契約を見直したんですが
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「じゃ、交渉を始めよか」
キツネ耳、キツネ尻尾のムー・フーお姉さんは、体を寄せて契約書をのぞき込んできた。
僕は慌てて身を離そうとしたが、御者台はせまく、移動できるスペースがなかった。
「逃げんでも、取って食ったりせえへんよ。こうせんと文字が読めへんのや」
「に、逃げてませんし」
僕はお姉さんのことをできるだけ意識しないように気を付けながら、見やすいように、契約書を持ち上げた。
「ご親切にどうも。じゃ、まず最初のところからやね」
『契約主(以下甲)は、契約者(以下乙)を人間界へ送り届けるまで、その衣食住を保証する』
「これについて、なんか聞いとくことはある?」
ここは、特に問題があるとは感じなかった。でも一応、確認してみる。
「衣食住を保証するってありますけど、その分のお金はお姉さんが出してくれるんですか?」
「せやな。これは必要経費ってことでしゃあないわ。後であのアホ兄ィから絞り取ったるから、坊っちゃんは気にせんでええわ」
「ありがとうございます。あと、こっちのご飯を食べたことないんですけど、僕が食べても大丈夫なんですか?」
「そこんとこは心配せんでもええよ。昔からたまにこっちへ迷い込んでくる人間は居るさかい、毒の物以外なら、食べても問題ないのは確実や」
僕以外にも、ここへ来ている人はいるらしい。
そういえば、人間界へ行けるゲートなる物があるのだから、もしかしたら魔界と人間界を行き来している人もいるのかもしれない。
例えばあのお兄さんのように。
「あと服やけど、そのままやと目立つから、後で着替えといてな。後ろの箱の中に全部用意しとるさかい。古着やけど、勘弁したってな」
確かに僕は、昨日(?)ここに送られてから、全力で走ったり藁の上で寝たりして、服がだいぶ汚くなってる。今の服も着替えたら、後で水洗いくらいした方がいいかもしれない。
「じゃあ、この衣食住の基準は、お姉さんと同じくらいってことでいいですか?」
僕の質問に、お姉さんは少し考えてからうなずいた。
「まあそれでええわ。なかなか大胆な要求してくるなあ」
これは褒められたということなんだろうか?とりあえず笑ってごまかしておいた。
「ほな次いこか」
『乙は、甲の言うことに全面的に従い、反論も反抗もしてはいけない』
「これ、絶対イヤです」
僕は当然、断言する。
自分の意見が言えないということは、相手に命を握られているということだ。僕は彼女のドレイになる気はない。
「せやけど、坊っちゃんはこっちの世界のこと、なんも知らんやろ?全部うちが決めたった方が楽とちゃいます?」
「でもそれじゃあ、僕はただの人形じゃないですか。たしかに僕はこの世界をよく知らないけども、全部他人まかせにするのはダメだと思うんです。イヤなこともあるだろうし、やりたいことも出てくるはずです。というか馬車が揺れてお尻が痛いです。クッションかなにかないですか?」
そう言うと、お姉さんは笑って僕の右肩を小突いた。
「んなもんあるわけないやん。ぜいたくいっちゃアカンよ。これでも揺れは甘いほうなんやで。これくらいで音をあげてたら舗装されてない外の道なんか走れんよ」
さらにバンバンと景気よく叩きながら、楽しそうに笑っている。
その微妙な痛さに顔をしかめながらも、僕は話をつづけた。
「クッションの事はアレですけど、そんな感じで、僕は絶対黙ってられません。お姉さんはいい人そうだから大丈夫かもしれないけど、それでも僕は、自分で考えて動きたいです。……あ、でも、忠告とかアドバイスとかは欲しいです。ホントに僕はなにも知らないし」
叩かれすぎて、ちょっと口がすべってしまった。
痛いのをやめてほしいという反抗心から、「自分で考えて動きたい」だなんて、大きなことを言ってしまった。
あわてて半笑いでとりつくろうと、お姉さんに背中を思い切り叩かれた。
「坊っちゃんも言うなあ、男やな。なら、そうしたらええやん。うちに聞いてくれれば、必要なことは教えたる。せやけど、分からないことはちゃんと分からない言わなアカンで。失敗したとしても、責任は当然ぼっちゃん持ちや。うちはそこまで尻持たへんからな」
背中が、すごく痛いです。御者台から落ちなかった自分をほめてあげたい。
自分の意見が言えるようになったものの、責任は自分持ちと言われて、正直ちょっとビビッてしまう。
本当に大丈夫だろうか。
いや、大丈夫だ。なにも変わらない。
ずっと、自分の責任は自分持ちだったんだ。だから僕はこんなところでこんな目にあっている。
なんだかんだあったけど、僕はまだ生きているじゃないか。
だから大丈夫。お姉さんもああ言ってくれてることだし、なんとかなるさ。……なるよね?
「どんどん行こか」
『甲は、乙の財産を管理するが、乙が自ら負った負債は、甲が支払う責任はないものとする』
「これは今言うた、坊っちゃん自身の責任いうヤツやね。自分で決断する言うなら、当然ここには文句あらへんよな」
「そこはいいです。でも、最初の部分が気になります。僕の財産を管理するって、どういうことですか?」
「そこ気い付いたか。簡単な話や。坊ちゃん、こっちの金の価値とかわからんやろ?せやから、うちが坊っちゃんの金を持っとくちゅうこっちゃ。坊ちゃんが欲しいの見つけたら、うちに言ってくれれば金を出したるわ」
それはもっともな言葉に聞こえる。
でも、本当にそれでいいのだろうか?
「たしかに、その方がいいのかもしれません。でも、僕が責任を負うなら、やっぱり自分でお金を持っていたいです」
「そうなん?」
「そうです」
「ならしゃあないな。そういうことにしといたろ。ほんで、これが坊っちゃんの全財産や」
そう言ってお姉さんは、小さな布袋を差し出した。
受け取って中を覗くと、赤茶けた硬貨が3枚だけ入っていた。
「これが、魔界のお金ですか?」
「せや。単位はB。数が大きくなるほど大きゅうなって、500Bが硬貨では最大や。そっからはお札になって、最大は10000や。つまりは基本、人間界と同じっちゅうこっちゃ」
「わかりやすくていいですね」
硬貨の表面を見てみると、トゲトゲしい模様に囲まれた『100』の数字が刻まれている。
つまり、僕の所持金は300Bってことか。
「やけど、違うところもあってな。価値は人間界の100分の1や」
「……え?それって、どういうことです?」
「つまり、坊っちゃんが持っとる300Bは、向こうでは3円の価値があるっちゅうこっちゃ」
「え?待って、待って下さい。そうすると、僕の500万円の借金は、5億Bってことです!?」
「まあつまりは、そういうことになるわな。せやけど、借金の方は大丈夫や。さっきも言ったけど、アホ兄ィはアコギな商売してんねん。そいでな、そんなアコギな奴等から弱い者守るためのルールちゅうもんを、魔界のお偉いさんがたが作ってくれてんねん」
「え?じゃあ」
「せや。坊っちゃんは人間界へ帰ってアホ兄ィを捕まえるだけでええ。そうすれば、契約解除の手続きができるさかいな。ゲートのあるメドー市まで、5周期ってところや。それまで、うちがしっかり面倒みたるからな」
周期という言葉が気になったが、とりあえず質問は後回し。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、お姉さんは「ええてええて」と手を振った。
「さて、残り二つやけど……」
『乙は、自身の財産の使用の権利を甲へ委ねるものとする。財産の使用については、甲の同意を得た時のみ、これを行うことができる』
「こっちは、今話した通り、坊っちゃんが自分で金を管理するんやな?」
「はい、やります」
「ほんなら、最後」
『甲は、以上の項目を満たした時に、報酬として乙の財産を全て所持できることとする』
「うちの報酬の話しやな。まあ、身内の恥が原因やから、しゃあないっちゃあしゃあないんやけど……。それでも報酬があるとないとじゃ、やる気が大違いなんよ」
お姉さんは、とてもいい笑顔で、左手の親指と人差し指で輪っかを作る。
解かりやすいといえばわかりやすいのか。
「僕ももちろん報酬を払いたいとは思うんですけど、僕の全財産っていうのは、さすがにいいとは言えません。家にあるゲームとかマンガとかは………………仕方ないですけど、欲しいと言うなら………………」
「んなもんいらん。うちが欲しいのは金や。なにも、家にある分まで取ろうとは言っとりません。こっちで坊っちゃんが稼いだ分を、そっくりうちに残してくれればいいんや」
「え?こっちで稼いだ分だけ?でも、僕は今300Bしか持ってないけど」
「人が二人いれば、一人よりも大きなことができるもんなんや。そこらへんも、お姉さんに任しとき」
「そ、そうなんですか?」
「せやせや。ちゃんと稼いでくれれば、悪いようにはせんて。ほなら、こないなとこで契約完了やな」
たぶん、大丈夫だと思う。
お姉さんは別な紙に新しく契約文を書き直し、僕はそれが正しいかを確認した。そして、さらにもう一度読み直してからサインをする。
本体をお姉さんが、写しを僕がもらって、そんな風にして契約書の修正は、無事(?)に終了した。