第三話 『殺戮と殲滅』
閃光を伴う熱光線が直撃した青年は、全身に火傷を負うという凄惨な姿で、遥か彼方へと吹き飛び、粉々になった。
所詮アバター、プログラムが作ったデータの塊である。
惨たらしい血肉を撒き散らしたり、地を塗りつぶすような血飛沫が放出されることも無く、さっきまで話していた金髪の青年は、光の粒となって消滅した。
一瞬遅れで辺りから叫び声が上がり、先ほどまで地面に蹲り泣き崩れていたプレイヤーたちは狼狽し、一心不乱に逃げ惑った。
ナディが振り返ると、辺りでは同じような現象に陥っているプレイヤーが何人も存在していた。
突如虚空から放たれる熱光線に焼かれ、あっと言う間にこの世から生命を根絶させられるプレイヤーたち。
先ほどあの青年が言ったことが事実なのだとすれば、現在進行形で熱光線に貫かれているプレイヤーたちは、現実世界でも死亡しているというわけか。
「死ぬ、とは。壊れても修理できない、という意味か」
ナディは顎に手を宛がい、思案するアクションをとる。
これはサンシローの癖であり、ルリィも真似て時折やっていた。
ナディがもつ日常生活の常識や会話の仕方は、ほとんどがルリィとの一方的な会話によって培われたものなため、どことなく似てしまうのは仕方がない。
むしろついさっきまで決められた以外の言葉を発することも出来なかったNPCがこれだけ色々なことが可能となっているのだから、ルリィの施した学習能力の付加は、それなりに功を成していたのだろう。
「修理されない、とは。ルリィやサンシローと、会えなくなるということか」
またしても眼前にて、少年アバターがあっけなく消滅する。
先ほど金髪青年のアバターに、サンドバックにされていた少年だ。
熱光線に焼かれたプレイヤーは、それ以上の抗いも叶わず、この世界から消滅する。
だがナディは焼却されたアバターより下方へと視線を向け、真顔のまま首を傾けた。
熱光線を受けたアバターは消滅するが、同じく光線に削られた地面は何とも無いようだ。
大地が削られることもなく、高原に咲き乱れる花卉たちが、そよ風に揺られながら生存している。
この状況を暫し観察し、ナディは分かったように頷いた。
「なるほど、どこから撃っているのか分からないが、オブジェクト破壊を伴わない攻撃のようだ」
ついでに把握したが、NPCにも害は無いらしい。
ナディの体躯はもう何度もその熱光線に貫かれたが、赤茶けた初期装備が燃え上がることも、ナディの体躯が粉々に消滅することもない。
むしろその他のオブジェクトと同じように、放たれた熱光線を防御して止めてしまう。
そういえば、このゲームには地形ハメならぬ地形壁という戦闘スタイルがあったな、とナディは思い出す。
主に遠距離武器を使用するプレイヤーが使用するテクニックなのだが、破壊できない地形やオブジェクトに乗ったりその陰に身を隠し、魔物の攻撃から身を守りながら一方的に攻撃する、言ってみればズルい戦法だ。
ズルとか反則と聞くと、サンシローの嫌がりそうな戦法にも思えるが、彼は意外と頭を使って考え抜いた末にあみ出された戦術に関しては、喩えそれがどういうものでも特に禁止令を出さなかった。
流石にプレイヤーが壁の中にめり込んだり、絶対安全圏を発見された場合には、さりげなく修正を加えていたようだが。
雨あられのように降り注ぐ熱光線をものともせず、ナディは高原を歩き回り、発生源の確認を始める。
何もない虚空から射出されているようにも見えるが、どうやら違うということがナディの観察によって分かった。
熱光線が放出される場所には、確かに何らかの魔物は存在する。
現にこう発生源の辺りを歩くと、何も無いところで壁にぶつかるのだ。
コンコンと叩くと、確実に何かの存在を感じる。
どうやら、迷彩系の体表を持った魔物のようだ。
ナディは辺りを見渡し、戦えそうなプレイヤーを探す。
全方位を確認したが、未だ生存しているアバターは全員、カイトシールドを掲げたタンク系の戦士や、全身甲冑といった防御力がバカ高いプレイヤーだ。
落ち着いてナディの話を聞き、見えない敵を討ってくれそうなプレイヤーはこの高原には存在しない。
「しょうがない、私一人でやってみよう」
実戦経験は皆無だが、やってやれないことは無いだろう。
ナディは背中に背負った弓を掲げ、腰に携えた矢を一本――ずつだと面倒くさいので、五本ほど纏めて設置した。
VRな世界観だと、こういった武器の構え方などにも自由度があってよろしい。
ナディの手から矢が放たれ、透明な魔物に突き刺さる。
武器に対するクリティカルの出し方や大体の魔物の弱点部位は把握しているが、如何せんナディの弓矢は攻撃力が低い。
ナディはNPCであり、戦うためのアバターでは無い。
そのためサンシローも特に武器や防具にこだわらず、全フィールドに設置されたNPCは、揃いも揃って赤茶けた初期防具に、鉄と木でできた武器を背負っている。
だがなんにせよ、遠距離武器だったことが不幸中の幸いだろうか。
これでもしナディが持つ武器が近距離戦闘向きの打撃・斬撃武器であったなら、きっと数回の攻撃でポッキリと折れていたであろう。
ぱしゅん、ぱしゅん、ぱしゅん。
気の抜けるような音とともに、棒切れのような矢が熱光線の発生源に突き刺さる。
こんなに撃ち続けていると、やがて絶命した弁慶のような状態になるのではないかとも思いかけるが、そこはやはりゲームという名の仮想空間だ。
十二本ほど撃ち込んだところで、古いものから消失した。
最初は一人で撃っていたものの、その内の一体(やはり迷彩体表の魔物だった)を討伐したところで、シールドや甲冑で守っていたプレイヤーたちが、ナディの行動に興味を示し始めた。
普通とは若干色の違う初期増備に身を包み、熱光線をいくら浴びてもビクともしない。
チートや不正行為に関して行き過ぎるほどの対策を施されているこのゲームで、そういった類による違法行為が起こることはありえない。
まさか戦っているアバターが、いつも突っ立っているだけのNPCだとは思わないだろう。
ナディの討伐した迷彩体表の魔物が死亡すると、アイテム剥ぎ取りのためか単なるエフェクトの一種か、体表の色が濁った緑色へと変色する。
故に、この魔物も討伐してしまえば、どんな魔物がこの場をはびこっているのか一目で分かる。
ナディが二体目の魔物を打倒した頃、ついに辺りから、わっと歓声のようなものが上げられた。
漆黒のカイトシールドが虚空を走り、真っ黒な防具に身を包んだ黒髪の剣士が氷のように鋭い剣を振り抜いた。
袈裟懸けに虚空を駆けた斬撃は剣閃となり、ナディが撃ち込んでいた場所に凄まじい速度で到達し、迷彩体表の魔物は一撃で死滅した。
その一撃が、戦意を失い、蹲っていた辺りのプレイヤーたちの思いを掻き立てた。
全身を鈍色の甲冑に包んだ騎士。紫色の髪をした、花のように愛らしい魔法使いの少女。
金髪碧眼のエルフ女剣士に、巨大な盾をもって突進する大巨漢。
壁の後ろに隠れていた獣人格闘者や、羽衣に身を包んだ青色の錬金術師もいる。
極限まで魔物に近寄ることが可能なナディが矢を放ち、それを目印に戦士たちが猛攻を繰り広げる。
斬撃が、打撃が、魔法が、視認不可能な魔物の体躯を確実にとらえ、その生命を容赦なく葬っていく。
攻撃を放つプレイヤーが増えたからか、魔物たちの放つ熱光線が止み、逃走の仕草を見せ始めた。
ある程度ダメージを与えると発現するアクションの一つで、対象が無防備に背中を見せるため、最後の一押しをするにはこれ以上ないタイミングである。
もちろんそれを知っているのは、ナディだけでは無い。
このシステムは数日間仮想空間内を冒険していれば、大体察することのできる行動パターンだ。
瞬く間に、凄惨な粛清が始まった。
尻を向けて逃げ出す魔物に無数の斬撃が撃ち込まれ、血飛沫のエフェクトをあげながら絶命する。
反対側では獣人格闘者によってボコボコに殴られ、打撲痕だらけで息絶えた魔物が転がっていた。
辺りから放出される熱光線は、もうこのフィールドに存在しない。
数十人以上のプレイヤーを葬った魔物たちは、残った戦士たちの手によって、一匹残らず死滅させられた。
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複数の魔物を打倒し、《迷彩体表》なる剥ぎ取りアイテムもわんさと手に入り、さぞプレイヤーたちはホクホク顔だろうとナディは辺りを見渡したが、黙々と素材を剥ぎ取る戦士たちは、総員目の端に涙を浮かべていた。
このゲーム《Immortal Life Online》でも、他のVRMMOなどと同様、相も変わらず3Dモデルの表情の表現が下手――というか、必要以上に高性能すぎる。
会いたくない人間に会えば、あからさまに嫌そうな表情を見せるし、今のように若干しんみりとした空気を作ると、その場にいるプレイヤー全員が一斉に目の端に涙を浮かべる。
それが原因でプレイヤー同士の喧嘩が勃発したり、心に秘めておいた個人のプライバシーを覗かれたりと、結構問題は多発しているのだが。
サンシロー曰く、3Dモデルの表情を減らすと、逆に気味が悪くなってしまうのだとか。
《Immortal Life Online》のアルファテストから帰宅したサンシローが、ルリィの淹れた紅茶を味わいながら、そんなことを言っていた。
「何故、泣いているのだ?」
そしてそれを悪びれること無く、平然と聞くことができるのが、ナディという男である。
ルリィによる教育により“自我”というものは芽生えたが、未だに感情の有無や言葉遣いの制御はできていない。
これを仕方ないと割り切ってしまって良いものか、いや、実際は良くないのだろう。
だがルリィもサンシローもいないこの仮想空間にて、ナディのそんな苦悩を察してくれる人はいない。
すなわち、
「あぁ? 何故泣いてるだと? 真顔でそんなこと言いやがって、このやろう!」
こうして訳も分からず、他者の逆鱗に触れてしまうこともしばしばだった。
「落ち着いてください、シグマさん」
黒髪の少年――というか全身を漆黒の防具とカイトシールドで包み込んだ剣士が、キレかかった獣人格闘者を宥める。
彼もナディと同じく、悲しみの表情を見せることはない。
むしろどこか飄々とした様子で、高みの見物をしているような、はっきり言って上から目線な顔つきをしていた。
3Dモデルが出す表情は、その人の感情を大仰に映し出す。
つまり、黒髪の少年が現在抱いている感情とは、『偉そうに怒ってんじゃねえ』とでも言って、他者――獣人格闘者を軽視しているのだろうと思われる。
「VR初心者かもしれないし、もしかしたら訳あってアバターの3Dモデルの表情変更を切っているのかもしれませんよ。仲間がお亡くなりになって気が立っているのは分かりますが、今は喧嘩などをしている場合ではありません」
よくもまあ偉そうに淡々と告げられるな、とナディは思ったが、そこに関してはあえて口に出さなかった。
人工知能であるナディの学習能力は、人間のそれを遥かに超越する。
つまり、一度失敗しそれを誰かに正されれば、全く同じ間違いを犯すことは無いのである。
まあ痛い思いをすることが少ないため、正されなければ、永遠に間違えたままなのが唯一の欠点だが。
「しかし危なかったですね。ナディさんがあの謎に気が付いてくれなければ、今頃俺たちも疲労度や体力が削られて、きっと死んでいましたよ」
「私の、名を」
何故知っている、とナディが続けようとすると、黒髪の少年剣士は柔和に微笑みながら頭上をちょいちょいと指さした。
一つ一つの仕草に、なかなか可愛げがある。
ナディから見た剣士の頭上には、水色の文字で『アインハルト』と表示されていた。
これはNPCの目による、他プレイヤーのデータではない。つまり、ナディの頭上にもそれと同様のものが表示されているということだろう。
「VR――オンラインのゲームは初めてですか? こういったゲームでは頭上にプレイヤーの名前が表示されるので、そこを見れば名前が分かるんですよ」
ついでに言うと、ナディの頭上には単に『ナディ』とだけ書かれている。
NPCの名称が頭上に出ることは通常無いのだが、サンシローがナディをNPCとして設定したときに、せっかくだからと『ナディ』という名称で設置したのだ。
余談だが、もしサンシローがナディの名前を設定せずに配置していたら、きっと彼の頭上には『unknown』とでも表示されていたのだろう。
名前を決めずにこのゲームを始めるのは不可能なため、色々と弊害や齟齬が出てしまうところだった。
「便利だな」
「あとですね、初めて会った相手なんかは水色で名前が出るんですが、フレンド登録をしている相手だと、名前の表示が桃色になるんですよ」
ちなみに俺はこの二人がフレンドです。と、黒髪の少年――もといアインハルトは、二人の女性アバターを抱き寄せ、軽くはにかみ笑いを見せた。
ナディの目からは、もちろん水色で名前が表示される。
「ナディさん、フレンド申請しても良いですか?」
「おい、アインハルト。いい加減にしろよ。仲間たちが死んだっていうのに、お前はそんなヘラヘラして」
「もしかしたら、ゲームクリアと同時に皆さん生き返るかもしれませんよ。シグマさんも、そんな怒らないで、ポジティブに行きましょう」
「てめーみたいに脳内お花畑な野郎とはやってらんねえよ!」
シグマはその太い腕を地面に叩きつけ、毛むくじゃらな巨躯をどっかりと寄りかからせる。
アインハルトは瞑目し、やれやれといった様子で溜息。
どうにも空気が険悪だ。空気の読み方を知らないナディでも、それくらいは何となく感じ取ることができた。
それと同時に、ナディは珍しくこの状況に違和感を覚えていた。
ナディは現実の人間関係こそ全くの無経験だが、NPCという立場上、仮想空間内でのいわゆる仲間、友人間の会話を第三者として見物した経験は、数え切れないほどある。
時に喧嘩し、言い争いになっても、大抵は和解してお互いに納得する。
喩え双方――はたまた複数人の意見に齟齬が出たとしても、パーティに一人はいる、そういう状況を纏めるのが上手い奴が、その場を取り成すものだ。
もちろん中には喧嘩別れして、そのままパーティ解散という結末に移行したプレイヤーたちもいた。
そう考えると、現在起きている状態は不自然だ。
見た目若そうなアインハルトが突拍子も無い行動を起こし、それを見た感じ大人に思えるシグマが、少し言葉足らずだが一応嗜める。
所詮アバターの話、と思われるかもしれないが、ナディのNPCとしての勘によると、この二人に関しては中身と外見の年齢はさほど偽って無いように思えるのだ。
あまり深く詮索するものでは無いとは思うが、アインハルトは学生で、シグマは社会人――もしくはアルバイターのようなものではないか、と考える。
理由は多々あるが何にせよ、ナディの抱いている違和感――というか疑問とは、年齢的にはシグマの方が上であろうに、何故シグマは、アインハルトに強く言い返せないのか、という一点だった。
現にアインハルトは言葉遣いだけは敬語であり、シグマに関しては説明するまでもない。
初対面であるナディに、感情にまかせたあれだけの怒号を浴びせられるのだから、“アバターとしての自分”を弱いとは思っていない。
むしろ容姿による補正もあってか、自分が怒鳴れば周りは言うことを聞く、なんてことまで思っているかもしれない。
「ところでナディさん、自宅への連絡は済ませましたか?」
「連絡が、つくのか?」
「アンドロイドを介して、外部に電話をかけるアプリがあるんですよ。――待っててください、今起動しますから」
アインハルトは腕に装着した腕時計のようなものをタッチし、空間に半透明なウィンドウを出現させた。
桜色や水色、薄緑色などのウィンドウが幾らか表示され、その中から銀色のアプリを起動させ、ナディのもとへと歩み寄る。
「連絡先は俺んちのアンドロイドですが、うちのアンドロイドは電話回線が繋がっているので、番号を入力すればどこにでもかけられるんですよ」
「貸してもらえるか?」
「どうぞ」
ナディはアインハルトからその端末を受け取ると、声が届かない距離(プログラム上音声を拾わない距離)まで離れ、ウィンドウに表示された『電話をかける』をタッチ。
次いで電話番号を入力してください、の文字が現れる。ナディは暫し思案し、結果アマセ・コーポレーションの中央管理室の番号を入力した。