
現在進行形で泣きじゃくるリリアンに問うのはあまりに酷なため、彼女を守りながら宥めている別のプレイヤーに問うことにした。
リリアンを取り囲む数名のプレイヤーはお互いに知らないかと聞きあっていたが、その中の一人、銀髪ロングの長身魔術師が胸の辺りに手を宛がい、一歩前に踏み出した。
「黒髪少年――ナントカハルトって人ですか?」
「そうです、アインハルト。多分この子と一緒にいたと思うんですけど――」
チラとリリアンを見やる。迷子を探すような言い方だったため気を悪くしたかな、と危惧してのことだったが、今はそれどころではないようだ。エリアの科白など耳に入っていない、とでも言うように、膝に顔を埋め肩を震わせていた。
「その子でしたら、先ほど前線に戻っていきましたよ」
「――っえ?」
予想だにしない返答に、エリアは喉から変な声を漏らした。
目の前で仲間が死ぬことに関して、確かに「気にしない」という風体を見せる少年だとは思っていた。
しかしそれは冷徹なのではなく、年頃の男の子特有の虚勢によるものだと思っていた。というより、今でもエリアはその考えは変えていない。
「何で。……シグマさんが死んだのに、アインハルトくんは平気なの?」
エリアの中で様々な思いが駆け巡り、言葉が継げなくなる。アバターの表情は驚きや悲しみや笑顔がコロコロと変わり、軽いパニックでも起こしたように不安定を露わにする。
銀髪の長身魔術師はそんなエリアの顔を見やり、コホンと咳払い。
「自分のために生命を賭してくれた人のためにも、ここで決着をつけてやるって」
魔術師の口から紡がれたその言葉を聞き、エリアは納得した。
ああ、確かに彼らしいな、と。
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両腕を広げ、風切り羽のようにして疾走する。解析が進まないILOの中では珍しく、勇士の手によって解明されているアクションの一つ。納刀時のみしか使用できない走行術であり、現実世界でするには少しばかり恥ずかしい走り方。
別にこうすると走る速度が速くなるとか、そういったものではない。腕を広げてアバター個々の当たり判定を広げることで、視認可能域を若干増やすというものである。
とは言ったものの、抜刀時は使用できないうえ傍から見るといい大人が飛行機ごっこをしているようにしか見えないため、使い勝手のよさと比較して利用するプレイヤーは少ないのが実情だ。
上空から降り注ぐ火炎玉。破格の敏捷ステータスを利用し、降り注ぐそれらを漏らさず躱す。アインハルトのステータスは攻撃と敏捷性能を優先的に上げているため、防具のレア度に比べると耐久値はそこまで高くない。
タンカー騎士一人の耐久値を軽く凌駕するあの攻撃をもろに受ければ、シグマと同じような目に遭うことは必至である。
跳躍やステップを絡めながら、アインハルト目掛けて落下する火炎玉を華麗に避ける。
アインハルトが十の火炎玉を避ける間に、近接プレイヤーの内五名近くが落命する。どうやらあの攻撃は、誰か一人を狙って命中させることが苦手なようだ。
狙われるのではなく、撃った先に偶然いた。そんなものである。
そうでなければ、さしものアインハルトでも攻撃を全て避けることはできないはずだ。敏捷ステータスをカンストさせればどのような遠距離攻撃でも避けられる、そんな都合の良いMMOがあるはずがない。
大方緻密なバランス調整からなっているものなのだろう。リリアンのもつスキルアビリティの影響を受けない攻撃、その代わりか命中率はかなり低い。
走れば走るほど、疑惑が確信に変わる。
そしてその事実を把握すればするほど、アインハルトの中でやるせない気持ちが湧き上がってくる。
ちゃんとスタミナ管理を行っていれば、もしあの時あと一度だけでもリリアンを抱えて跳躍するだけのスタミナが残っていれば。
所詮たらればの思いだが、回避できなかった事象ではない。先ほどまでアインハルトは危険を察知して、黒鋼龍から遥か離れた場所で傍観していたのだ。その間に自身のコンディションを調えておくことぐらい、気がついても良かったのに。
判断力が鈍っているな、と実感する。やはり閉鎖的な空間にいるという精神的疲弊が大きいのだろうか。
視界は広く持っているが、視認してそれを把握する速度が遅くなっている気がする。
あと少しでいい。ここさえクリアしてしまえば、元の世界(ILO)に戻すことが出来るのだ。
「くっくっ……。随分と締まった顔をするようになったじゃないか」
視線を泳がせると、アインハルトのすぐ後ろに張り付くように、忍者装束プレイヤー――シンゲンが両腕を広げて弾丸のような速度で疾走していた。
「大切な仲間が目の前で死んだから、かな」
「――ッてめぇ」
「勘違いさせたならすまない。今の呟きは僕自身に対するものだ。さっきの連撃で、オフでも顔合わせをしたことのあるギルメンが数名、落命してしまったもんでね」
顔を見ることはできない。だがシンゲンの声音は、珍しく落ち着いたものとなっていた。
一瞬だけレミリスは無事だろうかと脳裏を過ったが、大丈夫だろうと自己完結。信頼――とは少し違うが、何となくあの人はひっそりと生きていそうなイメージがある。
「ブリリアント、ヒューマ、ウォーケン。――前線に行ったもののうち、レミリス以外は全滅だ」
失礼ながら、「あ、やっぱあの人無事だったんだ」とアインハルトは思った。
「しかしその反応だと、君たちのギルドも……?」
「シグマさ――あの獣人格闘者の人が、一人」
シグマの存在が霧散したその瞬間を思い出すと、眦に雫が滲みそうになる。
だがそうも言っていられない。ここでもし敗北する――もしくはリリアンや自分が落命するようなことがあれば、あの世でシグマに会わせる顔がない。
火炎玉を躱すと同時に、疾走アクションを普段のものへと戻す。視界が一気に狭まるのを感じながら、腰に差したコスモソードを手に取る。床を蹴り、直線的な跳躍。漆黒の弾丸のように飛び出したその勢いで、アインハルトはコスモソードを振り抜く。
真一文字の切断攻撃。数瞬遅れて到達したシンゲンの攻撃が無事打ち込まれたことを確認してから、アインハルトはコスモソードを両手で握りしめる。
銀河地獄。コスモソード限定の特殊アーツを使用し、凄まじい威力で黒鋼龍の足元を打った。なるべく最後までとっておきたかったが、そうも言っていられない。
濃紺色の銀河が生み出され、視界がパックリと切り裂かれた。小宇宙が生まれるほどの衝撃波が放出され、黒鋼龍の足に怯み判定が発動。
「――僕も、いくよ!」
コスモサーベルを握り締めたシンゲンの手に、小宇宙のようなものが駆け巡る。コスモソードには及ばないが、同じようなエフェクトをもつコスモサーベル限定アーツ。とは言っても二位以下が手に入れた同系列の武器のアーツは、さほど威力に差がない。
エフェクトは凄まじいが、通常のアーツと比較してそこまでの上昇は望めないのだ。
「どうかな、出来る限り同じ場所に打ち込めたと思うんだけど」
シンゲンが打ち込んだ箇所――つい先ほどちょうどアインハルトが《銀河地獄》を叩きこんだ部位である。
「最初からこうしてれば良かったかな?」
「いや、あのアビリティ無効系統の攻撃が累積ダメージで発動する類のものなんだったら、後半戦にとっておいて正解だったと思うよ」
さしもの黒鋼龍でも、足元――それも寸分違わぬ部位に強烈な一撃を二発も叩きこまれれば、怯みなどの誘発により動きが停止する。
ここに集結するは、数多の戦闘を越えたトッププレイヤー集団。
停止時間の長い特殊な怯みを、みすみす見逃すはずが無い。
現在進行形で雨あられのように降り注いでいた弓矢や弾丸の勢いが増した。誰かが決めたというわけではないが、統括者はナディである。自ら一歩前に立ち、漆黒龍の刺で作られた闇色の矢を銀色の巨躯目掛けて力強く引き抜く。
空気を削り取る音とともに真っ直ぐ突き進み、喉元に露出した赤黒い体表に矢じりが突き刺さる。
これといった弱点の存在しない黒鋼龍。無論喉元が弱点部位というわけではない。だが――、
「エリア、熱溶弾の効力が切れそうだ」
「りょーかいだよ、ナディさん」
二丁魔銃をクルクルと回し、小麦色に艶めく腕を前方へ伸ばす。
近接プレイヤーの邪魔にならず、遠距離プレイヤーにも問題無く狙うことのできる箇所。
胸元を狙ったつもりではあったのだが、エリアは普通の人間だ。ナディのように的確な照準を合わせることはできず、放たれた弾丸は若干ずれた場所に着弾する。
「――胸元狙ったんだけど、ごめん! お腹の辺りに当たっちゃった!」
「問題無い。腹部だな」
ナディの攻撃を皮切りに、喉元を狙っていたその他の遠距離プレイヤーが狙う箇所が腹部へと変化する。
弾幕STGのような一方通行の連撃。これだけのダメージを蓄積させれば怯みハメなどが出来そうにも思えるが、そうは問屋が卸さない。
製作者天瀬三四郎は部類のゲーマーだ。大人数で同時に攻撃が可能であるMMOにて、この程度の遠距離弾幕だけで怯みハメが出来るほどの甘ちゃん設定は施されていない。
どうやら黒鋼龍に関しては、近接攻撃の方が怯み値を多く貯めることができるらしい。
「――っと、ナディさん。うちのギルド共有倉庫から、弾薬素材が底をつきました!」
「すみません、うちのパーティもです!」
時間をかければかけるほど、遠距離プレイヤーは弾薬切れという逃れられぬ結末に辿り着く。
ナディのように無制限で撃つことができる弓矢はそのようなことが起こることはないが、その分弓矢は銃と比べて一発一発の威力が低い。そういった部分でバランス調整をしようとしているのであろうが、やはり攻撃の手が止まるのは痛い。
「エリアは大丈夫か?」
「あたしはだいじょーぶ。うちのギルド、あたし以外に銃使う人いないから!」
そういえばアインハルトもオーディンも、剣士だったかと思い出す。だとすると、オーディンもどこかで戦っているのだろうか。
もしかするとシグマが死んでしまったことを知らないかもな、などと思いつつ、ナディは精密機器のように矢を番えた。
ギアドラの弓・改。弓矢の中では上位に位置する武器ではあるが、実際のところ一発一発の威力はさほど高くないのが実情だ。
さらに遠距離武器は怯み値を多く稼げない。生命ある人間たちが目の前にて決死の覚悟で戦っているのに、と自分に不甲斐なさを感じてしまう。
「……なーんかナディさん、落ち込んでるように見えるけどさ」
そんなことを考えていると、不意にエリアがナディの顔を覗き込んだ。
「そんな顔してると、出来ることも出来なくなっちゃうよ」
太陽のように微笑み、えへと口元に弧を描いた。
言われてみればそうか、とナディは思考する。サンシローが黒鋼龍の設定を考えている時、彼は実に楽しそうな表情で構想を描いていた。その結果がこれなのだ。
サンシローが生命を吹き込んだ存在に、負けたくない。
「そう、だな」
「むしろナディさんの命中率は凄いと思うよー。――あっちの命中率はどのくらいかなー、なんつって」
「――あ、ああ、あー、あぁ、ああ?」
意図する裏側が把握できず、妙な声を漏らした。質問の本意を問いかけようとエリアへと振り返ったが、彼女は手で目の辺りを覆い、顔を背けていた。
ごめん、疲れているみたい。というのがその問いかけの応えであり、それに関しての有意義な答えは貰うことができなかった。
銀河地獄を叩きこんだアインハルトは、黒鋼龍の足元で一定時間硬直していた。
今までは大抵この一撃で最後の残留体力を削りきり、打倒モーションと勝利エフェクトの時間を利用して硬直時間を相殺していたが、やはり今の一撃で全てを削りきれなかったのはアインハルトにとってはかなりの痛手となっていた。
シンゲンの大技は、そこまでのリスクを負わない。故に彼女は既に斬撃の嵐を叩きこんでいる。
「さすが一応のラスボスだね。イベント限定武器の限定アーツを二発打ち込んでも、全然効いてないように見えるよ」
くっくっ……。と笑いを漏らしながら、シンゲンは見た目通り忍者のように黒鋼龍の足元を飛び回っていた。
あとどれくらいで倒せるのだろう。後方から撃ち込まれていた弾丸の数が異常なほど減っている。
火炎玉に巻き込まれた近接プレイヤーの数も尋常ではなく、現在斬撃を叩きこんでいるのはここに入った最初の頃と比べて半分以下しか残っていない。
さらに時折吐き出される火炎玉により、現在進行形でプレイヤーの生命は奪われ続けているのだ。
硬直時間は長いがDPSの高い大技を使用するべきか、休みなく連撃を打ち込むべきか、迷いどころだ。
「迷っているなら動いた方がいいよ。弾幕STGでもFPSでも、立ち止まってる方が完全に不利なんだからさ」
シンゲンの言葉に叱咤され、アインハルトはコスモソードを見据えた。
どちらにしよう。硬直時間は先ほどようやく終わった。もしこの一撃で終わらせることができるのであれば、ここで銀河地獄を叩きこむことに何の抵抗も無い。ただ連続して大技を叩きこむと、二発目以降は威力も下がり、硬直時間が長くなる。
無制限にバカスカ使われてもゲームバランスが崩壊するだろうから致し方ないことだろうとも思うが、それが今となっては酷く恨めしい。
シグマの最期が、脳裏を過った。
ここで迷っている間にも、多くの生命が犠牲になっているのだ。
無駄な時間を作るのは良くない。
「銀河地獄!」
アインハルトは最後の最後で、大技を叩きこむ方に決めた。
さっきよりも疲労感が増す感覚を得ながら、コスモソードを振り下ろす。銀色に煌めく甲殻を小宇宙の歪が飲み込み、肉質を完全に無視。文化包丁でリンゴを斬るように、いともたやすくスッパリと斬り込む。
グニャリと歪んだ裂け目が、ゆっくりと閉じられる。今から数秒間――十秒近くいくだろうか、その程度の時間、アインハルトは動くことができない。
流石に限定アーツ二連発は滅多にするもんじゃない。大方ダメージ量も半分近く減少しているはずだ。しかし、これでよかったはず。喩え威力が半分になろうと、銀河地獄一発の威力は並大抵の斬撃アーツではないのだから。
「――――」
黒鋼龍は怯むことなく、ゆっくりとアインハルトを眼下に入れた。
睨みつけられているような感覚に、思わず背筋に嫌な汗が垂れる。
動きたい。でも動けない。今だったらまだ躱せる。今はまだ反動で硬直状態。
バグガードで受け流すか。そんなことが出来るなら、死人の数がもう少し減っていてもおかしくない。
黒鋼龍の口腔に橙色の光が集結する。
牙一つ分程度の光の球はみるみるうちに絡まり、龍の顔面を凌駕する程の大きさへと膨れ上がった。
さしもの敏捷ステータスでも、発出と同時に大地を蹴ったのであれば避けることなどできないだろう。
だがこれで良かった。自分が与えられるだけのダメージは与えたのだ。あとはシンゲンとかがなんとかしてくれる。
火炎玉が発出十分なサイズまで膨張する。
まだ硬直状態は解けない。
「――もう、終わりかな」
「ああ、終わりだ」
思わず呟いてしまった科白を、お節介な誰かに拾われた。
中空を三本の矢が翔け、黒鋼龍の腹部に突き刺さる。堅牢な外壁は熱に溶かされ、じゅくじゅくと膿んでいた。
矢が刺さった刹那、口腔に集まっていた光が力なく霧散する。
大気を破壊するような咆哮が飛び出し、黒鋼龍は辛そうに首を擡げる。体重を支える足腰にも力なく、崩れ落ちる。背中からひっくり返ったところで――黒鋼龍の巨躯は光の粒子となって粉々に砕け散った。
「――倒せた、のか?」
「三本の矢は、何よりも強いんだ」
「ナディさん、それは今言うべきことじゃなかったかも」
愕然とするアインハルトに、ナディとエリアの掛け合い漫才のような会話が繰り広げられたところで――、不意に身体が浮上するような感覚が全員に行きわたった。
意識の浮上。ログアウト時とはまた違う感覚だ。ゆったりと目覚めるような心地よいものではなく、気絶間際に脇腹を針で刺されて無理やり意識を引き戻されるような不快感。
説明されなくとも、この場にいたプレイヤーたちはこの感覚が何なのかはっきりと理解できた。
帰れる! 最初に閉じ込められたとき、天から降り注いだ言葉は事実だった。
アバターはそのままに、意識だけが高層迷宮の天井をすり抜け、天へと舞い上がる。
やっと終わったという脱力感と、強大な敵を倒せたという達成感。
最後の最後をナディに持っていかれたというのが、何とも予想できる結末であったが、さておき。
現実と虚構との違いが鮮明になっていくアインハルトの中では、ある一つのことを考えていた。
――早く戻って、黒鋼龍のドロップ素材を回収しに来なくちゃな。
まさにゲーマーの鑑だった。




