火の国へ 1章
男は目覚めるとベッドから降り、テーブルの上の自家製のラム酒を口にする。
「嫌な予感がするな…」
小屋から出て沢水で顔を洗う。
ゴツゴツと隆起した不快な手の感触…
「ふん、今更ながら… くだらねぇ…」
男の名前は青包、子供の時に親から熱湯を顔に掛けられ、瀕死でさまよっている所を世捨て人のように人里離れた小屋に住む老人に助けられ、以来ずっとここに住む。
青包という名前は見つけた時に青い布切れに包まれていたから老人がつけた名前だった。
老人の死後も青包は自らのおぞましい顔ゆえに人里には近寄らず生活をしていた。
遠くで聞き慣れない物音が聞こえる。
気配を殺しながら林の中を疾駆して行く青包。
馬車?追われている?
荷台の付いた商人の馬車だった。
後ろからは馬に乗る盗賊らしき人影が3人…
青包「まずいな」
そう呟き馬車の方へと走り出す。
盗賊は荷台を引っ張っている馬に目掛け弓矢を射る。
2頭の馬の左側の馬が倒れて横転する馬車…
そこに青包がたどり着いた。
青包の顔を見て「ひぃ、お許しください」と、商人はガクガク震え出す。
背中の大剣を手に盗賊達の方を向いて構える青包。
最初の盗賊が手にした斧で青包に襲いかかってきた。
斧を避けて盗賊の胴に大剣を一閃、盗賊は馬から落ち動かない。
残る2人の盗賊が左右から同時に襲いかかる。
「この化け物死ねやぁー!」「よくもやりやがったな!」
左手の盗賊へ大剣を一閃、受ける剣ごと肩口から胴まで切り落とす。
すぐさま最後の盗賊が背後から斧を振りかざすが、青包は振り向きざま中段から上段へと振り抜き盗賊の両腕を切り落とす。
苦悶に喘ぐ盗賊の心臓に大剣を突き刺すと商人の方を向き「なぜこのような人の寄り付かない場所を商人が通る?襲われてあたり前だろう?」と尋ねる。
まだ目の焦点も合っていないような状態の商人は「お許しください、お許しください」ばかりなので業を煮やした青包は荷台の中を覗く。
「お待ちください」悲痛な声で訴えかける商人を無視して中をよく見てみると通常は数人の護衛は付けるであろう絹や金塊などの宝の山…
更に奥を見ると縛られた少女…
「お前も盗賊の輩か…」と商人を睨み付ける青包。
先程まで震えていた商人は手にしていた短剣で青包を突き刺そうと突進してくるが呆気なく青包に袈裟斬りに両断される。
青包は荷台の中に入り少女を縛っている縄をほどく。
「大丈夫か?」と青包。
少女「はい、ありがとうございます」
「お前はどこからさらわれてきた?」青包を見て怖がらない少女をいぶかしげに眺めながら話をする青包。
「はい、父は肥後という国の商人ですが、臨安のお客様のご注文の品を運んでいる最中に盗賊達に襲われてしまい…」
涙を流しながら答える少女。
「名はなんと言う?」
「美鈴と申します。」
「美鈴か… お前、目が見えていないな?」
「小さい頃から見えていません」
なるほど… オレを見ても怖がらない訳だな…
「これからどうする? お前を安全な場所へ連れて行かねばなるまい」
「………」
言葉が詰まる美鈴…
父がどうなったのか盲目の美鈴には分からない…
無事なのだろうか?
「父が… 父が無事なのか確かめたいです」
そうで有ろう。
異国の地で親から離れてさぞ混乱しているはず…
「ではまず、父親を探しに行くか」
「ありがとうございます」にわかに希望が胸に灯り少し明るい表情を見せる美鈴。
青包は美鈴の表情を確認してから質問をする。
「どこで襲われたか分かるか?」
少し考えてから答える美鈴。
「襲われた場所は分かりませんが、高麗の開城から宋の臨安へと向かうと言っていました。」
なるほど…
「お前がさらわれてからどのくらいの時間が経ったか分かるか?」
また少し考えてから答える美鈴…
「今は何時でしょうか?襲われたのは間もなく夕飯の時間くらいでしたから夕方でした。」
今は朝の6時、12時間前か…
とすると、開城から臨安まで馬車で5週間ほどだとして…
「開城を何日前に出た?」
また考える美鈴…
「おそらく3週間ほどだと思います」
また思考を巡らす青包…
「途中で邑(ゆう、人の集まる村や町と同意義)には何ヶ所寄った?」
「次が3ヶ所目で開封に寄ると言っていました」
それを聞き口元に軽く笑みを浮かべる青包…
「おおよその検討は付いた。まずは開封に行き旅支度を整えよう」
「はい、ありがとうございます」
嬉しそうに答える美鈴。
思わず笑みを浮かべる青包は「では行くぞ、いま残っている馬は馬車にいる1頭のみ。 この1頭では馬車を引っ張るのは難しいだろう。 お前は馬には乗れるか? オレが綱を引き先導する」
「先導していただけるならなんとか乗れると思います」
「では行こう」
慌てて馬に乗る美鈴。
2人の旅が始まった。
1章完