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ダンジョンは平和

 ダンジョンとは本来は地下牢のことを指すが、ゲーム世界においては、地下迷宮を意味する。

 この世界のダンジョンはもちろん、地下迷宮のことである。

 魔王の出現と同時に現れる、4つのダンジョンをクリアすることで、魔王城への道が開かれると言われており、これまでの勇者たちはみな、ダンジョンをクリアし魔王を倒してきた。

 奇しくも、これまでの勇者と同様にダンジョンを目指した舞花だったが、これまでの勇者とは違い、舞花はダンジョン内でものすごくくつろいでいた。

「暗いと落ち着く。狭いところ落ち着く。もうこのままダンジョンで暮らそうかな」

 魔物からゲットしたコインを地面に積み重ね、枚数を数えながら呟く姿はまるで幽霊のよう。

 その姿を一般の冒険者が見たなら、人間だとは思わずに剣を構えたことだろう。

 ダンジョンに入る前の決意は、すでに影も形もない。

 狭い場所に閉じこもった舞花の思考は、外にいる時より、ずっと後ろ向きになっていた。

「勇者とかないよ。私が勇者なら、きっとスライムでも勇者になれるはずだし」

 町にいずれ行かなければいけないという決意を投げ捨てた舞花の差し当たっての問題は、食料をいかに入手するかである。

 頭の中に浮かぶ地図の中には、道具屋らしきものがピカピカと光っているが、問題は道具屋の店主が人間か否かということだ。

 人間だったとしても、いずれは買い出しに行かなければならないだろう。

 しかし人間か動物かによって、舞花の決意の重さが違う。

 じめじめとコインを数えながら悩んでいた舞花の頭に、ふと閃くものがあった。

「待てよ。ダンジョンに棲みついてるなんて、人間の姿をしていたって、人間と言えるのか。いや、言えまい!」

 ダンジョンに棲みつきたいと思っている自分のことは、完全に棚に置いての発言である。

「きっと道具屋の店主は、見た目が人間だとしても人間じゃないんだ。だから、きっと、たぶん恐くないはず」

 ダンジョンに潜り込んでから約10時間。

 きゅるきゅると鳴くお腹をさする舞花は、すでに切実に空腹状態だった。

「にんげんじゃなくて、じゃがいもだとおもえばいいんだ」

 品物を売っている人間のイメージだった道具屋は、空腹パワーですでに品物を売っているポテトフライのイメージに切り替わっていた。

 恐怖が多少薄らいだ舞花は、ふらふらと道具屋に向かって歩き出す。

「ポテトフライ、肉じゃが、じゃがバタ……」

 手がブルブルと震えていたが、かろうじて食欲が恐怖に勝っていた。

 真ん中ほど進んだ場所で座り込み、地面に愛する君へと、遺書めいた妄想を書きつづりつつも、あっという間に道具屋のいる場所に辿りついてしまう。

 わずかに広くなった通路の端に、移動販売用のカートの影が見えた。

 カートの大きさからするに、人に近い姿をした店員であることが推測できる。

 どくんどくんと音を立てる心臓を押さえ、道具屋の姿を見るべきか見ずに突進するべきかを10分程迷った後、舞花は結局目をつぶったまま、道具屋の元へと駆け寄った。

「じゃ、じゃがいもっ」

 舞花には自分が何を言っているのかも、すでに分からない。

 むしろ、ここがどこかなのか、自分が誰なのかすら、すぱっと頭からは消え去っていた。

「くまった?」

 ただ目の前に今、くまのきぐるみのような姿をした何かがいて、ぱちぱちと瞬きをしながら首を傾げて舞花を見ていることしか分からない。

 エプロンをつけた、くまの店員さん。

 どう見ても、ファンシーでキュートだった。

 舞花は無言で視線を落とし、並んでいる商品の中からてきぱきと必要なものを積み上げる。

 重苦しい緊張感の中にあったはずが、今となってはとても静かでさっぱりした気分だった。

「……これください」

 ちらりと目線を上げれば、くまがそろばんを弾いて計算していた。

 知能あるくま。計算もできるほどだから、人の見た目や中身を評価することもできるのだろう。

 平和そうな顔の下で舞花を値踏みして、友達いないなコイツとか思っていないとも限らない。

 代金を支払いながら、舞花はしばしの間葛藤した。

 これがクマではなくハトだったなら平和の象徴であることだし、そんな悪意に満ちた感想を浮かべることはないと考えていいかもしれないが、目の前にいるのは獰猛で肉食なクマだ。

 果たして、見た目のファンシーさを信頼していいものかどうか。

「くまっ、くまったー」

 どこかから取り出したビニール製のレジ袋に商品を詰め込むと、クマはきゅるんとした黒目を輝かせながらレジ袋を舞花に差し出してくる。

 やはり、クマはクマであり、クマ以外の何物でもない。

 ぬいぐるみめいた姿と動作に、舞花の警戒心も自然とそがれた。

「あ、ありがと……」

 レジ袋を受け取ると、舞花はおどおどと視線を彷徨わせ、うっすら顔を赤らめながらお礼を言うと同時に、ダッシュでその場を離れた。

 角を曲がってしばらくのところまで全速力で走ると、しゃがみこんで地面をガリガリと掘り始める。

 息を整えながら、愛したあなたへと、先程書いた遺書の女バージョンを、黙々とつづっていく。

 暗い洞窟の中をさまよって10日。あなたを見つけられないまま倒れる私を許してほしいと書いて、最後に土に指の跡をつける。

 完成品はやや呪いの文章じみていたが、人のほとんど通らない洞窟内。

 誰かが読む前に勝手に消えるだろうと、舞花はそれを消さないままレジ袋からハンバーガーを取り出してがぶりと食いついた。

 レジ袋の中には、ハンバーガーの他に、じゃがいも、にんじん、たまねぎ、レトルトカレーが入っている。

 商品を選ぶときには冷静な気でいたが、どうやらまともな判断力もなくなっていたらしい。

 調理の必要な野菜は遺書の前にお供えし、舞花はレトルトカレーの裏側の説明書を読んだ。元の世界と同じようなもので、電子レンジかお湯での温めが必要だと書かれている。

 電子レンジが異世界にあるのかは気になったが、文明の利器があったとしても、人里に近づけないのではいずれにしろ縁はない。

 結局、あれだけの決意をもって立ち向かった道具屋では、すぐに食べられるものは、ハンバーガーしか買えていなかった。

 だが次からは、店員がクマだと分かっているため、覚悟していけばもう少し冷静に買い物ができるはずだ。

「次はジャムパンを買おう」

 食事の危機を乗り越えれば、次に必要なのは睡眠だ。

 ダンジョン内には何か所か聖なる泉が存在し、その周りには邪悪な魔物が寄ってこれない状態になっている。

 捜索中に何度か休憩に使っていた上、マップにもセーブポイントっぽくマークされているので、満腹で眠くなりつつある頭でも、そこまでは辿りつけるだろう。

 寝食に困ることもなく、人間もいない。

 舞花はダンジョンほど住み心地のいい場所など、この世界に存在しないのではないかと思い始めていた。

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