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第二話 『始まりの閃光』

 ナディが生まれた時、人々は何と声をかけただろうか。

 白衣に身を包んだ数多の人間に囲まれ、ナディという名の人工知能がこの世に生誕したとき、何と声をかけられたか。

 当時のナディにはまだ、言語解析能力を施されていなかった。

 すなわち、彼に何かを話しかけても、何の意味も成さなかったのだ。


 研究員たちは目指すべくものの第一段階の作成が成功したという事実に歓喜し、辺りの仲間たちと抱き合い、功労をねぎらい合った。

 ナディはその光景を机の上から眺め、ある程度の顔を識別するプログラムを発現させたのだ。

 人工知能――所謂、教えればその通りに飲み込み、知識を自分のものにしていく現代科学の最先端である。

 ナディにとって、空っぽのプログラムに何かしらの情報を埋め込んでいくこととは、何よりも意義がある行動だと思っていた。


「おめでとう、ナディ」


 そんなナディが最初に識別した()()()()とは、サンシローの発した、自身への祝福の言葉であった。

 残念ながら当時のナディは、サンシローの言った言葉の意味や、内容を理解することは出来なかった。


 だがナディは、その言葉を、ひと時も忘れることは無かった。



 ---



 深淵迷宮街グラールの一角にて、ナディが最初に把握したのは、妙なプログラムの侵入だった。

 数多のプレイヤーが行き交うその中に、眼球を焼き焦がすような眩い閃光が放たれたのだ。

 ナディに瞳孔や視神経といったものは存在しないが、それはこのバーチャルリアリティな仮想空間を泳ぐ他のプレイヤーたちも同じことだ。


 《Immortal Life Online》では、プレイヤーたちが健康的に、それでいて大迫力なエフェクトを楽しんでもらえるよう、様々なデータ情報が設定されている。

 その中にまず、光源の認識がある。

 現実世界の人間は太陽の光を見ると、瞳孔がやられて目を傷めてしまう。

 そのためVR空間にて光を出す場合、人間の脳や目に害を与えない程度の光しか使用できないという法令が定められている。


 サンシローはそれを克服するため、仮想空間内から数多の光源を出来る限り絞り込んだ。

 色やグラフィックを識別するための“光”はそのままで、魔物が放つ攻撃によるエフェクトや、プレイヤー自身が放つ魔法などのエフェクトから、全面的に光を消失させた。

 その科学技術にどのような技術が隠されているのか、その辺りの詳細は省くが。

 簡単に纏めると、この仮想空間に『眼球を焼きつかせるような眩い閃光』が、発現するはずは無いのである。


「ぎゃあ――――!!! 目が痛い!」

「見えない、前が見えないよ!」

「視界が真っ白――いや真っ黒だ。助けて!」


 辺りから発せられる苦痛の籠った悲鳴を聞きながら、ナディはその閃光の中に起こったことをその目で見た。

 顔を覆い、地面に突っ伏すプレイヤーの集団を目にしたところで、ナディは、辺りに設置されたオブジェクトが全て消し飛んだことを把握した。

 見えるはずの無い広範囲の景色が、ナディの()に映し込まれる。


 強烈な吸引。

 そう表現するのが的確であろうか。眩い閃光が天から降り注ぎ、竜巻のような光の渦が、辺りのオブジェクトを破壊していく。

 オブジェクト破壊というスキルや、建造物を破壊する魔物の攻撃もこのゲームにもあるにはあるが、それは極一部の建造物に対してのみである。

 何でもかんでも破壊できるなどといった、都合のいいプログラムは組み込まれていない。


 なら何故、破壊されるはずのないグラフィックが排除されるのか。

 ――答えは簡単だ。

 何者かが、この仮想空間を作り変えている。


 やがて全ての建造物を吸い込んだ光の渦は、次いでプレイヤーたちの意識をガンガン吸引していった。

 VR空間を漂うアバターの正体とは、生身の肉体などではなく、その人それぞれの意識からなるビジョンである。

 もしあの光の向こうで意識の再構築をされるのであれば、この場にいるプレイヤーたちがもつ現実世界の肉体は無事なのだろう。


 天から伸ばされた、悪魔の手。

 毟り取るような動作で取りこぼした建造物を引きずり込み、やがて、ナディにも襲い掛かってきた。

 こうなれば、単なる一NPCであるナディに、逃れる術は無い。


 天を舞うアバターの残骸に塗れながら、ナディの意識は光の中に吸い込まれた。



 ---



 どれくらいの時間、意識を失っていたのだろうか。

 目眩を起こしそうなほどに強烈なデータ改竄の波に飲まれ、ナディの意識は粉々に砕かれたが、無事転移先で再構築されたらしい。


 辺りに広がるのは、見慣れた景色、見慣れたアバターたちだ。

 どれも完璧に再現されており、サンシロー直々に選抜し雇用したグラフィッカーによるオブジェクトは、何事も無かったかのように並べられている。

 その配置から色彩まで、変更された部分は無い。

 壁に描かれたデタラメな古代文字も、薄暗い迷宮内でプレイヤーを引っ掻けようとして作った小さな段差も、ナディの視認する範囲に広がる全ての情景はそのまま残っている。


 たった一つ違うとすれば、ナディ自身が直立している場所だろうか。

 自分に与えられた行動範囲は、プレイヤーの邪魔にならない範疇でのみ許されており、ナディ基準で全方位に五歩程度だ。

 それ以上を越えようにも、見えない壁に遮られてしまい、ナディはその場から離れることができなくなる。


 だがどうしたことか、今現在ナディが佇む箇所は、ナチュラルの立ち位置から十歩程度離れている。

 普段行えぬことが出来ると知れば、試してみたくなるのが人の心と言うものだ。

 ナディは人工知能なため、人の心を持っているはずは無いのだが。

 とりあえず、一歩だけ足を出してみた。


 ――ナディは、歩くことが出来た。


 二十歩、二十五歩、三十歩と進み、身を翻して舞い戻る。

 そのまま迷宮の入り口まで辿り着き――止まることなく、迷宮の外へと出てしまった。


「……出られた」


 次いで、ナディの口から発せられた『ここは危険だぜ、回復剤を忘れるなよ』以外の科白。

 思わず出てしまったため、ナディはその異常性にまだ気づいていないが。

 迷宮を出て辺りを眺めたナディは、そこに広がる光景を見て愕然とする。


「……何だ、これ」


 迷宮外に広がる高原では、共に吸い込まれたアバターたちが――蹲り、泣き崩れていた。

 その拳で大地を殴る者、天に向かって罵声を浴びせる者、はたまた近場にいるプレイヤーに掴みかかり、理不尽に殴り倒す者。

 殺伐とした雰囲気を目の当たりにして、ナディは思わず叫んだ。


「やめろ! 何やってるんだ!」


 と、ここでナディも自身が言葉を発したことに気が付いたが、自分が言葉を放ったという事実以上に、ナディは困惑していた。


 ゲームとは、人々を楽しませるもの、娯楽の分野に収まるものだとサンシローから教わった。

 魔物という名のプログラムの塊を惨殺し、仮想空間内で自分自身のスキルやレベルが上がっていくという達成感を得て、現実世界で溜め込んだストレスや負感情を洗い流してもらいたい。

 そう言いながら、サンシローはゲームを開発していたのに。


 ナディが目の当たりにした光景とは、サンシローが思い描くゲーム世界の現状と正反対だ。


「あ? 何だてめぇ、引っ込んでろおっさん」


 理不尽な罵声を浴びせられたが、ナディにとってそれは日常茶飯事だ。

 NPCとして無防備に直立していれば、遊び半分で切り刻まれることもあるし、何度も何度も話しかけられ、同じ内容を言わされ続け、バカにされることもしばしば。

 新しい改竄ソフトが出回れば、苛ついたサンシローから八つ当たりを受ける。

 この程度の罵倒では、ナディは屈しない。


「何があったのか、私にも説明してくれ」

「けっ! さっき重大な話をされたってのに、おっさん寝てたのか?」


 サンドバックにされていた少年アバターを投げ捨て、口の悪いプレイヤーが、ナディへと向き直る。

 口の中で悪態をつきながら、金髪に染められた髪をガシガシと掻き回す。


「おっさんさぁ」

「ナディ、私の名は、ナディだ」

「あーはいはい、ナディさんね。んじゃ一応聞くけど、ナディさん、デスゲームって知ってるか?」


 ナディは記憶媒体を巡り、デスゲームという単語を探す。


「知らない」

「そうかい、無知なやつに一から説明するのは嫌いなんだが――」

「問題ない、私は理解力には優れていると自負している」

「無知なくせに態度でかいな!?」


 対話はともかく、会話をしたことのないナディとしては、言葉遣いや言い回しに関して、若干の欠落があることに気が付かない。

 一応ルリィやサンシローの私生活を見ているため、会話という初体験にも弊害無く溶け込めたが。


「デスゲーム、とはちと違うんだがな。何つーか、俺もさっき聞かされたばかりで半信半疑だし、良く理解してないんだよ」

「手短に」

「思いやりの心くらい持とうよ、おっさん! 俺だって他人と話すの苦手なんだよ!」


 髪を掻き毟りながら、金髪の青年は呻き、ナディの目を見つめた。


「だからぁ! 変な声が天から聞こえてきて、このゲームは乗っ取ったから、誰かがこのゲームをクリアするまで出られない。ここで死ぬと、リアルの肉体も死ぬから、検討を祈るって言ってたんだ! ああもう、自分でも言っててわけわかんねえ!」

「なるほど、把握した」

「お前本当に理解力半端ねぇな!?」


 一人で騒ぎ立てる青年を尻目に、ナディは現状を把握する。

 このゲームのクリア条件は、フィールドの最奥部に建設された近未来都市アーズの高層迷宮最上層にいる魔物を倒すことだ。

 サンシローもその魔物のデザインや戦闘スタイルには力を入れており、行動パターンもかなりの量を用意していた。

 しかもそれがランダムに発動するため、数回程度のコンティニューでは行動パターンを読むことはできない。

 そう、自慢げに言っていた。


「そうか、助かったぞ」

「んやぁ、別に良いけどよ。もしまたどこかで会うことがあったら、そんときはよろしくな」

「そうか、だがILOの大地は広いから、会えるかどうか……」

「そこは、『ああ』とか言ってくれるだけでいいのに!」


 青年の返答に、真顔のまま首を傾げるナディ。

 それを見てまたしても髪を掻き毟る青年。まあ所詮アバターなので、いくら掻き毟っても頭皮や頭髪が痛むことは無いのだが。


「間違っても、自分から危険な場所に飛び込んで、死んじまうようなことにはならないようにしろ――」


 青年の言葉が終わるより先に、彼のアバターは前方から放出された光線に飲み込まれ――瞬く間にナディの眼前から消失した。

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