14.嵐のような訪問
「え? お客さん?」
「ああー、うん、ごめん、もう、下に来てて、良かったら食事つくってほしいんだけど…………嫌?」
「そうじゃなくて、ただ、ヨナが誰か連れてくるって珍しいなーって思っただけ。いいよ、作るよ。」
「なんか、ほんと、突然でごめん…………。」
「うーん、できれば前もって言っといてほしかったかな。」
「いや、本当に面目ない。」
「ま、いいよ。それで、友達?」
「友達っていうか……。仲間、いや、戦友かな?」
「なら、一杯美味しい物を食べてもらわないと。それで、ヨナと一緒に凛々しく、勇ましく、素敵に戦ってもらわなくちゃ。みんなに、ヨナも私も、貴族から自由にしてもらえるようにね。」
「私はエリー、こっちは旦那のゴロウザエモン。よろしくね、ジュリちゃん。」「あ、は、はい、どうも。」「あたしはフルート、で、こいつが、」「あ、ハチスです、ジュリちゃんかぁ、可愛らしい名前だね。」「ど、どうもありがとうございます。」「私はヤヨイ、彼はミナヅキです。」「は、はい、覚えました。」「別に覚えなくていいです。」「え、あ、す、すみません。」
ヨナが革命軍の幹部達と説明した彼らは、妙な勢いと熱をもっているとジュリは思った。ヨナはなんとなくその中で距離を置いていて、なんだかいつも以上にたくさんのことを隠しているように見える。
エリーと名乗ったエルフのシスターや、ハチスという魔術師、フルートという召喚術師は、笑顔で何度も話しかけてきてくれたが、ジュリはどうしても見定められているような気がした。決して下世話な視線ではなく、どちらかというと心配されているようだったが、正直あまりいい気はしない。
ヤヨイとミナヅキという便利屋は、あからさまに壁を作っているし、ゴロウザエモンという男はただひたすらに無口だ。
ぱたぱたと料理を忙しなく作っている間は、彼らは勝手にのんびり話をしていた。革命軍の話だろう。ジュリはなんだか、聞いてはいけないような気がして、意識して料理に集中した。エリーやフルートは手伝おうかとも訊いてくれたのだけれど、お客様に手伝わせるのもいけないからと、丁重にお断りした。
その断った時のエリーの視線が、また、酷くねっとりとしていたように思えた。
料理が一通り済んでしまえば、あとは結局談話の輪に入らないわけにもいかない。ジュリは、そっと端の方の席に座り、ぼんやりとその場を見ていた。
悪い人達ではないのだろうと思う。
ただ、ジュリとは少し世界が違うだけで。
静かに会話に耳を傾け、なんとはなしに話を聞いていた。
革命前で皆、なんだかはしゃいでいるようだった。祭というのはただの偽装だったのか、本物なのか、分からなくなるくらいだ。会話は底抜けに明るく、祭特有の雰囲気を宿している。
「あらら、じゃあ、ハチスくんは思い人に告白する前に勢いつけようって、革命軍に入ったの?」
エリーのさばさばした声が響く。少しだけハチスをからかうような、そして単純に楽しそうな声だ。片手には蒸留酒の杯。もう片方の手にはフォークを握り、料理をつついてはこれ美味しいわね、などとジュリに感想をくれる。ジュリは曖昧に頷くだけだが、エリーはまたすぐにハチスとの会話に戻る。
「いいでしょ、別に。仕事はちゃんとしてるでしょ。」
「ふふふ、私は応援してるわよ、恋する魔法使いさん。素敵じゃないの、愛しの彼女に思いを打ち明けようとして、でも少し自信がなくて、それで景気づけに革命に参加しよう、だなんて。」
「…………僕の方はいいから。エリーはなんで?」
ハチスは顔が赤い。照れているのだろうか。なんとか話を変えようとしているのが丸分かりだ。
「いつになく、余裕がないわよ、ハチスくん。…………私は気分よ。旦那も私も、少し退屈だったし、久しぶりに暴れたくなっちゃって。ちょうど新しい領主の度重なる増税が頭にきてたし、ね。私たちは結構風来坊だから別の街に行っても良かったんだけど、ここに昔から知り合いが住んでてね。頼まれちゃったら、断れないじゃない?」
「あぁ、それで。フルートは自由に召喚術の研究がしたいのに、貴族に邪魔されるから、って言ってたかな。」
「あの子らしいわね。素直でいい理由だわ。」
その、問題のフルートはと言うと、何故かもう完全に酔っぱらっていて、ゴロウザエモン相手に延々自身の趣味の話をしている。絡み酒なのだろう。顔を真っ赤にして、竜とは、竜が、竜の、と、夢中になってゴロウザエモンに竜について講義していた。
「だからねー、竜って言うのは、神話とか古代の書物に出てくる、でっかいドラゴンと、あたしの召喚するような小型の竜とがいるんだよ。そもそもね、古代竜、ああ、分けて言う時はそう呼ぶんだけど、その古代竜はとにかく大きいんだよ。んで、神聖にして最強、美しく、長命なの。ちょっと、ゴロウザエモンさん、聞いてるの。」
「うむ、聞いている。」
「そう、良かった。でね、古代竜の翼は空を覆うほどに大きくてね、鱗は透き通っていて、宝石みたいで……。でもね、違うんだよ。そうじゃないの。あたしの喚ぶ竜達の方がずっと可愛い。古代竜は賢く人語を解したと言われているけど、竜だって意思の疎通は図れるの。古代竜と比べれば、ちょっと大きくて羽の生えた蜥蜴とも言われるけど、でも、よく考えてみてよ、そもそも、古代竜は滅びた種族で、あたしの喚ぶ竜達は今も生きてるんだよ。もう存在しない竜と、喚べば応えてくれて、あたし達を広い空の何処までもつれてってくれる竜。どっちがいいかなんて、明らかでしょ。竜達の方がずっといいんだよ、分かる? ゴロウザエモンさん。」
大きな身ぶり手振りを交えた説明で、料理や杯が溢れないかとジュリははらはらした。幸い、エリーとハチスが会話の片手間に慣れた手つきでフルートから離していたので、皿に少しフルートの手が当たっただけだった。
ゴロウザエモンは皿の心配をする余裕はないようで、熱くなったフルートのを前にたじたじである。
「う、うぬ。おそらく。」
「この前もね、キバナを喚んだんだけど、って、ああ、ゴロウザエモンさん、キバナを見たことないね。あのね、あたしの一番仲のいい竜でね、氷の息吹を吐けるんだけど、身体はとっても温かいんだよ。透明な鱗と白銀の毛並みがすっごく綺麗で、優しい美人さんなのね、でね、」
「…………うぬ。」
フルートの異常な勢いに、巨漢のゴロウザエモンが押されている。彼が周囲に視線で助けを求めているのは皆知っているが、救いの手は差し伸べられない。やがて、彼は諦めてさっさと酔い潰れてしまおうと、杯を空けるペースを上げていった。料理に手を伸ばすとき、ジュリに軽く頭を下げる。礼儀正しい人なのだろうとジュリは思いながら、軽く会釈し返す。
端の方で大人しく平和的な会話をしているのは、ヤヨイとヨナだった。ジュリの料理をぽつぽつつまみながら、若干言葉足らずな雰囲気で話している。
「ミナヅキは、私には優しいですから。別に、一緒にいるのは恩義とか、借りとか、そういった理由ではありませんよ。」
「そうか。けど、少し重荷だったりしないの? どう考えてもあれは寄りかかりすぎだと思うけど。」
お互い特に目を合わせない会話だな、とジュリは思う。けれど、その様子が逆に親しげに見えて、少しだけヤヨイを羨ましく感じた。
「いえ、決してそんなことは。彼が眠っていてくれないと、半魔である私は食料が足りず、自分が保てなくなります。最近は悪魔も自分の一部だと思えるようになったからだいぶ良くなりましたが。」
「そう思えなかったころは大変だった?」
「はい。私と悪魔は意志が独立していて、別の人格でしたから。今も少し違いますけど、ハイになる、といったところですし。前は、ミナヅキが眠っていないと悪魔が表に出てきて、私の意思に関係なく大暴れしていました。」
「へぇ、それが、ミナヅキの言ってた、悪魔に時間を売り渡すって奴だったってことか?」
「当時、彼が眠っていた時間の半分以上が抜け落ちているんです。彼の身体はその時間の存在を認識していないし、世界はその時間に気付いていない、と言いますか。」
「なんか、難しいな。」
「はい、とても難しいです。乗り越えるのも難しかったですよ。とても。でも、必ずしも辛いだけではなかったですから。」
ヤヨイは綺麗な笑顔で頷いた。頬がほんのり赤く染まっているから、若干酔っているのかもしれない。
なんとなく、その流れでジュリの視線はミナヅキを探す。けれど、見つからない。いったい何処にいるのだろうと、不思議に思っていると、背後から声を掛けられた。
「ジュリ、だっけ?」
「え、あ、はい。」
ミナヅキだった。面食らって、身を竦めた。息を呑む音が、彼に聞こえていなければいいと思う。気難しそうな少年は、気だるげにも見えた。
彼はジュリの動きをまるで気にした風もなく、舐め回すような視線で見定める。ジュリは居心地が悪くて、姿勢を変えた。けれど、ミナヅキの視線から逃れるのも失礼な気がして、せめてもの抵抗に睨み返してみたものの、ミナヅキは一切反応しなかった。そして、一言、ヨナに言い放つ。
「リーダーはこの娘のために革命起こすんだ?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
彼は、ヨナに向かって、そう言った。
まるで、ヨナがリーダーであるかのように。
室内の空気が凍る。
エリーは僅かに笑顔を引きつらせ、ハチスは苦い苦い苦笑。
フルートは酔いも吹き飛ばして真っ青になり、ゴロウザエモンは無表情をさらに硬くしていた。
ヤヨイはそっと隣のヨナの顔を窺っている。
「この娘から、リーダーの革命は始まったんだろ?」
追い打ちのようにもう一度。
悪意も、好意すらない言葉。
ミナヅキの言葉にあるのはただ、事実の確認だけ。
ヨナからの否定はない。
周囲からも否定はない。
ジュリも、なんとなく気付いてはいた。
ただ、できれば彼の口から聞きたかった。
わがままかもしれないし、勝手な幻想かもしれなくても。
彼からそう言ってくれたらいいと思っていた。
黙って立ち上がり、二階に上がる。
逃げるような早歩きはすぐに小走りになった。
ヨナがリーダーで良かった。
そして、どうしてよりにもよってヨナがリーダーなの?
相反する二つの感想が、ジュリをその場から逃げ出させた。
息が苦しくなって、頭がぐらぐらして、思考がまとまらない。
ヨナに名前を呼ばれたような気がした。
日常の崩れる音は、たぶんただの幻聴だろう。
きっと、もとからそんなものは、何処にもなかったのだ。
二人とも、存在しない平穏な日々似た別物を、後生大事に抱きしめていただけだろうから。