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嘘と革命  作者: 海猫鴎
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1.雨の日についた嘘


 君の名前は?

 本名でも、偽名でも、構わないけど。



 じゃあ…………ジュリ。うん、私の名はジュリ。



 言いぶりかして偽名だろう。それでも、答えてくれたことだけで充分嬉しかった。自分の声がいつになく明るかった。



 俺は…………、そうだな、ヨナ、かな。



 その言い方で、彼女には本名ではないことが分かったはずだろう。けれど、彼女はやたらと神妙な顔で頷いた。



 教えあった名はどちらも本名でも、真実でもない。

 所詮は、ただの虚偽であり、ただの嘘。

 では、この思いは、果たして本物になりえるのか。



 そんな小さな嘘。

 だけれど、その嘘を二人とも大事に大事に守っていた。

 その嘘が、二人の全ての始まりだったから。






 その晩は雨が降っていた。けっこうなどしゃ降りで、一応傘は差していたものの、ある程度濡れるのは仕方ないと諦めざるおえないくらいだった。


 まだ青年と言うよりは少年という年頃の彼が、少々物騒な界隈を一人で歩くのは危なっかしく見える。腰に剣を携えているが、細くあまり安心材料にはならない。実際は、彼は傭兵ギルドの秘蔵っ子であり、そうそうやられはしないのだが。


 雨が降ると雨音以外の騒音がかき消されるから、雨は嫌いではない。けれど、もう少し遠慮気味に降ってくれればいいのになんて、そんなどうでもいいことをつらつらと考えつつ、路地を進む。


 暗くてじめじめした路地にあまりにも不釣り合いな、見慣れない、奇妙な異物を発見したのはその時だ。


 紺の使用人服。

 色の薄く金髪にも見える茶色の髪。

 疲れたような焦げ茶の瞳。

 白く柔らかそうな肌は、泥に塗れても尚美しく。

 雨を吸い込んで重くなった服に身を埋め。

 彼女は、びちゃびちゃの石畳の上に座り込んでいた。

 年頃は少年と同じくらいで十代前半、といったところ。


 人の気配を感じたのか、億劫そうに顔をあげる。

 その表情がわけもなく儚い。

 触れたら壊れてしまいそうで。

 このまま放って置いても消えてしまいそうで。

 少年の吐き出す息でさえ、彼女を砕いてしまいそうで。

 蕩めく眠たげな眼に、意識が吸い込まれる。


 見惚れていたことを誤魔化すように、少年は口を開いた。


「雨、冷たくない?」


 彼女は一拍遅れて言葉を理解し、目をそらして言葉を探し、結局諦めて曖昧に首を傾げた。


「えっと…………、傘、いる?」


 再び時間をかけて、今度は返事があった。


「あ…………、ううん、大丈夫。少し、眠いだけだから。」


 繊細で透き通った姿とは対照的に柔らかな声だった。幽かに浮かべられた微笑が、日だまりのように温かい。

「ここは眠るのには、少し寒くて物騒じゃないかな。」


「でも、行くあてもないし。お屋敷では怖くて眠れないから。」


 大きな屋敷の使用人なのだろうか。

 怖くて眠れないというのはどういう意味だろう。


「貴族のご子息が夜な夜な部屋を訪ねてきて。必ずしも悪い人ってわけじゃないの。案外真面目だし…………。でも、いつの間にか、眠れなくなってて。なんだか、怖くて。」


 彼女はよく見れば、寒さに身体を小刻みに震わせている。本来、赤く美しいだろう唇は紫。呼吸は浅くか細い。


 彼女の言葉に何を感じたのだろう。

 彼女の表情から何を思ったのだろう。

 ただ、なにか熱をもったものが身体の中に生まれた。

 それが、少年を突き動かす。


 彼女の前に、手を差し出す。彼女は彼を見上げた。


「うちでよければ、屋根くらい貸せる。ホットミルクくらいなら出せるし、寝る場所も提供する。……どう、かな。」


 彼女はじっとその手を睨む。彼女が黙りこんでいる間も、雨はその華奢な身体の上に振り続けている。膝の上で拳を握り、深い呼吸を繰り返すのを眺め、やがて少年は手を引いた。


「失礼。余計なお世話だね。ええっと、傘だけ置いていこうか?」


 弾かれたように彼女は顔を上げた。


「あ、待って……、屋根、貸して欲しい、かも。ホットミルクも、迷惑じゃなければ、寝るところも。」


 彼はもう綺麗さっぱり諦めていて、その予想外の答えに咄嗟に対応できなかった。

 それを彼女は拒否と受け取ったのか、びくりと身をひき、綺麗な顔をくしゃくしゃにして呟く。


「…………ごめん、なさい。図々しい、ね。」


「いや、そうじゃない。」


 彼女はその続きを、首を竦めて待っていた。早く安心させようと口を開くが、上手い台詞が出てこない。やがて、黙って傘を突き出した。

 おずおずと傘に入る彼女の手を握る。遠慮しているのではなく、振り払われやしないかと不安で、ぎこちない動き。

 彼女は顔を上げ、ふわりと微笑み、しっかりと指を絡ませてきた。その勢いに押され、少年も強くその手を握る。


 その後、彼女はジュリと名乗り、彼はヨナと答えた。

 その日から、少女はジュリになり、少年はヨナになったのだ。

 




 結局その日、ジュリはホットミルクを飲んで、数時間ヨナの家の客間兼居間のソファで眠って街の朝靄の中に消えていった。

 時間の経過とともに、一夜の夢かと疑いもした。けれど、台所の二つのカップがそれを否定する。ぽつぽつと数は少なかったけれど交わした会話もはっきりと思い出せた。


 もやもやしながら仕事に出ると、組み手で先輩からいい一撃をもらった。幼い頃に今は壊滅してしまった有名な傭兵団に拾われたヨナは、普段は先輩達よりも優秀だから、逆に心配された。

 最近のヨナの仕事は街で採れた銀を盗賊の類から守りつつ輸送することだ。傭兵ギルドの長期の仕事を回されている。秘蔵っ子を目立たせないためなのか、比較的地味な仕事だ。それでも、仕事中や訓練の中で思いっきり剣を振り回しているうちに気分もだいぶ切り替わる。


 そうして一週間たった頃、ジュリは再び彼の前に現れた。今度は、ヨナの家の前にいた。眠そうな目を擦り、ぺたりと地べたに座り込んで。

 ヨナの帰宅に気付くと、ぱあっと顔を輝かせた。


 やがてジュリがヨナの家を訪れる頻度は二、三日に一度に落ち着いた。その頃には、ヨナは家の二階の倉庫代わりの空き部屋をあけ、鍵まで渡した。不用心だとは思ったが、毎回毎回外で彼女を待たせるよりはましだった。



あ、、、今日、雨降ってますね。


えー、一応かきあがってるんですが、全然推敲してないので、

どの程度の頻度であげられるな、と思っておりまする。

頑張りますんで、これからよろしくお願いしまっす!

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