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嘘と革命  作者: 海猫鴎
2/15

2.いつもの夕食での普段と違う会話

 ジュリと出会ってから三年と少しが経った。


 帰り道に遠くから家を見て、灯りがついていると自然と笑みが零れる。初めはジュリの料理の腕はひどいものだったが、屋敷の厨房担当に習い始めてから着実に上達し、今では十分美味しくなっている。


「たたいま。」


「あ、お帰りなさい。」


 しばらく一人暮らしだったせいか、こんな些細な会話が心地いい。以前は頻繁に竦んでいていたジュリも、随分心を開いてくれたのか、身に纏う空気が柔らかくなった。無防備な笑顔に、くすぐったい気持になる。


「えっと、今日はちょっと自信ないけど…………。」


 メニューを訊きつつ台所に近づくと、一転して沈んだ声で答えが返ってきた。綺麗に盛りつけられたスープ皿を二つ渡される。配膳を手伝いつつ、人差し指で掬って舐めた。


「ん、ちょっと味濃いけど、大丈夫、十分美味い。」


「そう、良かったぁ…………って、行儀悪いよ、ヨナ。」


「んー? 傭兵団育ちだからなー。ジュリみたいにお屋敷で大切に育てられたわけじゃないからさ。」


「それは、貴族のためだけで。私には全然いいことないよ。」


「ならいいじゃん、行儀悪くても。」


「それもそうかな……って、駄目だよ、やっぱり。いいことがないからって、身を堕としていいってわけじゃないもん。」


 ぷうっと顔をふくらませたジュリを見て、思わず吹き出す。つられて彼女も笑う。ジュリが手を洗い、ヨナの机を挟んで向かい側に座り、両手を合わせてから食事を始めた。ヨナは無造作にそのまま皿を引き寄せる。

 ヨナの食事は早い。ジュリはゆっくりお上品に食べている。ただし、量が違うのでヨナの方がやや早く食べ終わる程度だ。

 食べ終えたヨナが立ち上がり、食器を桶に浸ける。冷えてきたので、窓を閉めようと机から離れた。振り返ると、ジュリが慌てて残りを食べようとしていた。


「ああ、せかしてないから、ゆっくり食べなよ。行儀悪いよ、ジュリ。」


「ヨナに言われたくないよっ。」


「早食いすると太るぞー。」


 意地悪くヨナが笑うと、ジュリは言葉に詰まり、結局それ以上なにも言い返さなかった。心なしかゆっくり食べている姿が、なんだか微笑ましい。

 台所に立ち、ホットミルクを二人分作る。料理はジュリがやってくれるが、これだけはヨナが譲らなかった。

 食卓には戻らず居間のソファに腰掛けて、自分のホットミルクを啜る。これは仕事場で古くなった物を安く買い叩いたのだが、座り心地が良く愛用している。


「ヨナは食べるの早すぎるよ。身体に悪いって。」


 ジュリもそう間をおかずに食べ終え、ぱたぱたとこっちに寄ってくる。真ん中を陣取っていたので少し右に寄り、場所を空けた。同時に、ホットミルクの入ったカップを渡す。


「ありがと。」


「どういたしまして。……だからさ、俺の育ったところじゃ、早く食べないと自分の分なくなったんだよ。」


「でも、今は別にゆっくりでいいでしょ。私はヨナの分とったりしないもん。」


「まぁ、それはそうなんだけどさ。もう癖になってるから、今更そう簡単に直らないって。」


 初めは寝る場所を提供するだけだった。いつしか夕飯を一緒にとるようになり、今では家族の団欒のような時間を過ごす。


「あ、今日、同僚から林檎もらったんだけど。食べる?」


「うん、食べたい食べたい。」


 ジュリが顔を輝かせたのを見て、カバンの中から林檎を二つ取り出す。適当に拭いて一つを渡したら、ジュリはナイフでするすると皮をむいていく。ヨナはさっさとかぶりつく。しゃくっと美味しそうな音がした。


「この前、練習中にそいつの腕折っちゃったんだよね。」


「ええっ、え、そ、それって、大丈夫だったの?」


「ん、ああ、いや、治癒魔法で全治三日だったんだけど。その時隣の婆さんがお見舞いに林檎山ほどくれたんだって。」


「それで、お裾分け?」


「そ。奥さんに職場で配ってこいって言われたらしいよ。」


「うん、この林檎、蜜が詰まってて美味しいね。……そっかー、お裾分けかぁ。いいなあ。私のところはみんな貴族の顔色窺って神経質になってて、結構ぴりぴりしてるの。だから、そういう和やかな空間って羨ましいかな。」


「まあ、うちは特に馴れ馴れしいからなぁ。」


 そんなくだらない会話を夜遅くまで続けている。

 けれど、互いに知りすぎないようにしているのだ。ヨナが知っているのは、彼女がどこかの屋敷の使用人で、部屋を訪ねてくる貴族の息子に怯え不眠症になり、親しい使用人の協力を得て屋敷を抜け出してくることくらい。ジュリだって、ヨナが傭兵ギルド所属で、傭兵団で育ちの、元孤児だということくらいしか知らないだろう。そして、ヨナは特に名前以外に嘘はついてはいないが、彼女も同じとは限らない。


 そんな不安定な関係で、二人をつなぐのは細くて今にも切れそうな糸だけだ。ジュリが来なくなってしまえば、彼女を捜す術をヨナは持たないし、ヨナが引っ越してしまえば、ジュリは彼を追うことはできない。


 自然と、お互いの事情を深くは訊かないようになっていた。ヨナはジュリには言っていないことがあるし、彼女もきっとそうだろう。会話の最中に、曖昧な笑み以外の返答を返さないことがある。そんな時は、ヨナも追求はしない。ヨナが言い淀んだときに、彼女が追求しないのと同じだ。


 奇妙な関係と言えば奇妙だ。

 けれど、その曖昧な距離感は心地よく、それを壊してまで近づく勇気はなかった。

 だから、ジュリの唐突な質問に思わずむせてしまったのは、仕方のないことだと思う。


「そうだ、ねね、ヨナ。この街で革命しようって計画があるのって、知ってる?」


 思いっきり林檎が気管に入り、げっほげっほと咳こんだ。ジュリは目を丸くして、とんとんと背中を叩いてくれた。しばらくして、なんとか呼吸が落ち着いてから、ジュリがコップに注いでくれた水を一気にあおる。


「えーっと、大丈夫?」


「あー、うん、なんとか…………。死ぬかと思った。」


 無事を確認して、黙り込んだジュリと向かい合う。なんと言ったらいいのかわからず、途方に暮れて黙り込む。


「あのさ、」「えっとね、」


 同時に口を開いて、結局お互い沈黙する。

 ジュリはヨナが挙動不審なことに気づいているようだが、果たしてそれ以上聞いてもいいのか、図りかねているのだろう。こうなった以上多少は話すべきだろうと思い、ヨナはどう伝えるか言葉を探した。


「あー、うん、知ってるよ、その話は。」


「そっかぁ。知ってたか。そっかそっか。」


 若干上目遣いになるジュリには、ヨナはそれは卑怯だよなぁ、と思う。彼女には深い意図はない様子なのが余計に狡い。まぁ、言っても仕方がないことだし、わざわざ口には出さないが。


「うーん、なんて言ったらいいのかなぁ。」


「言いたくないなら別に訊かないよ?」


 いつもなら、それで話題を切り上げる間合いだった。けれど、今日は言ってしまってもいいかもしれない気がした。今言わなかったら、いつまでもなにも言わないままでいそうだった。


「いや、言うつもりは今までなかったけど、訊かれたんで言いたくなったから言う。」


「へぇ……そう、じゃあ、訊かせてもらおうかな。」


 切り分けた林檎をつつきながら、ジュリはヨナに向き直る。フォークを持つ手は細く華奢で、ヨナはなんとはなしにその白い指先を見ていた。


「その革命の計画に、俺も一枚噛んでるって言ったら、信じる?」


「へえぇ、そうなんだ……って、え、ええっ?」


 彼女は一拍開けてから眼を白黒させた。今度はジュリが軽くむせたので、ヨナは手を伸ばし、背中を軽く叩く。林檎を食べながらするような話じゃなかったのかもしれないと思ったが、残念ながら後の祭りのようだ。


「そうなの? ヨナが?」


「うん、まあ、実は。」


「え、もしかして、偉い人だったりとかするの?」


「まさか。偉くなんてない。たいしたことはしてないし。」


「そっか、そうなんだ。ふうん、ヨナ、すっごく強くてかっこいいんだね。憧れちゃう。私は、なんにもできないから……」


 彼女の丸い瞳にヨナが映っている。

 嘘ではなく、言っていないだけ。自分にそう言い聞かせ、そんなことないよ、と話を打ち切る。時々そんなやりとりがある。ジュリも何かを打ち明けようとして、止めているのか。


 それでいいと、ヨナは思った。

 彼女の前では、ただのヨナでいたかった。

 ジュリも、ヨナの前ではただのジュリでいたいなら、それでいい。



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