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嘘と革命  作者: 海猫鴎
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7.第二王妃シャルロッテとの密会

 高級な料理店。

 ソースと果実に彩られたケーキが乗った皿を給仕人が運んでくる。微細な模様が編み込まれたテーブルクロスの上に静かに置かれたそれは、甘く食欲をそそる香りを放つ。

 蝋燭の火が揺らめき、そう明るくない店内にある程度の視野を提供していた。


「それで、キュピレアナのお嬢さん。どのようなご用件でしょうか。」


 テーブルを囲むのは二人の女。

 一人はまだ年若い娘で、もう一人は全身に高貴な気配をまとった女性。絹のごとき滑らかな金髪を優雅になびかせ、上品に微笑む女性と比べると、娘の方はあまりにも貧相で素朴な姿をしていた。衣服においてもそれは当て嵌まる。女性の着ているドレスには細かな意匠が一流の職人の手によって施され、髪や首元の装飾品には大粒の宝石がその美しさを最大限に披露できるよう加工されている。そしてそれらが女性をより濃艶に見せる。娘の最低限相手に礼を失しない程度の衣装とは雲泥の差だった。しかし、その違いは決して娘側の問題ではなく、単に女性が高貴でありすぎるというだけなのだが。


 その二人の後ろに、一人ずつ使用人が使えている。娘の方には彼女と同年代の侍女が、女性の方にはやはり主と同年代の執事が静かに直立していた。


 女性の問いかけに娘は淡々とした口調で応える。


「今回お呼びしたのは革命についてです。シャルロッテ様ならご存じだとは思いますが……。」


「ああ、今はシャルで構いません。王都にいるはずの第二王妃シャルロッテではなく、噂好きの三流貴族のシャル、ということでお願いいただけますか。」


「わかりました。」


「それと。」


 シャルが言葉を切り、妖艶な笑みを浮かべる。娘は静かに続きを待つ。シャルが空になった自分のティーカップを見つめると、後ろの執事が滑らかな動作で注ぐ。彼女は琥珀色の紅茶で唇を湿らせた。


「随分、凛々しいですね、お嬢様。思わずこちらが気後れしそうです。私が以前お会いした時はもっと大人しい方だったと思うのですけれど……、ねぇ、ハチ?」


 執事は頭を垂れ、告げる。


「なにかしら心境の変化があったものとお見受けします。」


「キュピレアナ家のお嬢様は思うことがあるのでしょうね。」


 気品のある動きで紅茶を飲むシャルは、気後れしているようにはとても見えないが、そういうことにすべきなのだろう。むしろ娘が気後れせずこのままで良いという、シャルからの気配りなのかもしれない。実際、この娘は由緒正しいキュピレアナ家のご令嬢であり、成金ではあるが非常に財力のあるシロガネ家の嫡男の婚約者だ。基本的に面と向かって会話する際に気後れする必要がある人間はそう多くない。たとえば、この今眼前にいる女性、王国の第二王妃シャルロッテのような、権力・財力・知力を兼ね備えた人間でなければ。


 娘は短く息を吸い、凛として正面を見据えた。


「では、単刀直入に。革命軍が街の貴族を滅ぼしたら当然王家が鎮圧するはずでしょう。その鎮圧の際、死者を一人も出さずに、ある程度革命軍の要求を呑んでいただきたいのです。」


「ある程度、とはどの程度のことでしょうか。」


 シャルは笑みを崩しはしない。けれど、その瞳が鋭い光を帯びたことも隠さなかった。娘は僅かに身をひきかけたが、あえて前に身体を押し出す。


「…………では、具体的に決めてしまいましょう。そうですね、市民に自治権を認め、貴族はあくまでも飾り、決定権は市民によって構成される議会にのみ存在する、といったところでどうでしょうか。」


「そうですね、政治嫌いの貴族ならばそんな街の領主も引き受けてくれるでしょう。何人か心当たりはないこともありません。ただ、こちらのメリットは?」


 娘はぐっと身体に力を入れる。表に出さないようにしているのだろうが、緊張しているのは傍から見ても明らかだった。


「貴方は横暴なシロガネ家を快く思ってはいません。同じように、自在に動き回り策を張り巡らせている貴方を、シロガネ家も快く思ってはいない。今はまだ新参者の成金貴族シロガネ家は、貴族の社交界においてたいした発言力を持ってはいません。ですが、来月にはシロガネ家の嫡男がキュピレアナ家の娘である私と結婚します。そうなれば発言力を増したシロガネ家が、立場もわきまえず各地を歩き回る第二王妃様を一気に責め立てるでしょう。この機会を逃し際、一番動きにくくなり困るのは貴方では?」


「他には何かありますか?」


 シャルはその程度じゃ足りないと言外に訴える。無論、娘が用意したカードはこれで終わりではない。


「ついでに古くから王家との関係が良好とは言えなかったキュピレアナ家も同時につぶせます。一石二鳥です。」


「まだ足りませんね。」


「革命軍には見事な人材が揃っていると聞きました。人脈としてはなかなかに魅力的かと。きちんと紹介はしておきましょう。」


「そうですねぇ…………。」


 シャルが目をそらし、しばし考え込む。娘の方は内心気が気でないが、打てる手は打ち尽くした。手持ちぶさたにケーキを眺めていた。


「あら、そういえば、革命の際、貴方はどうするのでしょうか? 革命軍にツテでもあるのですか?」


 娘の回答は短かった。


「いえ、少しでも派手に処刑されようかと思っています。」


 さすがのシャルも目を丸くして、驚きを隠せない。


「それはまた、どうして?」


「生き残る必要がありませんから。」


 理由になっていない娘の回答に、シャルは沈黙で先を促した。


「我がキュピレアナ家は民を守ろうと税を軽くし、政治に私財を注ぎ、その結果多額の借金を負い、領地をシロガネ家に売った大馬鹿貴族。本末転倒な行動をしても尚、借金は返しきれず、由緒ある我が血統の娘を差し出す代わりに成金貴族から金銭的援助を受ける、哀れな脳なし共。そもそも、私が生き残ったらキュピレアナ家の再興ができてしまい、貴方との取引が成り立ちません。それに、革命軍のリーダーにこの条件を呑ませるため、私の命を一切の抵抗なく捧げ、誠意を示すくらいのことは必要でしょう。ついでに、精々少しでも派手に殺されて、一般市民に全ての貴族が幸福というわけではないと言うことと、剣以外でも革命くらいできることを伝えようかと。」


 その決心は昨日今日したものではないのだろう。若い娘が一片の迷いもなく凛然と言い切る姿には、シャルですら圧倒される何かがある。


 シャルは今までキュピレアナ家をかなり見下していた。代々銀山の街を領地とし、民に好かれる良い領主ではあった。しかし、どうにも人が良すぎて、たびたび傾き掛けては王家に援助を求める。王家とて無限に金があるわけではないのだから、度が過ぎれば迷惑極まりないのだ。そしてこの娘の父親は特に酷かった。政治をするからには二人の人間を助けるために一人を見捨てる必要もある。それにも関わらず、彼は目に映る全ての者を手当たり次第救おうとした。その結果、桁外れの借金を背負い、名高きキュピレアナ家は瞬く間に転落していった。最後の苦肉の策が、領地をシロガネ家に売り渡し、娘をシロガネ家の跡継ぎの許嫁にするということだった。


 しかし、眼前の少女には、彼女の父親にはなかった明確な一つの目的があるようだった。


「とても、面白い……、いえ、興味深い理由ですね。…………えぇ、分かりました。その条件で取引をしましょう。確認します。貴方は本当に生き残るつもりはないのですね?」


「もはや一切ありません。意志だけでなく、未練も。」


「では、貴族の処刑が終わった後に私が訪れて、その時点で貴方が生きていたら、私は通常通りの鎮圧の命令を出してもいいのですか?」


「構いません。そのようなことは決して起こらないと断言できます。」


 いっそ、勇ましいほどに断言する少女。

 シャルは感嘆と口惜しさの入り混じった溜息をつく。


「残念です。貴方のような方が領主だったのなら、あの街もこんなことにはならなかったでしょうに。」


「…………それは、ありがとうございます。」


 やや重くなった空気を和らげようと、シャルはケーキを口に運ぶ。口内に広がる甘みに綻ばせたその表情は、純粋に可愛らしい。


「あら、とても美味しいですよ、このケーキ。」


 娘の口にもあったのだろう、彼女も愛嬌のある笑顔を見せた。二人して楽しそうにケーキを食べている様子は、庶民の親子の団欒とそう大差はない。


「強すぎない甘みが、この紅茶にとてもよく合いますね。」


「本当ですね。他にも美味しい洋菓子はあるのかしら。」


「『シャル』様、こちらに。」


「あら、ハチ、ありがとう。」


 ハチというらしい執事が出した洋菓子に、また二人して舌鼓を打つ。


「そちらの執事さんは手際がいいですね。」


「貴方の侍女も可愛らしくて素敵ですよ。やっぱり男には分からないこともあるでしょう? そういう時に私も侍女が欲しくなって。たまに侍女を連れることもあるんですけど、そうするとハチが焼き餅を焼くんですもの。」


「いいじゃないですか。使用人と仲がいいのは。あ、このクッキーも美味しいです。木苺の酸味がきいていて。」


「あら、本当。旦那のお土産にしようかしら。ああ、でも彼は甘いものが嫌いでしたね。」


「では、私達で食べてしまいましょうか。みんなで分け合って食べるのも美味しいですけど、独り占め、この場合は二人占めですね、時としてそれもなかなか魅力的では?」


「ふふふ、そうですね。二人の秘密、というのも素敵です。」


 ほんの少し前までは互いの腹を探り合っていた女二人。今では仲良く菓子を分け合い、少女のするような他愛のない談笑している。話の内容は菓子の味から、やがて旦那と婚約者への不満へと飛び、理想の異性の話になり、生まれ変わるのなら何になりたいかを語り合い、どうすれば食べ過ぎを防げるのか真剣に話し合う。自然とお互いにテーブルへと身を乗り出し、顔を近づけて囁くように言葉を交わす。


 執事が二人のくすくす笑いに耳を傾けていたところ、同じくそれを聞いていた侍女と眼があった。視線だけで次の予定のつまった主達をどうやって席から立たせようか、作戦を立てる。いつになく楽しそうなので気が乗らないが、時間ばかりは待ってくれない。執事は憂鬱そうに懐中時計を見やった。



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