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第二十五話 『いせかい☆くるせいだーす』

 ギルドルームに押し込まれて二週間。閉鎖的な空間にありがちな自棄的な発想や行動を起こす者もいなく、エリアが作ったボードゲームやパーティゲームをしながら、六人とも健康的に毎日を過ごしていた。二週間と言えど、その長さは尋常では無い。現実世界の肉体がどうなっているのかこちらからは分からないが、どうやら脳の一部分は常時覚醒状態を保っているらしい。

 仮想空間内でその身が危ぶまれる状況に陥った時、すぐさま身を守れるようにという配慮のためか、そもそも覚醒状態でなければVRヘッドギアの電気信号を受け付けないのか、電子工学や現代科学に関して明るくない彼らには分からないことだが、ともかくとした前提として、睡眠という概念が存在しないのだ。


 ナディはともかく、他五名は夜になると交代で目を瞑り、ソファの上に転がっていた。目を瞑ったからイコール睡眠と同等の疲弊が取り除かれるということは無い。しかし視覚的に認識する様々な情報が遮断され、無理やり覚醒状態にされている部分を休ませる働きはあるらしい。そこは科学の最先端であるVRヘッドギアの成せる業だろう。入り込む方法をウィンドウから遮断するだけでも、疲労は大分軽減される。もちろん休息中に妙な侵入者が入り込むと困るため、誰か二人は警護に付いていた。もっとも、その内の一人は常時ナディであったのだが。



 そろそろ色々と飽きてきた朝。ソファに座ってボードゲームなどをしながら楽しく談笑をしていると、外から賑やかな声が響いてきた。一番窓に近いソファで胸元を突っつきあって遊んでいたエリアとナディはお互いに顔を見合わせると、身を寄せ合いながら窓際へと向かっていった。二人の関係はもう隠すことも無いだろう。


 二人っきりで夜の警護をしているときなど、あれやこれやとエリアはナディに接触してきたし、ナディはそれを拒まなかった。全神経と機能を遮断していても、ヘッドギアの耳には会話ログが溜まっていくし、ルーム内での会話はギルドメンバー全員に筒抜けなので、こっそりと行っていたはずの二人の逢瀬はここにいるメンバー誰もが知っている事項だ。無論それに関して冷やかしたり僻む者もいない。リリアンだけは流石に黙っていられず、朝目が覚めた時に「おめでとうございます。お幸せに!」と花のような笑顔で告げたが、その程度である。


 エリアは仮想空間では開けっぴろげな人間であり、ナディもとくに気にするようなタイプではない。一応エリアにも常識はあるので(ナディに関してはともかく)、真昼間から人目も気にせずイチャイチャしたりはしない。時折ソファに腰かけながら指を絡め合ったりはするが、大抵視線を感じたエリアが無慈悲に振りほどく。年相応かと聞かれると素直に頷けない関係だが、二人とも楽しそうなので、誰もそのことに関しては追及しない。意外と人間ができているのだ。


「なんだろ、いつもより外歩いてるプレイヤーの数が多いんだけど」


 エリアがふと漏らした疑問に答えるかのように、ギルドルームに誂えられた電話が着信音を鳴らし、FAXが出るべき箇所から一枚の紙が吐き出された。シグマはそれを拾って一睨みすると、安堵したように溜息をつき、紙を眺めながら口を開く。


「人数が集まったから、全ギルドメンバーに召集がかかったらしいな。もちろん俺らもその中に入っている」

「高層迷宮に、突入するってことですか?」

「ああ、ILOの時間軸で正午までに来いとのことだ。全員忘れ物――があるはずないか、よし、念のためアイテムとかは全部共有倉庫に入れておこう。誰がどこで使うか分からん」


 リリアンの問いに応えながら、シグマは自身の持ち物(アイテム)をギルドの共有倉庫に放り込む。素材以外のアイテム全般だ。回復剤だったり冷水剤だのと、普通にNPCショップであれば販売されているものである。


 他五名もアイテムを移し替え終わったところで、シグマはFAXの形をしたメッセージを自身のポケットに捩じり込んだ。



 ---



 エレベーターを降りて、ギルドルームの詰め込まれたマンションから退出する。

 外を歩くプレイヤーの雑踏は、全てプログラムの移動にしかすぎない。しかしVRゲームという特性か、もしくは全員が自分たちと同じ目標をもっているからか。その集団は、これから生命を賭けて戦おうと勇む者たちに何とも言えぬ安心感を与えさせる。一種の団結力。人間の戦意というものは、人数が増えれば増えるほどその力を増し、研ぎ澄まされ、より強大なものとなっていく。


 トッププレイヤーの集団に身を溶け込ませ、ナディははぐれぬようエリアの手を握り締める。こんなことしなくても、同じギルドメンバーの頭上には印が現れるため、見失うことは無い。しかしナディは、エリアとひと時も離れたく無かった。


 手を取られたエリアは一瞬だけ驚いた様子を見せたが、同じように手を握り締めたり腕を絡め合う仲睦まじい男女のプレイヤーは、ここの集団にもチラホラ見受けられる。そのためか、エリアはとくにナディの腕を振りほどこうとはしなかった。


 後方にて、手を繋ぎ合う二人を見てはしゃぎかけたリリアンの姿があったが、オーディンの手によって、それは黙らせられた。




 ギルドマンションの立ち並ぶ高層街スカイスクレイプを抜けると、アストルの森林――もとい高層ビルの集団が顔を覗かせる。この建物一つ一つが、このフィールドにおける迷宮であり、魔物が出現する場所である。地下には駐車場のような箇所もあり、ご丁寧に破壊可能な乗用車のオブジェクトまでが並んでいる。ビル街窓ともあって建物全てには膨大な量の窓が誂えられているが、全部透視不可能だ。分かりきっていることだが、エフェクトで内部から窓を割っても、外から中を覗くことはできない。実際窓を通して中へ入ることが可能だと、飛行可能な種族や職業アビリティをもったアバターが、そこから入れてしまうからだ。という理屈付けが、ILO攻略サイトでは一番信憑性がある検証事項である。何階層もすっ飛ばして侵入されると、やはり色々と弊害が出てしまう。


 そんなコンクリートジャングルの中に、一際目立つ建物が一つ、傲然と鎮座なさっている。多数の迷宮に守られるように、近未来都市アーズの最奥部にそれはあった。


 冷たさを覚えさせる薄灰色の壁に、一定間隔で並べられた不透明な窓ガラス。表面は日光を受けて爛々と煌めき、辺りの景色を歪めながらその身に映し込む。

 天を砕くように伸びる高層迷宮の最上層は、地上を歩むプレイヤーたちの視点からは視認することができない。


 圧倒的質量と壮大さを感じ、一斉に見上げるプレイヤーたちの口端から思わず溜息が漏れる。エレベーターも無いこんな高層ビルを、これから自分たちは自身の足で登っていかなければならないのか。そんな思いが喉元まで上り詰め、嘆息するようにもう一度吐息が漏れた。


「……圧倒的ね」


 エリアの言葉を耳に入れ、ナディは思案げな表情を浮かべる。ナディは幾度となくサンシローによってアマセの本社へ参ったことがあったが、さしものアマセ・コーポレーションもここまで巨大では無かったはずだ。あの時は確か本体を鞄に詰められて、サンシローの胸元に繋いだビデオカメラで外の景色を見たんだっけか。


「現実には、こんな高いビルは無かったな」

「現実世界にこれほどの建物を建設しようとしても、地盤などを考慮すると不可能なんだよ」


 遠慮ない言葉づかいに既視感を覚えて振り返ると、真っ黒な忍者装束のプレイヤーが口元に手を当てながら、くっくっと奇妙な笑いを漏らしていた。名前はシンゲン。先日出会ったトッププレイヤーだ。


「あら、あなたも呼ばれてたんだ」

「おいおい、聞いていないのかい? 全ギルドルームにフレンド用メッセージを送ったのは、他でもない僕なんだぜ」

「あたし、あなたとフレンド登録した覚えは無いんだけど」

「隣にいた獣人格闘者(グラップラー)の人と、一応フレ登録しておいたんだ」


 しれっと言った。シグマはあれで割と個人情報などに関しての身持ちが固いと思っていたのだが、こう簡単にフレ登録してしまうだろうか。まあもっとも、執拗にフレンド申請を出し続けるなどすれば、大抵のプレイヤーは根負けするだろう。もちろん普段は利用規約によって禁止されている。


 エリアは「あのシグマさんが……?」とか「女性だと知って、気が緩んだのかしら」などと勝手に憶測をたてている。余計な口出しになると思ったので、とくにナディは自分の考えをエリアには言わなかった。


「それじゃ、僕は行くね」


 忍者装束シンゲンは、職業アビリティによって凄まじい威力まで練り上げられたスキル《俊足》を使用し、その場から消え去った。この雑踏の中、誰とも衝突せずに脱出することは不可能だろう。大方――。


「――きゃん! 誰よ、わたしのスカート捲ったの!」

「痛っ! 誰か俺の背中蹴飛ばしやがったな」


 忍者っぽくジグザグ走りでもして行ったのだろう。一応《俊足》で生じた速度はそのまま攻撃補正にかかるわけでは無いので、大きな被害になることは無い。

 ナディはとくに気にしないでおいた。



 ---



 雑踏の中手を握り合い、待つこと数分の後。盛大なBGMとともに歓声が上がり、高層迷宮入り口にスポットライトが浴びせられた。ご丁寧にスモークまで炊かれている。使われた小道具は、全てNPCショップにて販売しているものだ。遠く離れた友人たちと、仮想空間内でパーティなどがしたい。そんな希望に応えるため、数か月前のアップデートから販売が開始されたアイテムだ。スポットライトやラジカセは装飾品や調度品扱いだが、スモークに関しては消耗品だったはずだ。やはりトッププレイヤー集団ということもあって、お金(ゲーム内通貨)には困っていないのだろうか。


 吹き付けられるように炊かれたスモークに、中性的な陰がおぼろげに映り込ん

だ。片手を腰に宛がい、もう一方の手は顎を撫でている。鳴り止まぬ――むしろ徐々にアップテンポになっていく音楽。果たして煙は消失し、その姿が外界に晒されることになった。


「どうも、トッププレイヤーの皆様。初めまして、ギルド《いせかい☆くるせいだーす》の忍者、シンゲンと申します」


 その発言に伴い、漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ二人の騎士が、シンゲンの傍にて片足を立てて腰を下ろす。台本でもあるのかと聞きたくなってしまうほどに完璧な動作だ。実際、あるのかもしれない。役割分担の演技(ロールプレイング)を真剣にするプレイヤーの集団は、未だ衰えていないらしい。

 フルプレートアーマーの二人を“NPCの目”で見たところ、どうやら二人とも職業・騎士。サブ職業・戦士、神官プリーストとなっていた。完全なタンカー職業である。ちなみに二人ともキャラの中身は男性だ。


「おい、あれが……」

「あの有名な、《いせかい☆くるせいだーす》のシンゲンだと?」

「タンカー六人に回復職一人と、戦闘職三人でゴリ押ししていったっていう、あの」


「なんか騒がしいが、有名なのか?」


 ナディは口元を隠し、エリアへと小声で問いかける。もしかすると声が届いてしまったかもしれないが、ギルドメンバーでは無いので会話ログは残らないだろう。


 エリアは虚空をタッチして、個人チャット用のアプリを起動した。刹那眼前に薄青色のチャット画面が出現する。画面の色は、確かランダムだったか。


『トップギルド《いせかい☆くるせいだーす》は有名だよ。確か戦闘職の二人がすっごく強くて、タンカー六人が守りながら突き進むっていう、王道とはちょっと外れたギルドだったみたいだけど』

『実績は?』

『ILO二回目のイベント覇者が、そのギルドみたい。ほら、メニュー画面の下の方に、ギルド情報ってあるでしょ? そこに今言ったことは書いてあるよ』


 メニュー画面を開き、言われたとおりにページを開く。

 なるほど、第二回ILOイベント覇者《いせかい☆くるせいだーす》か。確か一回目のイベントはソロでの参加が第一前提だったはずだから、これが実質ギルドでの参加を初めて認めたイベントだったのかな。


「僕のもとへ集まってくれて光栄だ。君たちに集まって欲しかったのは、これから高層迷宮に入るときの注意事項などを伝えるためだ」


 腰と顎に手をやるというポーズのまま偉そうなことを言うと、後方から左右の騎士と同じ防具・職業構成のプレイヤーが現れ、紙ふぶきを降らせた。あまり関係ないが、二人は女性キャラだった。


 忍者装束から覗く鳶色の双眸が柔らかく細められ、シンゲンはコホンと咳払い。辺りの女性プレイヤーたちから『キャーシンゲンサマー』という声が届けられる。アイドルプレイヤーなのか、と思ってナディは辺りを見渡した。だが彼の周りには歓声を上げたプレイヤーはいないようだ。ふと前を向くと、叫んでいるのはシンゲンの隣にいる女性騎士プレイヤー二人だけだった。手には拡声器のような装飾アイテムを持っている。トッププレイヤーには変わり者が多いと聞くが、さもありなんだ。


「くっくっ……。おっと。ふふふ……。心温まる歓声、どうもありがとう。さて、それでは本題に入ろうか」


 辺りからクスクスと笑い声が囁かれた。慣れっこなのか、シンゲンはとくに気にする素振りは見せない。むしろ機嫌がよろしいようで、堂々と瞑目している。何故か隣でエリアが顔を覆っていた。理由を聞いたところ、身体がムズ痒くなりそう、とのことだ。その感覚は、まだナディには理解できなかった。

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