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異世界でも人は脅威

 右のポケットにはギルド証、左の腰にはロングソード。

 無駄にはしゃぎまわった翌日に見舞われる特有の落ち込み感の中、舞花は泉の側で、体育座りの恰好で落ち込んでいた。

「異世界とか言ったって、結局外じゃん。ひとこわい……」

 ゲーム世界に飛ばされるという謎の展開に遭遇したのは昨日のことだ。

 なるほど私は二次元の生き物だったから二次元が大好きだったのかと、突飛すぎる発想で現状を納得し、よくある異世界トリップ小説そのままに行動すればいいだろうと、スライムっぽい魔物をブーツで蹴散らしながら、舞花はその足で町に向かった。

 ゲームで徹夜したテンションを引きずっていたからかもしれない。

 世界は私を中心に回っていると言わんばかりのノリで、不振がられるかもしれないなんてこれっぽっちも考えずに町に入ったのだ。

 だが、むしろその堂々とした態度が良かったのだろう。

 誰かに怪しいやつだと声を掛けられることもなく、書類は適当に宜しくとギルドの受付嬢に書かせて、ギルドへの所属を証明するカードを貰うことができた。

 いつもの舞花にしてみれば、ありえない行動力だった。

 ここが異世界の中で、さらにはゲームに近い世界観だったことが、舞花にとって幸いだった。

 モンスターを倒せば、光になって消え、さらにそこには町で使えるコインが残される。モンスターを倒せば、町で働かなくても優雅に暮らしていけるのだ。

 さらにゲームの開始直後同様、ギルド登録をして、一番安い剣を買えるくらいのコインがポケットの中の財布には入っていた。ついでにいえば、コインの代わりに元々入っていたはずの二千円が消えていたが。

 高笑いしながら、買ったばかりの剣で再びモンスターを薙ぎ払い、蹴り倒し、手に入ったコインで宿に一泊した。

 そこまでは良かったのだ。

 考えてみて欲しい。

 深夜のテンションが続くのは、いつまでなのか。

 朝になっても、徹夜をしていれば高いテンションは引っ張ることは可能だ。

 つまり、深夜のテンションが続くのは、眠りにつくまでである。

「もうあの町に行けないっ」

 宿代は前払いだ。

 おかげで、舞花にとっては都合のいいことに、犯罪者になることなく町から逃亡できた。

 朝食の支度に慌ただしい宿の人たちの目を盗むように、こっそりと静かに宿の入り口を通り抜け、全速力で表通りを走り抜けて町の外へ。

 今いるのは、町から一番近い、森の中である。

「だいたい、外に出なくても生きていけるし。ぜんぜんへい……き」

 バサバサッと木々の揺れる音にビクリと震えながら、舞花はキョロキョロと辺りを確認する。

 魔物ならいいが、人間ならすぐさま隠れなくてはいけない。

 舞花にとっては残念なことに、ここは家の中ではない。

 いつ何時、人が飛び出してくるか分からないのだ。

 落ち込んでいる場合ではないと気づいた舞花は、こんな場所にはいられないとばかりに、焦って立ち上がり泉から遠ざかった。

 そう、水場の近くなんて、人が寄ってくる場所ベスト5にランクインするほどの、イベントスポットだ。

 決してゆったりと落ち込んでいられる場所などではなかった。

 カチャリと、歩く足の動きに合わせて、剣を差したベルトから音が響く。

 舞花は剣の柄を手でグッと握り、真剣な顔で空を見つめた。

 今まで閉じこもっていた自室へ戻る手段などもう分からない。

 ここは異世界で、頼れるものは腰に差した一振りの剣だけ。

 異世界に来るまで、舞花は2年近く、家族以外と一切会話することなく、家の外に出ることもしていなかった。

 それなのに、昨日はギルドの受付嬢と、宿屋のおかみさん、さらには宿に泊まっていた冒険者とまで会話をしてしまっていた。

 2年間、ずっとやらなきゃいけないと思ってもできなかったことを、徹夜明けの勢いだけで成し遂げたのだ。

 覚悟を決め、舞花はふっとため息をついた。

「……そうだ。ダンジョンに行こう」

 幸いなことに、舞花にとって、この世界の魔物は脅威ではなかった。

 なにせ、宿屋のいた冒険者が油断してしばらく左手が使い物にならないと愚痴っていた原因であるスライムもどきを、ただのブーツで踏みつぶして倒せてしまうレベルだ。

 昨日一日での戦いで、戦うほどに強くなっていく感覚もあった。

 つまり、普通ならば命がけで挑むほどのダンジョンも、舞花にとっては、人の少ない居心地のいい我が家になりうるということ。

 元の世界からは勇者になるべく呼ばれたのだと思うほどに魔物がたやすく倒せてしまい、もしかしたら使命とかなんとかあったりするのかもしれない、と舞花自身少し考えなくもなかった。

 しかし、一日で十分すぎるほど人と交流してしまった舞花は、すでにお腹いっぱい、胸やけ寸前だった。

 勇者様とか呼ばれることを想像しただけで、足が震え汗が止まらなくなる。

 結果、舞花が導き出した答えは、とりあえずの結論の先延ばしだった。

「ダンジョンでレベル上げとか鉄板だし、まずは強くならないと!!」

 実際問題、勇者がレベル1からスタートしても許されるのはゲーム世界だけだ。現実には商人が勝てる程度の魔物相手に苦戦してる勇者なんて、あってはならないはずだ。

 ゲームみたいな世界ではあるものの、受付嬢も宿屋のおかみも普通の人間だった。人間が普通に人間である以上、一般的な考えは同じであろう。

 もし舞花が勇者なのだとしても、名乗り出る前にまず、強くなっていなくてはならない。

 そう。町は強くなってから戻ればいい。

 上手い言い訳が思いついたとばかりに目を輝かせ、舞花は意気揚々と、ダンジョンを目指して歩き出した。

 これも異世界特典なのか、ダンジョンに行きたいと思えば、そこまでのまでの地図が、ぼんやりと頭の中に浮かんで見える。

 あとは人の気配にさえ注意して進めば何の問題もない。

 何しろ、ダンジョンに入れば、森の中にはない、壁という大きな味方ができる。

 土と違い、石畳であれば足音がさぞかし響くことだろう。

 人と、いきなり出くわす危険も激減するわけだ。

「いける……。これならいける!!」

 恐怖から解放された舞花の手には、じんわりと熱が戻ってくる。

 レベルが上がるまでどれだけ掛かるか分からない。

 長い道のりになるだろうが、勇者として召喚されてしまったからには仕方ない。

 ダンジョンをクリアしたら、町に戻ろう。

 舞花はそう決心し、長い旅路への一歩を踏み出した。

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