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嘘と革命  作者: 海猫鴎
15/15

15.今の自分にできること

 問題の、やや地味ではあるけれど可愛らしい少女が、自室の戸を閉める音が響いた。


 ミナヅキは興味ないと言わんばかりに、めぼしい食料を探し始める。ぽいぽいと出されていた料理を口に放り込み、蒸留酒の杯を空けた。ヤヨイは複雑そうだった。ミナヅキの動きを目で追いながらも、いつものように甲斐甲斐しく手を出すことはなく、困ったように溜め息を吐く。エリーとハチスも、ミナヅキの行動の意図は分からないでもないので、何とも言えない。ゴロウザエモンは無論、押し黙ったままだ。


 一番分かりやすい反応をしたのはフルートだった。


「ミナヅキ、おまっ、な、何考えてんだよっ! ミヤマは言うなって言ってただろっ! なんであんなことっ…………、もうわかんないよ、お前、なんなんだよ、何がしたいんだよっ!」


 勢いよく立ち上がり、掴みかからんばかりの勢いで語り始めたものの、結局は上手く言えなくて諦める。いつもならハチスかエリーが代弁するが、今回は二人とも傍観していた。怒りからか、言葉にできない悔しさからか、フルートは思いっきり机に拳を降り下ろした。皿が跳ね、飲み物が少し溢れる。ミナヅキは苛立つフルートを一瞥して、食事を続けた。


 そして、料理の大半を片付けて、最も冷静なミナヅキが口火を切る。


「隠しててもいずれ分かるだろ、『ヨナ』がリーダーだってのは。もしそれを革命で『ヨナ』が死んでから聞いたら、全部終わった後に聞いたら、彼女はどう思うかな。信頼できる人も仕事も家も失って、真実を知った時、彼女はどうするのかな…………、とまぁ、そんなことを考えてたんだけどね。」


 軽くおどけた言い回しだった。

 フルートは虚を突かれたようだったが、エリーとハチスは余計に表情を苦くする。エリーがこめかみに手を当てて、息を吐く。その音がやたらと部屋に響いた。


「どのみち、正体明かす頃合いだっただろ。自分から言うのかなと思って見てたけど、あのままだと確実に今日は言わなかっただろ。ほら、さっさと覚悟を決めたらどうなのさ、『ヨナ』。」


 ミヤマは俯いたままだ。答えないのか、答えられないのか、横で見ている仲間達には判断できない。ただ、彼が必死なことだけは伝わってくる。荒い呼吸と、彼の握った拳が小刻みに震えていることが何よりの証拠だ。


 このミヤマという少年は、剣の腕は確かだし、冷静に判断をすることもできる。革命軍なんて大層なものを作れるくらいのカリスマ性もあるし、頭のキレだって悪くない。けれど、いつもどこか危うさがある。脆いと表現してもいい。危なっかしくて、これ以上負荷をかければ壊れてしまいそうな。そんな面もあわせ持っている。


 そして今、本当に砕け散ってしまうのではないかとフルートは思った。フルートだけではない。たぶん、この場にいた全員が同じ感想を持っている。にもかかわらず、ミナヅキは止めなかった。


「重いもん背負ってるとは思うよ、年齢の割にね。僕はその年でそこまでのもん背負ってなかったし、今だって背負いたくもない。だから、リーダーの辛さは僕にはわからないよ。でも、それはリーダーが自分で選んだものだろ? 自分で望んで、それを背負ったんだよな? 僕は背負うことを選ばなかった。リーダーは背負うことにした。違う?」


 ミナヅキはひねくれた言い回しをよく使う。だが、その内容は実のところいつも正論だったりするのだ。突き放している態度ではある。けれど、ミナヅキは普通そこまでヤヨイ以外の人間に関心を示さない。わざわざこうして忠告すること自体、彼なりの精一杯の対応だ。面倒そうな顔をしながらだが、きちんと彼は口に出してくれている。


 その不器用ではあるけれど真摯な言葉はミヤマの心の奥に入り込んできた。


「なら、最後まで背負うのが筋だろ。自分が足を止めるのを、その重さのせいにして良いはずないんだよ。」


 ミヤマはなにも言わない。言えない。ぜぇぜぇと憐れなくらいに息を乱して、俯いたままだ。

 目を合わせようともしない。合わせられない。固く握った拳だけではなくて、やや線の細い身体も小刻みに震えていて、いつその場に崩れ落ちてもおかしくない様子だった。


 ミナヅキもそんなミヤマの無反応を責めはしない。ただ、淡々と自分の言いたいことだけを、一つずつ積み上げていく。


「いくら重いからって、逃げんな。責任は果たせ。自分の不始末で人を、しかも、一番大事な人を、泣かせんな。」


 言い切って、ミナヅキは口を閉じる。これ以上言うことはないと、その態度が物語っていた。


 ミヤマは沈黙したミナヅキをぼんやりと見つめている。

 かたかたと揺れる背中は、まるで寒さを堪えているかのようだ。

 彼の言葉を反芻しているのだろうか。


 フルートはそっと俯き気味なミヤマの表情を窺った。


 苦しそうで、泣くのを我慢しているようにも見えて、なにか言わなければいけない気がした。でも、やっぱり口下手な彼女にはなんと言えば良いのかわからない。ぱくぱくと何度か口を開閉させたフルートの横から、ハチスがミヤマに声をかけた。


「ミヤマ、ミナヅキくんのやり方は強引だったけど、あながち間違っちゃいないと僕も思うよ。」


「ハチスまで、んなこと言って、」


 はっきりとミナヅキの肩を持つ発言に、フルートが前のめりになる。けれど、ハチスは彼女の肩をやんわりと押さえながら、静かに声を重ねた。


「事実だよ、フルート。ミヤマが言ってないことも、言わないままじゃ駄目だってこともね。…………んー、僕も早くエリカに会いに行かないとなー。ふらふらしてて、そこらで野垂れ死んだら、笑えないし。しかし、気が重いなー。」


 ハチスが気を利かせて空気を和らげようとする。エリーはすかさずそれに食いついた。からりとした声でハチスをからかう。


「エリカちゃん、って言うのね、ハチスくんの思い人。可愛い名前じゃない。」


 今度はハチスも心の準備ができていたのか、堂々とのろける。にっこりと完璧な笑顔で答えた。清々しい好青年然とした、わざとらしいくらいに見事な笑顔だった。


「うん、強くて凛々しくて美しくて、名前以上に可愛らしい、世界一素敵な女性だよ。…………随分長いこと会ってないんだけどね。」


「それじゃあ、楽しみね。きっともっと綺麗になってるでしょ。」


「勿論、前よりも魅力的になってるに決まってるでしょ。じゃ、さっさと革命を成功させないと。ミヤマ、僕らはそろそろ帰るけど、ジュリちゃんときちっと話し合うんだよ、いろいろとね。」


「大将、逃げてても始まらないわよ。」


 エリーは最後に果実酒を瓶ごと呷って、皆に身振りで帰るように伝える。ミヤマはぼうっとする頭でそれを見ていた。

 ハチスがフルートを押さえて、さっさと外に出す。フルートはぎゃあぎゃあと文句を言っていたけれど、結局、最後はジュリとミヤマの問題なのは確かだかんな、と捨て台詞のように言い残して、ハチスに連れられ出ていった。


 ヤヨイは冷静にジュリさんによろしくお伝えくださいと挨拶し、ミナヅキは残った料理を頬張って、美味かったって言っといて、とヨナに伝言を頼んだ。ゴロウザエモンとエリーも同じように料理の礼を述べ、急に来て嫌な思いさせちゃってごめんなさいねとも伝えてほしいと言った。


 全員が帰ってしまうと、途端に部屋は静かになった。雑然と机の上や椅子周りが散らかっていて、空気にはまだ熱気の余韻が混ざっている。祭りの後の静けさと、嵐が去った後の乱雑さだけが残っていた。


 黙々と部屋を片付けていると、ようやく落ち着いてきた。少なくとも、無様に乱れていた呼吸は、なんとか落ち着いていた。心臓は未だにばくばくと暴れ狂っているけれど、それはどうしようもない。


 一定周期ごとに不安げに天井を見上げる動作を、無意識のうちに繰り返していた。当然、階上から音がするなんてことはなく、天井を見上げたところでジュリがどうしているのか分かるはずもないのだが。


 ホットミルクを作ろうか悩んだが、手ぶらで行こうと決める。それで間を持たせたいというのは、自分の甘えだろうから。


 階段に足をのせる。普段は別段意識しないが、今はそうでもしないと彼女の部屋まで行けそうになかった。


 ぎしりと床が軋む。そんな当たり前の音が、印象的だった。

 二階は遠いようで、とても近くて、だけどやはり遠い。


 エリーは逃げても始まらないと言った。

 だとしたら、まだ何も始まっていないのだろうか。

 自分は逃げてばかりで、彼女は苦痛から逃れてここに来た。

 初めから逃げていた二人の始まりは何処にあるのだろう。

 お互いに本名なんて知らない。

 偽名でずっと呼び合ってきて、いつからか、その偽名は本名と同じかそれ以上に大切になっていた。


 ハチスは、ジュリと話し合えと言った。

 なにを話し合うんだろう。

 これまでのこと? 今のこと? これからのこと?

 それとも、もっと他のことだろうか。

 お互いの言ってないことも、だろうか。


 ミナヅキは覚悟を決めろと言った。

 どっちとしての覚悟だろう。

 革命軍のリーダーのミヤマとしての覚悟か。

 ジュリといる時のヨナとしての覚悟か。


 自分は、未だになにも分かっていない。

 ジュリは何度もかっこいいと言ってくれたけれど。

 全然まだまだ、なんとも情けないばかりだ。

 先は長くて、頂点は遙か雲の上のそのまた向こうで、見えないくらい。


 剣がちょっと使えるだけで、惨めなくらいに臆病な自分。

 そんな自分は、いつかかっこいい人間になれるだろうか。

 いつになってもなれないのかもしれない。

 永遠に大したことのない人間のままかもしれない。

 

 けれど、逃げるのは違う。

 せめて、背筋を伸ばして前を見よう。

 そして、こんな自分をかっこいいと言ってくれたジュリときちんと向き合おう。


 どれだけ遥か遠くても、それでもいつか。

 いつか、立派な本当にかっこいい人間になれるように。

 一歩ずつでいいから前に進むことだけは止めないでいよう。


 短く息を吐き、彼はジュリの部屋の戸を叩いた。




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