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気がついたら見知らぬ場所にいたんですが

僕は、薄暗い道を歩いていた。

湿った空気が肌にまとわりついて、とても気持ちが悪い。


なんで僕はこんなところにいるんだろう。確か僕は、あの吐き気をもよおす、悪夢のような乗り物に乗っていたはずなのに。


そうか、これは夢だ、夢なんだ。僕はまだあの気持ちの悪い乗り物に乗っていて、悪夢のような時間から逃げるために、夢の世界へ逃避しているのに違いない。


ならば、このまま夢から覚めない方がいい。あの地獄の苦しみを味わうくらいなら、ここの方がまだマシだ。

そう思うと、とても気が楽になった。ホッとすると、周りをよく見る余裕が出てくる。


道は固い石が敷き詰められていて、多少凸凹(でこぼこ)しているものの、歩くのには問題ない。


上を見れば、遠くでマグマが集まったような球体が、陰気に光っている。あれが太陽の代わりなんだろう。時間とともに、明るく暑くなっている気がする。


道の両側は荒野のようで、僕の胸くらいある陰気な草が茂っていて、遠くまでは見通せない。その陰気な草原には、まばらに、不気味に曲がりくねった木が生えている。

なんて不気味なところなんだろう。悪夢のような乗り物から逃げるために悪夢を見るなんて、あんまり意味はないんじゃないだろうか。


そう思いながらも歩いていると、後ろで、ガサガサと草をかき分ける音がした。

振り向くと、陰気な草の上に、不機嫌そうな犬が顔を出している。血色のわるいブルテリアのような、肉のたるんだ顔。それが僕を見ると、さらに不機嫌になったように、顔をしかめた。


こんな世界だもの、犬もいやだろうなあ。でも、あの犬、ちょっと大きくないだろうか?

僕と同じか少しくらい低いところに頭があるんだから、犬にしては足がものすごい長いよね。

立ち止まって様子をみると、不機嫌そうな犬は、さらに草をかき分けて道へと出てきた。

その犬を見て、僕は自分の正気を疑った。


それは、犬じゃなかった。犬だけど、犬じゃなかった。


顔は犬なんだけど、首から下が人間のようになっている。人間のような体格なんだけど、犬のように毛むくじゃらだ。

しかも、草で編まれた下着をつけて、革でできた胸当てをしている。そして右手には木の棍棒、左手には木の盾。さらに下を見れば、足には布を巻いている。

その犬人間は僕の方を睨みながら、くちゃくちゃと口を動かした。


「ったく、ついてねぇなあ。半周期(はんしゅうき)待ち続けてやっと一人のを見つけたと思ったら、ただのガキじゃねぇか。手ぶらで帰るわけにはいかねぇからよ、まあ夕飯の足しにしかならないだろうなぁ」


犬人間は前足……いや、毛で覆われているが人間のような手で、耳の後ろをぼりぼりと掻いた。


「じゃあガキんちょ。大人しくしてれば楽に殺してやるよ。逃げたらその分苦しくなるように殺してやる。だからそこでじっとしてろ」


そう言いながら近づこうとする犬人間を見て、僕は口を開けた。


「い、い……」


「嫌だとでも言うつもりか?だが、俺が待ち伏せている時に一人で通ったお前が……」


「犬がしゃべったああああぁぁぁぁーーー!」


僕の叫びに犬人間は一瞬固まり、内容を理解したのか、その口の片端が持ち上がる。


「俺は、犬じゃねぇ!」


犬が怒った!怖い!

僕は犬人間に背を向けると、一目散に走り出した。


「あ!待て!逃げるな!」


犬人間が叫んで追いかけてくる。

犬って人間よりものすごく足が速いってことを思い出して、ゾッとする。


首だけ振り返るとそこには……棍棒と盾を振り回しながら、二足で走ってくる犬人間の姿があった。なにあれ面白い。

犬は四本足だから走るのが早いのであって、二本足でしかもあんな荷物をもっているんだから、当然遅くなるだろう。待て待てと騒ぎながら、犬の顔をした人間が走ってくる様子は、とてもシュールで笑えてしまう。


思わずクスッと笑ってしまうと、それが聞こえたのか、犬人間が本気の顔になった。


「笑ったなクソガキ!コボルトの脚力なめんなコラァ!」


犬人間(コボルト)は、盾と棍棒を投げ捨てるとスプリント選手さながらのフォームで走ってきた。あっという間に差が縮まる。


このままではつかまってしまう!何かないか、ポケットの中を慌てて探ると、小さな袋があるのがわかった。大切なものだが、ここで捕まるよりかマシだ。取り出して袋を破き、中身をコボルトへ投げつける。


「これあげるから、見逃して!」


「ふざけん……んが!?」


どなったコボルトの口に、それはスポンと入っていった。コボルトはそれを数回噛んで、急に口をすぼめた。


「これは……すっぱーーーい!」


身もだえたせいで、コボルトのスピードがかなり落ちた。その隙に僕は一気に走る。


あれは、僕の秘密兵器、カリカリ梅だ。本当は悪夢のような乗り物対策として持っていたものだったが、こんなところで役にたつとは思わなかった。


「てめぇ!なんてものを食わせやがる!」


コボルトは早くも、酸っぱいモードから復帰したようだ。

どこまで走れば逃げ切れるんだろう。僕はもう限界だ。このままあのコボルトの夕食にされてしまうんだろうか?そんなのは嫌だ。夢であっても食べられたくはない!


またあの悪夢のような乗り物と戦うことになってもいい、誰か、僕を起こしてくれ、助けてくれ!


必死に祈りながら、がむしゃらに走っていると、道の先に何かが見えた。

それは、まるで霧が晴れたかのように現れた。とても高い、大きな石の城壁。視界の端から端までいっぱいに、見上げるくらい高い石の壁がそびえ立っている。


道の先には大きな門があって、その両脇には門番だろう、鎧兜をつけた背の高い男が二人、立っていた。


「た、助けて!コボルトに追われてるんだ!」


僕の声が届いたのか、向かって右の門番が左の門番にうなずき、一人でこちらに向かってきた。


「くぅそぉがぁきぃ!まぁちぃやぁがぁれぇー!」


後ろからはコボルトが猛追を仕掛けてきている。このままでは、門番のところへ行くまでに、捕まってしまうだろう。

もうポケットにカリカリ梅はない。


門番は走りながら片手に槍を構えるが、いくら長い槍でも、ここまでは届かない。


「つぅかぁまぁえぇたぁ!」


コボルトの手が、僕の襟首へと伸ばされる。ちくしょう、こんなところで僕は死ぬのか。

好きな子の名前を入れてあるゲームのデータを消せてないのが、最後の心残りだ。

僕は覚悟を決めて目を閉じた。その頭の上を、何かが重い音を立てて通り過ぎた。


「ごぼぉ」


後ろで、コボルトのうめきが聞こえた。恐る恐る振り返るとそこには、仰向けに倒れたコボルトと、その頭に突き立った一本の槍があった。


息を切らせながら、僕はやっと立ち止まった。


コボルトは、ぴくぴく動いていたが、起き上がる気配はない。

たぶん、もう二度と、立ち上がったりしないだろう。

濃厚な血の臭いが漂ってきて、ものすごく気分が悪くなった。


「大丈夫か?間に合ったみたいだな」


重く、力強い声に振り向くと、鎧兜の門番が近づいてくるところだった。


助かった。お礼をしようとするが、ホッとしたせいか足から力が抜けてしまった。

息も絶え絶えで、呼吸が苦しい。あんな全力ダッシュをしたのは、生まれて初めてだ。


門番さんが目の前にたどり着き、かがみ込んでくる。それでもたくましい彼の顔を見るためには、僕は首をかなり上へ向けなければならなかった。身長は2メートル以上あるんじゃないだろうか。

とりあえずお礼を言おうと口を開きかけて、息が止まった。


こちらを心配そうに見てくる門番さんの顔には、目玉が一つしかなかった。


また魔物だ、もう逃げられない。

残念、僕の冒険はここで終わってしまった。


気が遠くなっていくのを感じたが、別にもうどうでもいい。死ぬならせめて、安らかに死にたい。


そうして僕は、自分の意識を手放した。

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