目覚めたら、見知らぬ天井だったんですが
いつもチェックしてくれてる人がいるようで、感謝感激です。
なんとか平日中に書けました。
これからもどうぞよろしくお願いします。
1/12 最後の方のセリフを修正しました。
「……」
「……」
「……」
「……」
なんだろう。誰かが何か喋ってる。よく聞こえない。
何人かいるみたいだけれど、会話してるわけではないような?
気だるい気だるい浮遊感。
目覚めはいつもよりもゆっくりやってきた。
気が付いたら、そこは薄暗い小屋の中だった。
年代を感じさせる木造建築であり、木と草と土、それと動物とそのフンの臭いであふれている。
横に細長い小屋、それを貫く中央通路。その天井からカンテラがまばらに下げられていて、小屋の中が闇に包まれるのを辛うじて阻止している。
左右に目をやれば、木枠で大雑把に区切られた空間がいくつも並んでいて、ひとつの枠に一匹ずつ、大きめの動物が寝ているようだった。
かくいう僕も、そのうちの一つに寝かされていた。
上半身を起こすと、背中側がチクチクする。
ベッド代わりにしていたものは、藁を積み上げただけのものだった。
つまりはここは、馬小屋ってことだろうか。
そして、なんでこんな所にいるんだろうか?
その疑問は、さっきまで見ていた夢と、夢だと思っていた現実とを思い出すことで解決する。
僕は、騙されて借金をしてしまい、その返済のためにここへ落とされたんだ。
そして、落とされた先で、犬人間の追いはぎに遭い、必死に逃げて、一つ目の門番に助けられた。
それから……それから、僕はどうなったんだろう。
そこから今目覚めるまでの記憶がない。誰かに助けられたのだろうか?それとも攫われて晩ごはんにされる順番待ち?
とりあえず体中を軽く叩いてみるが、特に痛いところはない。
ポケットの中身を探ると、財布とハンカチは出てきた。カリカリ梅は、そういえば犬人間に食わせてしまったのだった。あと何かあったような気が。
たしか、丸くて光る物体が……。
形を思い浮かべると、それがコロンと手のひらから転がり出てきた。
そう、これ。たしか【虚空のオーブ】とか言ったっけ。
「って、これ今どこから出てきたの!?」
それこそ、なにもないところ、『虚空』から出て来たような……。
……。つまりはそういう意味なのだろうか。
虚空のオーブを目の前に持ってくる。
本当になんなのだろうか、この不思議物体は。
じっと睨みつけていても、なにかわかるわけでもない。虚空のオーブは、白く淡い光を湛えているだけだ。
なにもわからないので諦めよう。
とりあえず仕舞おうと、上着のポケットへ持ち上げたところで、手の中からそれがストンと落ちた。
なんで!?しっかり持ってたはずなのに!
薄暗い馬小屋の中を見回すが、虚空のオーブはどこにも見当たらない。光ってもいない。
「なんでいなくなるの。出てこいよ」
思わずボヤくと、それに応えるように、手の中にストンと落ちてきた。
……だからお前、どこから出てきた。
よくよく目をこらして見てみると、虚空のオーブの光の中に何かが見えた。
ごく普通の茶封筒が、白い空間にポツリと置かれている。
右手を伸ばすと、虚空のオーブがあるはずのそこへ、ごく自然に手が入っていった。
茶封筒をつかんで取り出す。
胡坐を組んで藁の上にすわり、足の上にオーブを置く。それを明かり代わりにして、茶封筒の封を切った。
中には一枚の紙きれが。
なんかイヤな予感がする。
とりあえずタイトルを読んでみた。
『取扱い説明書』
「やっぱりか!」
契約書じゃないだけマシだったが、それでもなんか、いろいろ台無し感がある。
とても悔しいが、説明があるだけマシなのか。
裏面も確認し、他にも透かし彫りとかがないことを確認してから文面を読み始めた。
『これは、創世の女神から旅立つ勇者へ送られる、由緒ある魔法具です。勇者以外の方が拾われた場合は、お近くの創世の女神神殿へお届けください』
「……」
『当魔法具は、勇者以外の方は使用できません。諦めてください。あら?でもそうしたらここを書く意味あるのかしら?まあいいか。勇者様なら問題ありません、どんどん使ってください』
色々と問題あると思うけれど、先を読み進める。
『当魔法具は、以下の3つの機能を持っています。1.固有空間への接続。2.意思疎通の双方向化。3.魔術適正の診断(それと魔術導入訓練機能)』
かっこ内は、4つになりそうだったから無理やり付け足したのだろうか。手書き後付け満載だなあ。
しかし、これでわかったことがある。
この虚空のオーブは、持っているだけで固有空間とやらに物を置けるようになるんだろう。
それは虚空のオーブ自体も置けて、だから何もない所から出たり消えたりしたんだろう。
なにこれ、すごい便利。
そう思ったとき、顔のすぐ横でフゴフゴと音がした。
すぐさま振り向くと、目の前に、馬の鼻づらがあった。
たぶん、オーブの光が珍しかったのだろう。
ビックリしたが、正体がわかればどうということはない。ホッとするが、いちおう、ちょっとだけ離れておく。
そういえば、僕は馬を生で見るのは初めてだ。
普通に修学旅行に行けていたならば、普通に見ることができたかもしれないだろう。こんな薄暗い馬小屋の中で、鼻先をくっつけあうなど、普通じゃありえないことだ。
でもまあ、普通じゃないっていうのも楽しいよね。
そんな無理やりなプラス思考をするが、その考えは、こちらの枠の中、光の届く範囲にその馬の顔が入ったことで、もろくも崩れ去った。
馬の額に、口があった。
小さく開いた、歯のない切れ目からは、空気がひゅうひゅうともれ、意味のない呟きを紡ぎだしている。
「シシシ、シシシシンン」
思わず固まってしまった僕を見て、額に口のある馬が、歯をむき出しにして笑った。
その迫力に、思わず僕はあとずさる。後ずさりすぎて、後ろの木枠にうっかり頭をぶつけてしまった。
鈍い音が響き、目の中に火花が散る。後頭部を押さえて思わず反り返ってしまった。
そこで、もう一匹の馬と目がばっちり合う。
僕が行動を起こす前に、その馬がベロンと顔をなめてきた。
「~~~~~~~!」
僕は倒れるように、枠の中央へ身を投げ出す。
落ち着け、大丈夫。わからないけど、たぶん大丈夫だ。だから落ち着こう。
ここなら、両側から届かないよね?前の馬を見上げ、後ろの馬を見上げる。
すると、後ろの、僕の顔をなめた馬が、笑って言った。
「ウマイ」
「ウマイ」
後ろの馬の言葉を、前の馬が繰り返す。前の馬の返答に、後ろの馬が大きくうなずく。そして、その両方が僕を見て、大きな歯をむき出しにする。
「「ウマイ」」
うまくない、全然うまくないよ。
マズイ、まずいよ。
もう、嫌だ。
「く、食われたくないーーー!」
僕は叫び声を上げながら起き上がると、薄明りの灯る出口へと全速力で駆け出した。
たぶん、生まれて今まで最高の速度なんじゃないかと思えるくらいの走りで、出口に迫った。
後頭部の痛みなんかもう感じない。とにかくここから逃げなくちゃ、それしか僕に道はない。
そう思って走り、出口の戸を思いっきり開けて走り出る。
勢いよく飛び出したせいで、出口のすぐ外側に立っていた誰かの背中に、思いっきり衝突してしまった。
「きゃっ!」
「うわっ!」
ぶつかった反動でたたらを踏む。
僕が当たってしまった相手も、ふらついたもののコケるようなことはなかった。
「ご、ごめんなさい!」
あわてて謝ると、僕が当たった相手が、不機嫌そうな顔で振り返る。
「やっと起きた思うたら、命の恩人に体当たりするなんてなあ。元気なのはええけど、乱暴なのは感心しまへんなあ」
変な関西弁を話したのは、ダボダボの服を着た、キツネのような耳と尻尾のはえた、茶髪で色黒のお姉さんだった。