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地獄の前くらいはゆっくりしたいんですが

全部のクラスが全員集まったようで、バスの出発時刻までは自由行動になった。


あたしこと、クラス委員長の山崎アカネは、小学校からの親友のエリイとミチコと一緒に、いろいろ見て回ることにした。

ふたりと一緒にいるのは楽しいけれど、今は先ほどのことのせいで、楽しめる気分ではなかった。


「まったく、信じられない!アイツ、一人で寝てたこと全然反省してないんだから!」


あたしがせっかく注意してあげたのに、中島セイジはまったく気にしていないようだった。それがなんだか、すごくムカついていたのだ。


「まあまあ。アカネもさ、ちょっと言い過ぎだと思ったから、あそこでやめてあげたんでしょ?」

「そうそう、アカネっちは中島には優しいもんねー」


親友の、エリイとミチコが笑って言う。


「ちょっ!ふたりとも、なに言ってんのよ!」


あたしは怒っているのに、ふたりともなぜか楽しそうだ。


「でもさ、中島君が寝てた方がよかったって、私もそう思うよ」

「そうそう。アイツは乗り物に弱すぎだからさ、アイツのお世話する人がかわいそうだよ。次のバス移動も、寝かせておいた方が絶対にいいって」


なんでこのふたりまでアイツの味方をするのよ。なんか、とってもムカつくわ。

それに、あたしはもうアイツに、次のバス移動は起きているように言ってしまったんだもの。それを自分からくつがえすわけにはいかないわ。

でも大丈夫、クラスのみんなに余計な迷惑をかけない方法は、もう考えてあるんだから。


「いいわよ。アイツがバス酔いで潰れたら、あたしが世話をするわ。そうすれば、他のひとには迷惑にならないでしょ?」


これは、自分でも名案だと思う。誰かひとりがアイツについててやらなくちゃいけないんなら、それは当然、言いだしっぺでありクラス委員長のあたしがやるべきだろうから。

この言葉に、エリイもミチコも感心したようだ。おおー、とそろって声を上げている。


「アカネ、考えたわね!」

「きゃーアカネっちってば大胆!さすがだねぇ、やるねぇ」


あれ?ふたりとも反応おかしくない?


「ちょっとちょっと、なに言ってるのよ。どうしてそういう言葉が出てくるのよ?」

「アカネ、頑張ってね。私はアカネのこと応援してるから」

「うんうん。男は献身的に尽くしてくれる女に弱いもんねぇ。仲良くなれるチャンスを無駄にすんなよ」


「だから、なんでそうなるのよ!」


そこからはふたりで盛り上がってしまい、あたしがなにを言っても冷やかされるばかりだった。もう、そんなんじゃないって言ってるのに!


あたしはなんとか話題を変えようと、辺りを見回す。

ここはお土産屋さんがたくさん集まっている処で、見慣れないお菓子や民芸品がズラリと並んでいた。

その中で、特に変わったお店を見つけた。露天商のように、床に布を敷いて、その上に見たことのない変な商品を並べているお店だった。


「ほらアレ面白そうよ。エリイ、ミチコ、行ってみましょう」


ふたりをちょっと強引に引っ張って、そのお店の前まで行く。

店主は、ダブダブの布の服を着て、頭にも布を巻き付けた変な格好をした若いお兄さんだった。私たちを見ると、にっこり微笑んで、手を広げた。


「いらっしゃい、かわいいお嬢ちゃんたち。【ハン・フーの店】へようこそやで。面白いものたくさん揃えとるさかい、全部見といてや。お嬢ちゃんたちかわええから、サービスしといたるで」


怪しいエセ関西弁だった。布の隙間からのぞく顔も、どことなく怪しく見える。しかし、エリイもミチコも特に気にしてないようで、お店の商品を面白そうに手にとってながめ始めた。


「変なお人形に、こちらは変わった形のブローチですね」

「これ、食べ物なのかな?こっちはなんか魚っぽいけど」


「おお、お嬢ちゃん達はお目が高いね。それはダゴ族の名産品だよ。どれもうるさい人にあげたげれば、何日もしないうちに大人しくなってくれるよ」


「……それ、危ないものなんじゃないのかしら」


あたしの疑問に、お兄さんは首をふる。


「いやいやいや、んなわけないがな。人形もアクセサリも、百パーセント天然ものだし、食べ物も添加物いっさいなし。そんじょそこらじゃ見かけへんくらいエコロジーなんやで」


お兄さんは嘘などついてないと力説するが、そんな商品がどうやってうるさい人を静かにできるのだろうか。しかも全部効果が同じとか、胡散くさすぎるわよ。


「いやー、もちろん効果はそれぞれ別やで。せやけど、結果的に大人しくなるいうんは同じや。だいじょぶだいじょぶ。心配あらへんて」


やっぱり、心配になってきた。床に座って商売するなんて、許可を取ってやってることじゃないように思える。この人は本当は危ない人なんじゃないのかしら。


「あのー」

「ねえお兄さん。ちょっと聞きたいんだけどさ」


あたしの言葉は、ミチコの声に遮られた。


「恋に使えるアイテムって、あったりする?」

「ちょっと!ミチコなに言ってるの」


ミチコの言葉に、お兄さんはにやりと笑った。


「あるであるで、もちろんあるで。男の視線を釘付けにするイヤリングに、相手を一生離さない指輪。あと……これはちょっとお高いけど、いわゆる【惚れ薬】ちゅうもんもありまっせ」


お兄さんが取り出した怪しい小瓶に、ミチコとエリイが目を輝かせる。


「うわぁ。それ本物ですか?」

「ホンモノ本物。これを食べ物に一滴たらして、それをターゲットに食べさせるんや。すると相手は、もうメロメロ。これでハネムーン一直線や」


エリイとミチコはふたりしてキャーキャー言っているが、私はどうも怪しく見えてならない。


「ふたりとも、そんなの買ってどうするのよ。だいたい私たちはまだ中学生よ。その、……結婚なんてまだ早いじゃない」


「アカネちゃん、なに言ってるの。そういう事じゃないでしょ?」

「そうそう。それにこれは私たちじゃなくて、アカネちゃんのためでもあるのよ」


「あたし!?あたしがなんでそこで出てくるのよ」


「えー、言っていいの?」

「アカネちゃんも正直になりなよ。うりうりぃ」


ふたりが両脇から突っついてくる。それをなんとか押さえつけて、お兄さんの方を見る。


「あの、すぐに寝ちゃう人を寝かせないようにするアイテムとかありますか?」


「え?もちろんあるで。この【メリーのベル】を鳴らせば、5メートル以内の居眠りしとる人を起こすことができるで。深く眠っとる人もたまに起こしてまうから、その辺気いつけて使ってや」


お兄さんはそう言って、小さな銀色のベルを差し出してきた。


「値段はどのくらいですか?」


「お嬢ちゃんかわいいからな。そうやな、通常800万円のところ、400万円までまけといたるわ」


「ええ!?400万円なんて大金、あたし持ってませんよ」


驚いて返そうとするあたしの背中を、ミチコがつんつん突いてくる。


「違うって、ジョークだよそれ。はい、400万円」


ミチコはそう言って、あたしの脇の下から手を出して、百円玉4枚をお兄さんに手渡した。


「まいど!400万円ちょうど頂きました。おおきに」


お兄さんはニコニコ顔で、それをしまった。


「じゃあ私たちはこの辺で失礼しますわ。お兄さんまた今度ね」

「じゃーねー、またゆっくりお話ししよーねー。ほら、アカネも行くよ」


エリイがそう言ってお辞儀をし、あたしはミチコに押されながらそこから立ち去った。

振り返ると、こちらに向かって手を振るお兄さんの向こうに、一人であるいている中島の姿を見つけた。

でも、他に面白そうなものを見つけたエリイに引っ張られて、すぐに別のお店へ行くことになってしまった。


あたしは手の中にある銀色のベルを見つめる。


べつに、あいつのために買ったわけじゃないんだからね。

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