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短編集 【三題話】

【三題話】車・サンシャイン・空手 『常夜の抱擁』

作者: 秋乃 透歌

 『車、サンシャイン、空手』

 この三つのキーワードからどんな物語ができるのか、ご自分で想像してから、本編をお楽しみください。


【予告】

 倒したはずの『車』破壊魔人が復活し、“ボーエキマサ2”となって街に現れた。このままでは、車がないと微妙に不便な地方都市は大混乱だ。

「車という車を破壊してやるぞ。ぐへへへ」

「ちょーっと待った!」

「何だと!?」

「とうっ! お前の好きにはさせないぞ! キューリョー戦隊『サンシャイン』! 参上!」

 説明しよう。

 キューリョー戦隊サンシャインとは、簡単に言うと三人の社員で構成されたヒーローユニットである。

 超能力で戦う、サンシャインレッド!

 『空手』の達人、サンシャインブラック!

 強くはないけど紅一点、サンシャインホワイト!

 統一感のない三人が、あなたの街の平和を守ります。


 『車、サンシャイン、空手』、お楽しみに。


(この予告は、実のところ本編を予告したことはありません)

(ちなみに、“キューリョー戦隊サンシャイン”は、番組放送期間中盤で実質“ヨンシャインイチニート”になります)

(ああ、しまった。こっちを本編にすればよかった)

 夜道を一人歩く。

 街灯もまばらで、暗い。

 最終電車もすっかり車庫に納まってしまうような時間だが、バイトだから仕方がない。

 そもそもバイトを始めたのは、大学に入って、何もやることがなかったからだ。もちろん、毎日の講義には出席する。ただし、ほとんど寝て過ごしている。基本的には、出席と提出課題さえクリアーすれば、時間が単位に化ける。

 これと言った趣味もなく、部活やサークルとも縁がなかった。そこで、高校の途中までやっていた空手を活かして、警備員のバイトをすることにした。

 世間一般的に、欲しい物も目的もなく長時間バイトをすることは不自然らしい。だから、「どうしてそんなにバイトをするのか」と言う類の質問を受けたとき、「自分の車が欲しい」と答えることにしている。車なら、そんなに簡単にたまる金額ではないし、いかにも大学生が欲しがる物のように思ったからだ。本当は、自分の車が欲しいなんて思ったことはない。それとは裏腹に、順調に金はたまって来ている。

 しかし、バイトをするのは時間つぶしに過ぎない。

 他にやりたいこともない。

 俺、なんでこんなところにいるんだろう。

 そう思うのとほぼ同時に、俺の足は、一人暮らしをしているオンボロアパートの前まで俺を運んできていた。

 コーポサンシャイン。

 きらびやかな名前を裏切るように、輝かしいものなんて何一つない。安さだけがとりえの、それでもユニットバスが各部屋に付いている、ギリギリのアパートである。

「あー、到着。今日も一日ご苦労さん」

 自分自身にそう声をかけながら、二階へのオンボロ階段を上ろうとした。

 まさにその瞬間だった。

 予感。

 気配。

 第六感。

 何が告げたのかわからないが、俺は背後を振り向いていた。

 そこには唐突に、音もなく、一人の女性が立っていた。いや、女性というには少し歳若い。中学生か高校生くらいの女の子だった。

 黒い髪が風に揺れている。端のほつれた黒い布を、マントのように肩にかけて、色の白い裸足でアスファルトに立っている。その格好だけでも非現実的な印象を受けるのに、俺は見てしまっていた。

 一瞬でも振り向くのが遅ければ、それには気付かなかったのかもしれない。

 でも、見てしまった。

 彼女は、空からふわりと降り立ったのだ。

「何なんだよ」

 問いかけと言うよりは、独白に近かった。

 しかし、その呟きを合図にしたように――彼女が動いた。

 反射的にそれをかわすことができたのは、長年やってきた空手の成果か、それともただ単に足がもつれて転んでしまった幸運か。

 鋭く伸びた爪。凶器として十分な鋭利さを持つそれで、彼女は一切の躊躇なく、俺へと斬りかかったのだ。

 しりもちをつく格好になりながら、俺は彼女を見上げた。

 右手を振りぬいた状態で、静かにこちらを見下ろしている。動いたせいであらわになった黒いマントの下には何も着ていなかった。闇に対比するような肌の白が、一層現実感を失わせている。

 後ずさろうと手に力を入れてようやく、右手が焼けるように痛いことに気がついた。

 持ち上げてみると、爪がかすったのか、手のひらから結構な量の血が出ていた。

「おい、マジかよ――」

 痛みに悪態をつこうと乾いた唇を動かしたが、それは途中で止まってしまう。

 少女が突然かがみこんで俺の手を掴み、俺の手のひらに口をつけて、血を飲み始めたからだ。

 驚きが大きすぎて、硬直してしまった。本当なら嫌悪感に声を上げたり、恐怖に手を振り払ったりすべきだったのかもしれないが。

 一瞬の驚きが過ぎ去ってしまうと、今度は不思議と冷静な頭で彼女を観察することができた。必死に俺の血をすするその姿は、おかしな話だが砂漠でオアシスを見つけた旅人のような必死さが感じられた。

「お前、何なんだよ。まさか、吸血鬼だなんて言うんじゃないだろうな?」

 俺がそう問うと、彼女は俺の手のひらから顔を上げて、こちらを睨むように見た。

「そうだ」

 俺の血で赤く染まった口で、応えた。

「――と言ったらどうする?」

 どうするんだろう。

 俺の混乱しきった頭は、その答えを出すよりも先に、意外と可愛い声をしているな、なんて馬鹿げた感想を思い浮かべていた。



   ◆ ◆ ◆



 永遠の孤独、と彼女は言った。

「不死の体、老いず、疲れず、ただ人の血さえ口にし続ければ、ただ温かな日の光さえ浴びなければ、永遠に続く静かで暗い、孤独だ」

 結局、俺を襲い、俺の血を飲んだ彼女を、俺は自分の部屋へと招き入れていた。

 本の中にあるような魅了の魔力が俺に働いた結果なのかもしれないし、単に俺が、単調な繰り返しの日常にあらわれた非日常を歓迎したのかもしれない。

 その結果、俺は帰宅を果たし、吸血鬼の客人は黒いマントのまま俺のベッドに腰掛けている。

「血を吸われた人間は、どうなるんだ?」

 俺はどかりと床に腰を下ろすと、一番の疑問を口にした。

「どうもなるものか。命が尽きるまで血を吸われれば、私と同じ吸血鬼になるが、私にはそのつもりはない」

「なぜ?」

 その問いに、彼女は沈黙を返した。

「自分と同じ境遇の者を作りたくない、とか?」

 彼女は黙ったままだ。

「さっき、永遠の孤独って言ったよな。もしも永遠を生きるのが、一人じゃなくて、二人だったら、寂しさも少しは紛れるんじゃないか?」

 その言葉に弾かれるように、彼女は顔を上げ、こちらをじっと見てきた。

「少しは、考えて物を言え」

 彼女の言葉はもっともだ。今の俺のセリフをそのまま受け取れば、俺が吸血鬼になることを望んでいるかのようだ。

 今の日常に満足はしていない。

 それでも、簡単に捨ててしまえるほど価値のないものでもない。

 例え――目の前の女の子が、どんなに寂しそうに見えたからと言って、その勢いだけで捨ててしまえるほど希薄なものではないはずだ。

「じゃあ、ここに住めばいい」

「何だと?」

 俺は、とっさに口をついた思い付きを、自分でも確かめるように考えながら、言葉を紡ぐ。

「永遠の孤独を紛らわせる事はできないかもしれないけど、俺が生きている後数十年は寂しくないかもしれないだろ?」

 そこで初めて。

 ふ、と吸血鬼の少女は笑った。

「頭が軽くて優しいだけの馬鹿かと思ったが、どうやらそれだけじゃないようだな。存外に――残酷だ」

 そして、その笑顔を――寒気を覚えるようなその笑みを貼り付けたまま、彼女はこちらにじりよって来た。

「人の生を捨てて、化け物の不死を選ぶか?」

 まるで恋人の頬をなでるように、彼女が俺に触れた。

 冷たい。

「私とともに、逝くか?」

 冷たい床の上で、冷たい四肢で、温もりや暖かさなど微塵もなく抱きしめられる。

 まるで、夜に抱かれているようだ。

 風もなく、月もなく、ただ冷たい空気だけをたたえる夜が、少女の姿をして俺を抱きしめているようだった。

「覚悟はあるか?」

 彼女が問うた。

 今の短調だが平穏な人生を捨ててしまう覚悟。

 そんなものが、あるはずがない。

 でも。

 覚悟もなく、決めてしまっても良いのではないか。

 少なくとも俺は、ここで夜に生きることを決められた女の子に抱きしめられていて、彼女がきっと――幾千夜の孤独に耐えかねている事を知ってしまった。

 彼女と日のあたらない未来を、選んでしまっても、良いのではないか。

 そう、なんとなく大学生になって、なんとなく日々を生きている俺が、こんなにも強く望んだ事があっただろうか。今までと全く違う人生を選ぶことと引き換えにしても、悩んでしまうほどの衝動があっただろうか。

 いや、ない。

 間違いなく、これは、俺の望みだ。

「いいよ。きみと、行くよ」

「愚か者め」

 耳元で声がした。

 そして、首筋に鋭い痛みが走った。

「つっ」

 噛まれた。

「ひはひは?」

 痛いか? と聞かれたことに思考が及んで、思わず笑ってしまった。

「多少痛い、けど、我慢できないほどじゃない」

 首筋に当てられた唇が、笑みの形に歪んだ気がした。

「ひはひほほろは、ふふにひほひほふへ、はまんへひはふなふほ」

「何言っているか分かんねーよ」

「ふふにははふ」

 すっ、と目の前が暗くなった気がした。

 吸われている。血を。

 突き立てられた犬歯は首筋の皮膚を破り、俺の脈動に合わせて流れ出る血液を、彼女が時折のどを鳴らして飲み込んでいる。

 自分の体温が下がるのを感じる。急速に――冷えて行く。そんなに激しい勢いで血が流れ出ているとは思えない。冷たいのは、彼女に抱かれているからか。

 ただ首筋だけが、熱い。

 彼女の犬歯の間で、舌がぬらりと動いている。

 血なんて、美味いのかな。

 俺も、血が欲しいとか思うように、感じるようになるのだろうか。

 寒い。

 俺の肩につかまって自分の体を支えていた彼女の両腕が、背中に回された。

 寒い。

 俺も、彼女の背中に腕を回す。抱きしめる。

 温もりなんてかけらもなかった。

 ただ、寒い。冷たい。

 意識が次第に薄れてゆく。

 このまま消えてしまうのだろうか。眠りにつく直前のような思考で、呆然とそう思った時。

「ん――」

 首筋の圧力が増した。勢い良く流れ出す血は終わってしまったのだろうか。彼女が、それでも血を求め、俺の命を求めて、さらに吸う。

「わわ、待て、これは痛いどころか――」

 閉じていた両目を開いたが、ほとんど闇しか見えなかった。

 暗闇。

 手足は先から感覚がなくなり、首筋だけが熱い。

 吸い付いている彼女の唇と、突き刺さっている歯と、うごめく舌。

 必死に彼女に抱きついた。

 背筋に震えが走る。

 それが、彼女が血を飲み下すのと、犬歯が深く突き刺さるのと、舌が血をなめとるのと同調していることを理解する。

 この感覚の正体を知る。

 これは、快感だ。

「やばいって」

 生命を搾り取られる感覚。

 絶対的な主従を決定付けられる感激。

 二度と離れることのない絆を刻み付けられる感動。

「っ――」

 彼女の嚥下に合わせて全て。

 解けてしまうと思った。

 彼女が咬むと生じる熱に。

 熔けてしまうと思った。

 夜と夜の化身の抱擁に。

 溶けてしまうと思った。

「っ――」

 どんな声を上げていいのか分からずに、ただ生じる快感の波に息を殺し続ける。

「っ――」

 永遠に続くかと思われたその至福の時間は、唐突に終わりを告げた。

 彼女が、唇を離した。

 全身から力が抜け、床に仰向けに倒れこんでしまった。

 何度も何度も死んで、生まれ変わったような感覚だった。目が少しずつ闇に慣れて、周りが見えるようになってきた。

 気だるい体を動かすのを諦めて、目だけで彼女を探す。

 音もなく立ち上がっていた彼女は、閉じられていたカーテンを開けた。

 仰向けに見上げる空には、細い月が白い光を放っていた。

「ようこそ、夜の世界へ」

 彼女が言った。

 ああ、そうか。

 人間としての自分は終わってしまったのか。

 これからは、たった二人。

 永遠に、彼女と二人。

「永遠に二人ってのは、そんなに悪くなさそうだ」

 それだけ呟くのがやっとだった。

 急速に意識が遠のき、全てが闇に飲まれる。

 暗くなる。

「――、――――。――――」

 彼女が何か言った。

 ごめん、よく聞こえない。もう一度――。



   ◆ ◆ ◆



 目を開いた瞬間、何が起こっているのか理解できなかった。

 次第に頭が回りだし、少しずつ考えが思考の形でまとまりはじめてようやく、俺は自分が置かれている状況を理解することができた。

 理解するしかなかった。

「まぶしい」

 開け放たれたカーテンから、日の光が差し込んでいた。

 窓を通してなお温もりを伝える朝日が、床に倒れた俺の全身を包み込んでいた。

「温かい」

 それは、昨夜切り捨てたはずの光と温かさだった。

 光り輝く日の光を受けて、俺の全身は末端から崩れてさらさらと灰になって――は、いなかった。

 いつもと同じだった。

 何も変ってなかった。

 現金なことに空腹を告げる俺の体は、血が飲みたいなんてかけらも思わなかった。

 あのバカ野郎。

 最後まで吸わなかったんじゃないか。

 俺を吸血鬼にするつもりなんて、なかったんじゃないか。

「永遠に、二人じゃ、なかったのかよ」

 かすれる声で呟く。

(存外に、残酷だ)

 彼女の言葉が蘇る。

 それはそうだろう。

 永遠に生きると約束した二人が、本当に永遠に二人でいられる保証などないのだ。もしも不慮の別れが二人を襲えば、それは何より残酷な別れとなる。

 永遠を生きる彼女が数十年を俺と過ごしたりしたら、その後の永遠の孤独をどう生きればいいと言うのか。

 まったく、想像もできていなかった。

 彼女は一人で行ってしまった。

 そして、彼女の最後の言葉が頭に浮かんだ。

(お前まで、私と同じ間違いをしなくても良い。私は一人には慣れている)

「ああそうかよ」

 永遠に二人。

 その幻想に、夢に、一瞬触れて失っただけなのにこれだけの喪失感なのだ。

 もう二度と、こんな思いはしたくなかった。

 でも。

 それでも。

 じゃあ、お前はどうなんだよ。

「決めた。車はやめて、今すぐバイクを買おう」

 それは、昨夜の決意など比較にならないほどの決意だった。覚悟だった。

「そして、もう一度彼女を探し出す」

 今度は俺が、彼女の目の前に現れる。

「永遠に二人を提案しておいて、俺から逃げ出すのだけはだめだ。今度こそ――」

 俺は部屋の中で立ち上がった。

 朝日を放つ太陽をにらみつける。

 直視しただけで、目に焼きつき、痛みさえ感じるほどの日の光。

 そいつに向けて、正拳突きを放つ。

 放った拳をぐいっとひねって、親指を下に向ける。

「俺は、夜を選ぶ」



 お楽しみいただけましたら幸いです。

 なお、お題の3つのキーワードは、友人達によるリクエストです。


 近いうちに、このような形でお会いできることを楽しみに。

 それでは、また。

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