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嘘と革命  作者: 海猫鴎
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6.強くなりたい

 傭兵ギルドの集会所には、妙に広い室内訓練場がある。お世辞にも規模の大きいとは言えないこのギルドの訓練場には、もったいないくらいの広さだ。今はギルドのメンバーだけでなく、革命軍に名を連ねた者もまばらに入り、各々思い思いに訓練に勤しんでいる。


 体内に燃えさかる炎でもぶち込まれなんじゃないかと疑ってしまうほどの凶悪なまでの熱を持ったミヤマの身体を、だだっ広い訓練場の床がゆっくりと冷やしていた。吐き出す息が腕に当たり、それがまた熱い。何度か咳き込みながら、熱を体外に出し切ってしまおうと、荒い呼吸を繰り返した。

 ミヤマを床に叩きつけた張本人は呆れ果て、しゃがみ込んで床にへばりついているミヤマに顔を近づけた。


「大将、もういいんじゃない? あんまり自分の体いじめすぎると、体壊しちゃうわよ。」


「…………吐いてくる。」


 エリーの忠告には一言も返さず、よろよろと外に出ていった。室内では仲間たちが各々にあった相手と組み手をしている。窓は全部あけられているが、中で大人数の男どもが激しく打ち合っているわけで、かなり暑い。今日はフルートとハチス、エリーが交代でミヤマの相手をしていて、小一時間ほど続けていたミヤマがへばったところだ。


「エリー、おなか殴っちゃだめだよー。ミヤマただでさえ吐きそうな顔色だったのに。」


「一回だけよ。貴方みたいにぱかぱか殴ってはいないわ。」


「んー、エリーの場合、回しすぎなんだよ。んで、フルートは殴りすぎ。そんなのと交代でやってたらミヤマでなくても吐き気ぐらいするでしょ。」


「うるさいな、ハチスが神経逆撫でしすぎたのも悪いし。あれでミヤマ、引っ込みつかなくなったんだよ、絶対。」


 三人組の方は呑気なものだが、帰ってきたミヤマの方は憔悴しきっていた。それを見て、さすがのエリーも注意する。


「ちょっと大将、本当に大丈夫? 今日はもうこれくらいにした方がいいんじゃないの?」


「…………いや、まだいける。」


 意地を張っているが、どこからどう見ても無理そうだ。さっきよりも顔色は悪くなっているし、足下もおぼつかない。頭から水を被ったのかと思うほど汗もかいているし、まだ呼吸は若干荒いようだ。


「体調管理できないといつまで経っても強くなれないよ。」


「そうだよ、あたしなんか、無理して組み手やって師匠に殺されかけたことあるもん。いやー、あれはかなりヤバかったね。死んだかと思った。」


 ハチスとフルートが口をあわせる。フルートが何故少し誇らしげなのか、ミヤマにはちょっと分かりそうにない。


「僕らも手加減そんな上手じゃないし、僕らとミヤマは体術の実力自体は大差ないから、手を抜きにくいんだよ。このまま続けててもミヤマに怪我させちゃう。余裕ぶって見えるのかもしれないけど、ミヤマを怪我させないように叩き潰すのってかなり大変なんだよ?」


 あくまでも、ハチスは自分達の実力の方が上だと理解して話を進めている。ミヤマにもそれは分かっているが、淡々と当然の事実として語られると少し悔しい。


「あ、今悔しいとか思ったでしょ。大将って合理的ぶってるけど、結構感情的よね。」


 しかも、エリーに見透かされているというのがまたミヤマ的には気に食わない。彼女のにやにや笑いと楽しそうな口調も。思わず仏頂面になりかけて、そうすると余計に彼女を喜ばせるだけなので、ため息をついてごまかした。


「一応これでもリーダーだから。俺が一番弱かったらかっこつかないだろ。」


 若干、拗ねた言い方になったのは非常に不本意だったが、向こうの方が年上だし、と開き直る。ハチスとエリーは性格こそ悪いが、こうして本音を言っているときに意味なくからかうことはないのだから。ミヤマが素直に内面を吐露すれば、彼らは真摯に応えてくれるだろう。それは分かっている。だが、わかっているからこそ、素直に弱音を吐くのはやはり悔しさを伴うのだ。


 床に座っていた三人の横にしゃがむ。座ると改めて疲れがどっと押し寄せ、しばらくは立ち上がれないと確信した。全身が鉛のように重い。床に身体が沈んでいくような気さえした。


「言っとくけど、勘違いしないでね? 大将は十分強いわよ。私達の相手ができるわけだし。私なんか、手加減下手だから一瞬で叩き潰しちゃったりするもの。」


「そうだよー、ついつい、力業でどっかーん、って。ミヤマとだと、とりあえずそれはできないよ。」


 エリーに同調しるフルートの言い分も、理解はできる。ミナヅキやヤヨイ、ゴロウザエモンは手加減すらお手のもので、よく革命軍のメンバーに組手を通していろいろと教育している。逆にフルートとエリーは指導と言うよりも一方的にねじ伏せてしまいがちで、端から見ても教育係には向いていないのだろうとわかるくらいだ。

 だが、その後に続けたハチスの意見はミヤマの想像すらしなかったものだった。


「だいたい、強くなると別の側面が弱くなるんだよね。ミヤマくらいが一番バランスいいんだよ。僕らがミヤマに特に指導しないのは、そういうことでさ。別にミヤマは今のまま戦場に投げ込んでもそう簡単には死なないし。それより、下手に強くなって、弱くなったら困るからさ。」


 そんな風にミヤマは考えたことはない。納得できず、首を傾げると追撃がきた。


「あたしは他にも強い人知ってるけど、みんななんか不安定なんだよね。人まとめたりって、絶対できないの。」


「ああ、そういうのってあるわね。こう、人恋しいのに関わり方が分からない、みたいな態度で。」


「僕らもわりとそうだけどね。ミナヅキくんとかさ、人間関係はほとんどヤヨイさんに任せちゃって、彼自身はヤヨイさん以外と関わろうとしないでしょ。仕事の時はたまに入ってきて、ヤヨイさんの話全部とってっちゃうけど。」


「うちの旦那も結局はそんな感じよ。黙って意見しないけど、みんなの輪から抜けるのは寂しいらしいの。」


 言われてみれば、彼らはそういったところがあるかもしれない。だが、それは弱さなのだろうか、とミヤマは思う。


「だからさ、腕が立つのはいいけど、その分、えーっと、」


 また言葉がまとまらなくなってフルートが首を傾げる。ハチスは既に言語化済みのようだった。


「行き過ぎると、日常で生きづらくなるんだよ、ミヤマ。」


 ミヤマは分かったような分からないような、といった風情。フルートがさらに説明しようとするが、どうも上手く説明できないようで、結局はハチスが代弁している。


 確かに、彼らは浮世離れしているところがある。目の前にいるのに、どこか遠いと感じてしまう瞬間があるのだ。そう思ってしまったことが、申し訳無い。

 しかし、そういった一切聞いた上でも、ミヤマはもっと強くなりたかった。脳裏に、一人の少女が浮かぶ。


「分かった。だけど、俺はやっぱりまだ強くなりたい。」


 姿勢をただして、三人を正面から見据えて言う。決して遠くなどない、目の前にいる彼らを見て。

 エリーは、ミヤマを見やり、珍しく柔らかく微笑んだ。


「大将、いい顔つきね。」


「エリー、話をそらさないでくれ。俺は真剣に……。」


 すっとエリーは立ち上がる。無駄を省き、素早く攻撃に移れる、流れるような動きだった。


「わかってるわ。でも、本当に強くなりたいなら、私たちには荷が重すぎるわね。ミナヅキとヤヨイ、そしてうちの旦那が相手をした方がいいわ。となると、他のみんなの指導は私たちがやることになるのかしら。」


 ハチスは仕方ないなぁと言いたげな表情を浮かべ、フルートは不満そうだ。しかし、三人とも反対意見を言う様子はない。


「意外だな。」


 その場で屈伸を始めたハチスも、立って大きな伸びをしたフルートも、驚くほど行動が早い。


「僕たちが反対しないことが?」


「もう少し渋られるかと思った。」


 エリーはもう既に、他の革命軍の者の訓練をみていた三人を呼びに行っている。ミヤマも立ち上がり、身体を解す。未だに全身に疲労が残っているが、先程のように動けないわけではない。


「だってさ、ミヤマ、さっき誰かを想って言ってたから。」


「はぁ?」


 確かに脳裏に大切な人を思い浮かべて言った。そして、それを読まれているのも今さら追求する気にはならない。だが、それと渋らなかったことがどう繋がるのか分からない。


「ミヤマに想ってる人がいるなら、そう弱くもならないかな、なんて僕は思ったんだよね。」


「どういう意味だ?」


「戻りたい日常があるなら、そこから遠ざからないだろ。あたしたちは、たぶん、そういうのなかったからさ、だから、なんか遠くなったんだと思うし。」


 フルートの説明ではよく分からなかったが、ハチスはいつものように解説する気はないらしい。


「それに、大事な女の子のために強くなりたいって気持ちを否定するほど、野暮じゃないからね。」


 そう言い残し、ミヤマに背を向け、ミナヅキ達三人の代わりに指導に行った。

 ふと、三人を連れてきたエリーがミヤマに訊ねた。


「ねぇ、大将が革命を起こそうって思い立ったのはどんな理由からなのかしら。一応、革命軍のメンバーでも、言い出しっぺは大将だって聞くし。大将の理由はある意味この革命の始まりでしょう? 少し興味があるの。」


 ヤヨイはミヤマをどう指導したものかと観察しているし、ミナヅキとゴロウザエモンは無造作に立っている。どうやら、おおまかな指導方針はヤヨイ任せなようだ。

 エリーの質問に答えかねていると、いつもの意地の悪い笑みを浮かべた。


「大将が革命を起こしてまで守りたい女の子に、今度会わせてちょうだいね。」


 なにか言い返す間もなく、エリーは他のみんなの指導をしに去っていった。



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