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迫りくる魔の手

 ダンジョンで魔物を倒してコインを溜めつつ、常にくまっているクマの店員をはちみつパンで餌付け。そんな舞花のペットライフは順調に進んでいた。

 町では勇者探しに盛り上がったり、どっちが勇者でショーなどと、偽の勇者の振り分けに忙しくしている中、本物の勇者であるはずの舞花はいたって平和に日々を過ごしていた。

 この世界では勇者の誕生は珍しい事ではなく、魔王の被害もさして広くはない。そのため勇者の不在もそれほど問題視はされておらず、本格的な勇者捜索隊が組まれることもなかった。

 ダンジョンに舞花が潜り込んで数日が経つが、今のところ、ダンジョンはノータッチ。舞花が勇者祭りの被害を受けることもなければ、勇者祭りの存在を知ることすらない。

 しかし、探しても見つからない勇者に、すでにダンジョンに潜っているのではないかとの疑いもいずれは湧いてくるもの。舞花の平和が壊れる時が、すぐ目前まで迫っていた。

「こ、これは……!」

 舞花が彫った遺書もどきの横に、いつの間にか誰かが作ったのだろう木で組まれたお墓。

 ジョアンナの墓と、勝手に名前まで付けられている。

 間近に迫る、ニンゲンの恐怖に、舞花は慄いた。

「おのれ人間め!!」

 ひとり、魔王ごっこを演じてみるものの、気持ちはまったく落ち着かない。

 ダンジョンの捜索はゲームの基本であるため、隠し部屋のひとつひとつまで、すでにマッピング済ではある。

 だがダンジョンにやってくる冒険者だ。

 隠し部屋も見つけてしまうかもしれない。

 隠し部屋に隠れた場合、部屋を見つけられてしまっては逃げ場がないではないか。

「お、お、おちつこう!」

 偽の墓の周りをうろうろと歩き回りながら、舞花は考えた。

 ダンジョンで異世界人に出会ったら、果たしてなんと声を掛けるべきか。

 本日はお日柄もよくが基本か。いや、ダンジョンに太陽は出ない。そうなると、本日はお日柄も分からずと言うべきなのか。

「駄目だ。分からないっ」

 ガクリとその場に膝をつき、舞花は青ざめたまま座り込む。

 そう、はやり人間からは逃げ回るしかない。

 会話などもってのほかだ。

 元の世界では、少なくとも同じ世界で育ったもの同士、常識は一定だった。しかし、その常識にすら振り回されて来たのに、異世界においては、その当たり前であった常識すら通じない可能性もあるのだ。

 元の世界以上の一般感覚の違いを突きつけられて、まともに会話を続けられる自信など舞花にはない。

 相手が男の冒険者だったとして、プレイボーイ的常識で舞花に「可愛いね、一人?」と声を掛けてくるかもしれない。ツンデレ的常識なら「は? 気安く声かけてないでよ、変態」と返事をするべきだ。だが、ぶりっこ的常識なら「うん、ひとりで怖かった。てへ」と返事をするだろう。

 果たしてこの世界での常識はどちらに傾くのか。

 いや、むしろダンジョン的常識で、「私の姿を見たからには生かしてはおけん」と斬りかかるべきかもしれない。

 いずれにしろ、見つかってしまえば、それが舞花の最期だ。

 お昼に食べたポテトについていたケチャップで、お墓に「呪」の文字を書きながら、舞花は考えた。

 いかにして、ダンジョンの侵入者に見つからずに生き延びるか。

「待てよ。見つからずに……?」

 ふと、恐ろしい考えが舞花の脳裏をよぎった。

 見つからない一番の方法。それは透明になることだ。

 つまり……。

 舞花は震える手で剣を引き抜く。

 ダンジョンで生活する数日間で、簡単な魔法は使えるようになったが、残念なことに自爆魔法の類は分からないままだ。

 そして魔物にまったく苦戦しなくなった舞花が、自分で致死性の傷を負うための方法が、以前の常識と同じように考えていいのかもわからない。

 舞花はため息をつき、剣を鞘に戻した。

 そもそも、そこまで思い切れるくらいなら、ダンジョンの中でひとりイジイジしてたりはしない。

「くまったぁ……」

 最近のマイブームであるくまった語で呟きながら、舞花はひとまず買い出しに向かうことにした。

 隠れるにしろ、逃げるにしろ、食料の買いだめは必須だ。

 墓と道具屋とは比較的近い場所にある。

 ゆっくり静かに歩き、冒険者に会わないように気を付けながら進むと、道具屋ではくまが真剣な顔で槍を磨いていた。

 このくまが魔王だったら倒せる気がしない。主に兵糧的な問題で。などと考えながら、日持ちしそうな食料を買い込む。

「冒険者の魔の手がこんなところにまで……」

 道具屋は武器の類は売っていないが、買い取りは行っている。

 つまり、クマの磨いていた槍は、冒険者が売った物だと推測できるわけで。

 道具屋で買ったたこ焼きをパクつきながら、舞花は逃げ道の多い、道が入り組んでいる方へ進んだ。

 円を描くように広がる道なら、いざ追い詰められたとき、相手の背中を追う形で移動すれば見つからずにやり過ごせるかもしれない。そんなイメージから、円形の通路にあるくぼみを拠点に決めて座り込み、マップを頭の中で確かめる。

 今現在、舞花がいるのは地下5階だ。

 地下5階を拠点にしているのは道具屋が近いからと言うのが一番の理由だが、もうひとつの理由として地下6階の奥には、この先にボスがいますよ、と言わんばかりの大きく豪華な扉があったことがある。

 もしダンジョンのボスを倒した後、ダンジョンに魔物がいなくなったら、冒険者が踏み込みやすくなってしまう。

 そのことがボスに挑むことを躊躇わせていた。

 今のところ、舞花にはダンジョンのボスを倒すつもりはなく、地下6階にはマップ確認した日以降一度も潜ってはいない。

 買い込んだ食料は1週間は持ちそうだが、冒険者がその後も地下5階を根城にしようとしているようなら、舞花も穏便な手段ばかりを選んでもいられないだろう。

「そうなったら仕方ない……」

 舞花はどんよりとした目で唇を歪めた。

 できることなら、穏便に隠れてやり過ごしたい。

 だが、それができないときには……。

「くっ。最悪、折角の我が家を手放すことも致し方ない……っ」

 ダンジョンはここの他にもある。

 そして洞窟や深い森も含めれば、隠れ住むための場所はダンジョンだけとも限らないのだ。

 舞花は密かに決意を固め、冒険者が去るまで身を潜めつづけた。

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