「あんたでいいや、あたしと付き合ってみない?」その不誠実な告白は、恋を知るキッカケになっていた
「よかったねー、生徒会に入れて」
教室へと戻る途中、あたしは同じクラスであり、幼馴染である彼女の顔を見て口にした。
真面目なその子は、生徒会の演説に張り切れば、選挙の結果を知ってからというものはにかんだ笑みを見せている。
様子を窺っていた日や、協力したことを思い出すと、友達として手伝ってよかったと心底思った。
「ま、まぁ、私なら当然だけど?」
「そうだねぇ。胸張って言えるのは自信に繋がって良いことだし、何よりも、彼氏と一緒になれてよかったじゃん」
「ほんとにそう。彼氏と一緒になれて……──は、はぁ!? ち、違うし! あいつ、彼氏じゃないし!」
あっという間に顔を真っ赤にさせた幼馴染は、誰とは言っていないのに全力で否定してみせる。
彼女の頭の中に浮かんだのは、学年でも人気なほうである男子。見た目はチャラついているけど、好青年で成績優秀と少なからずモテている人物。
一年生時から生徒会役員。二年生となる今回も問題なく当選。定期考査も学年十位以内に入っている、そんな真面目な幼馴染は、確実に彼に惚れていては一年生の時からセットで目にすることも屡々あった。
からかいがいのある彼女だけど、大切な幼馴染を男に取られるのは癪に障る。
そんなことから口にした彼氏発言は、乙女の顔を見せられてしまっては複雑な心境となってしまい、難しい顔をしてしまう。
(青春してるなぁ)
未だにぶつぶつと否定する幼馴染の顔を見れば、頭の中でぼやいていた。
恋愛ってしたほうがいいのだろうか。人を好きになるとはどういった瞬間なのだろうか。高校生で付き合ってもどうせ別れるのに。と頭の中は好奇心に併せ、否定的な思いも混ざり合う。
恋は盲目。先のことを考えてしまうのは高校生らしくないかと、幼馴染の表情や仕草を近くで見ていれば、薄々感じてしまっていた。
昼休みに入れば、あたしは適当に学校内をほっつき歩くことに。
幼馴染とお昼ご飯を食べようとしたのに、かの好青年が生徒会で昼食を摂るからと、彼女を奪い去っていた。
ごめん、と幼馴染が謝ったのを振り返れば、小さくため息を零してしまう。
沈む気持ちに倣っては、たまには静かな場所で食べるのもいいのでは。そう暗い校舎裏へと足を運んでみると、先客が居ることに気付く。
「失礼します」
こんなところでぼっち飯する人、本当にいるんだ。そう物珍しさに男の隣に座って見せると、細めの身体はビクつかせ、怪訝な顔を露わにする。
幼馴染と似たような、真面目そうな人だった。どっかで見かけたこともあるような、そんな気がしつつも、あたしは気にせずお昼ご飯を食べることにした。
「……誰?」
「ん? あたし?」
「他に誰がいるんだよ」
「それもそっか」
ママが作ってくれた卵焼きを頬張っては答える。
出来立てではないのが悲しいが、冷めていても変わらない味に頬が緩み、高めに結っているツインテールが機嫌よく揺れている。
上履きの色は同じく赤色。同学年の生徒らしい。
「恋、したことある?」
「は?」
突然の質問だったか、変わらない表情のまま、彼は首を傾げていた。
こっちが悪い。そうわかっているので、軽い声音でもう一度訊く。
「恋、したことあるかって訊いてんの。君、彼氏いる?」
「彼女は──いや、彼氏はいないだろ」
引き攣った顔を見せる彼は、ありえないだろ、と身も引いていた。
それもそっか。今度は口ではなく頭の中で思えば訂正することに。
「あーごめんごめん。彼女彼女」
「……いない」
「じゃあ、失恋とかでもいいけど、恋したことはある?」
「恋に現を抜かすとでも?」
「どうして?」
「これでも風紀委員だぞ」
あー、そういことか。
どこかで見かけた顔は朝の正門を潜り抜けた際、校則チャックを行っていた男子生徒であった。
どうりで見知った顔である。人混みに紛れて回避することは何度もあったから。
風紀委員か。そう考えると、幼馴染の姿を思い出し、あたしは自然と口にしていた。
「あんたでいいや、あたしと付き合ってみない?」
「……は?」
怪訝そうな表情が一変、露骨に嫌な顔を見せてくる。
わかるけど。女の子からの告白なら、少しぐらい恥ずかしがってもいいでしょ。なんかショック。
「君は尻軽女か何かか?」
「全くもって違うし。これでも、恋したことはないから。ちょっとした興味本位」
「だからそういうことだろ。恋はしたことないけど、風紀を乱す行為を誰とでもしているということじゃないのか」
「偏見酷いな。パパ以外、男に触れる機会は一切ない人生でしたー」
「……君、通報してもいい?」
「そういう意味じゃないし! 実のパパだから! お父さん! やめてよ、変に噂になりそうだから」
変に捻じ曲げ、スマホまで取り出した彼に、人差し指を突き付けて物申した。
見た目はお洒落しているとして、中々にひどい誤解。これでも、道を外すような育て方されていないのに。
「なら、どうして僕なんだ」
「……ひとりでいるし、恋を知らない。直感的にも問題ないと思ったから。別にうちの高校、風紀委員であろうと恋愛は禁止されてないでしょ」
小さくため息を吐いたあと、思ったことをすらすらと口に出してみた。
恋人らしいことをすれば、恋を知れるだろうか。幼馴染のような青春を送れるのだろうか。
風紀委員ということもあり、大丈夫な人だろうと口にしたその告白。多少なりと、恥ずかしがったほうが良かったかと気にするも、告白した言葉を思い出す。
あんたでいいや。それは不誠実が過ぎないかと。
そう気づいたころには、彼からの返答が来てしまっていた。
「断固として断る」
人生で初めての告白は、あっけなく散っていた。
とはいえ、あたしは傷つくことはなければ、気にすることなく彼の隣でブロッコリーを頬張っていた。
翌日も彼は、校舎裏にてぼっち飯をしていた。
それは学校がある日は、毎日のように共に昼食を摂っていれば、幼馴染から一緒に食べようと誘われても断りを入れ、校舎裏へと向かっている。
彼と会えば、こちらに浴びせてくる口癖。
制服を着崩すな、スーカトの丈が短すぎる、その靴下の色はなんだ、黒い爪もアウトだ。
風紀委員として模範なる回答をされても、あたしは「はーい」と適当に返事をしては弁当箱を広げていた。
彼と居ることに躊躇いはなかった。
話すようなことはあまりなかったが、スマホへと視線を移すわけでもない。
静かに昼食を摂る、そんな仲にはなっていたような気がした。
そんなある日のこと。
昼休みの時間となり、彼よりも先んじて校舎裏に到着すると、三年生である男子生徒が後ろを付いてきていた。
嫌な予感しかしない。心の中だけで思うも、表情は笑顔を取り繕った。
「何ですか?」
「ん? なんだろうな」
意味不明な返しに、最悪、と一瞬だけ顔を歪ませてしまった。
もうそういうことじゃん、と。
「いやぁ、前から良い女の子がいるなぁって思っててさ。君、名前は?」
「すいません、今頭の中とっ散らかってて名前忘れちゃったんですよねー。見た目通りー、頭おバカちゃんでしてー」
「そうかそうか。別に名前はあとで教えてくれたらいいさ」
同じく笑顔を貼り付ける目の前の男は、口を動かしながら壁際へと追い込んでくる。
「あのさ、噂で聞いたけど、彼氏いないらしいじゃん」
「そうかもですねー」(なんで知ってんの? キモーい)
「じゃあ、俺と付き合ってくれよ。遊んでようが俺は気にしないぜ? むしろ、そっちのほうが嬉しいけどな」
「でも、先輩は三年生だし、受験で忙しいのではー?」(早くどっか行ってー)
「それくらい両立できるって」
壁を背に預けることになれば口元が引き攣ってしまう。
こいつの急所、蹴り上げてやろうか。でかい図体だけが取り柄のように見える目の前の男でも、涙ポロリで膝から崩れ落ちるでしょう。
しかし、男の手があたしの腕を掴めば、背筋が凍りつく。
ガチなやつだと顔が強張れば、助けを求めようか迷ってしまう。
ここで大声を出せば助けは来るはず。でも、学校で変に浮いてしまうことは避けたいし、幼馴染にも悪影響を及ぼすことになるのでは、そう頭を過ってしまえば躊躇った。
「おい、離せ」
どうしようかと迷っていると、男の腕を掴む人がいた。
ほぼ毎日のように、一緒にお昼ご飯を食べるようになっていた彼だった。
体格も一回り違えば、ひとつ上の学年である先輩。そんな男に対し物怖じせず、鋭い目つきを彼は突き付ける。
目を細めた男はあたしから視線を外せば、掴む手を離し、見下すように顎を突き上げていた。
「んだよ、いいところで」
「いいところでも何もない。男が女の子を怖がらせてどうする」
「ちょっとした遊びだろうが」
「遊び? 言っとくが、男として、風紀委員としても見逃さないぞ」
かっこいいこと言うじゃん。
そう感心していると、風紀委員という言葉を耳にし、厄介そうに顔を顰めた男が目に映る。
結構やいやい言われてる人なのだろう。見た感じや馴れ馴れしさから、わかることではあった。
「あんたの進学先に悪影響を及ぼしたら不味いだろ。仮にもこの高校に在籍しているのなら、それほどの勉学の積み重ねを行ってきたはずだ。親が悲しむぞ」
「邪魔しやがって……──…………あ? わーかってるって」
舌打ちがてら彼を睨みつけるも、男はスマホを手に取り通話をし始める。
スピーカーで取ったからか、女性の声が聞こえていた。クズ野郎め。
「ちょっと待て!」
電話しながらこの場を去ろうとしていた男を、彼は呼び止める。
向こうは嫌な顔を見せ、なんだと振り返れば──
「そもそも、ピアスは禁止だ! それにフードもアウト! 三年なら校則ぐらい守れ! お、おい、無視するな!」
次の彼の言葉には呆れるような顔を見せ、無視する形で男は去るのであった。
半ば、あの男と似たような気持ちだけど、あたしは笑ってしまった。ここにきて注意するのかと。
場が落ち着いたので、一息ついていた彼へと歩み寄ろうとすると……震える手が目に映る。
怖かったんだ。顔には出ていなかったけど、頑張ってくれていた。
「あんがと」
「……君のためじゃない」
「あっそ。でも、あんがとね」
彼の背中を叩き、顔を覗き込んで言ってみせる。
すると、頬赤らめる彼は顔を逸らしながら口にしていた。
男の子のツンデレ、初めて見たかも。
「どうしていつもいるんだ」
「嫌ならどっか行くけど」
「……そうは言ってないだろ」
雨の日ともなれば、校舎裏には出ることはできない。
そんなことから、校舎裏近くにある廊下へとふたりしてじかに座り、お昼ご飯を食べていた。
背にするは空き教室。ただし、鍵が開いているはずもなかった。
「さむー」
「スカートの裾、下ろせばいいだろ」
「もう、風紀委員はわかってないなー。そのブレザー貸すとかさ、あの時のように、男らしさ、見せてもいいんじゃないの」
「無理だ。僕も寒い」
ケチくさー。
というより、教室で食べればいい話ではあるけど。
「今更だけど、どうしてぼっち飯してんの」
「風紀委員だぞ。目を付けるたびに言えば、あまり近寄ってこないだろ」
「嫌われてんのね」
「どうなんだろうな。知り合い程度で話すことはあるけど、友達と呼べる人はいない。というより、立場上できることはほぼ無いに等しい」
淡々と彼は話していては、ひとりでいる分には楽だとも口にした。
だけど、ひとつ。訂正すべきことがあるのではと指摘する。
「あたし、いるけど」
「何が」
「一緒にお昼ご飯を食べる、友達」
「…………勝手に来てるだけだろ」
「うわー、そういうこと言うんだー。あんまモテないでしょ」
「大きなお世話だ」
ぶっきらぼうな表情を彼が見せると、あたしは小さく笑っていた。
そもそもの話、少しぐらい校則に関しての目を緩めてもいいのではないだろうか。ともなると、しつこくはなくなるし、少しばかり友達ができるのではと思ってしまう。
そういったことも口にしようとするのだが、彼は話題を自身から逸らし、あたしの話をする。
「そんなことより、いつになったら着崩した制服とかは校則内に戻るんだ」
「んー……私の頬にキスでもしたら、ちゃんとするかもね。まぁ、できないから直ることはないかなー」
冗談っぽく言ってみせた。
とはいえ、言葉通りする勇気は流石にないだろう。だって、彼は規則に厳しい堅物みたいな存在なのだから。
話していると、お昼ご飯を食べ損ねてしまう。そうプチトマトを食べようとすれば、あたしの肩に手を置かれてしまう。
「え?」
「言ったな?」
思わず声に漏らしてしまえば、彼の顔が目の前に。
あからさまに顔つきが変わっていれば、動揺してしまう。心臓の鼓動が激しく脈打つ。
(え、まじでするつもり……?)
顔を背けようとするも、状況が変わるわけがない。弁当箱とお箸によって両手が塞がっている状態。
いや、冗談でしょ。そう思いたいけど、彼が様子を見るかのように近づいてくれば、まだ信じない。
冗談、冗談、冗談だって冗談……──っ!!
「わ、わ、わかった、わかったから……! それは無しで……!」
顔を伏せる形で止めることになれば、敗北を認めていた。
寒いはずの気温の中、顔に熱を帯びてしまえば、お箸を持つ手でぱたぱたと冷ますように仰ぐ。
初めての感情に、あたしは狼狽えてしまった。
そんなこともあり、次の学校は月曜日。
律儀に約束を守るのは、少し勝ち誇った顔をした彼が、期待しているような口調で待っていると言ったから。
髪は下ろしてみて、ネイルはクリア。制服は着崩さず、スカートの丈は元の膝丈まで。靴下もハイカットの紺色を履き、弾くように手を離す。
メイクに関しては譲らないけど、指摘されることはなかった。
何なら、理解を示されている。大人になれば、メイクをできないといけないだろうと。
誰目線? そう問うていたころを思い出しながら、スクールバックを持ってはパパとママにいってきますと言い、家を出る。
いつもより歩幅は大きく、軽快に歩いていく。
同じ学校の生徒を見かけるようになれば、いつもより視線が集まっているような気がしている。
それほど、今送る学校生活に浮足立っているということ。高まる気持ちは顔だけでなく、全体で表しているような感じ。
正門を潜り抜ければ、風紀委員の腕章をつけている彼が目に留まる。
挨拶がてら、生徒の身だしなみチェックを行っていた。
「おはよっ」
こそこそとバレないよう近づけば、彼の袖を引き、振り向いた際に上目遣いになって挨拶する。
後ろから声を掛けられたことに驚いたのか。というよりは、こちらを見入っては、
「はよぅ……」
視線を逸らし、覇気のない挨拶を返してきた。
「何? 照れてんの?」
「違う。校則通りにしてきたのかと思っただけだ」
「ふーん」
彼の顔をじーっと見ては、あたしの口角は上がっていた。
絶対照れてるでしょ。ていうか、今の格好が好みなんだ。
「あ、その爪、なんか光ってるぞ」
誤魔化そうとしたのだろう。偶然視界に入ったネイルを見ては、彼は指摘し、赤らめていた顔はあっという間に真面目モードへと切り替わっていた。
「ラメぐらいいいでしょ。ネイルの色は目立ってないし」
「良くはない。それにそのスクールバックはなんだ。ガチャガチャしすぎだ、少し減らせ」
「はいはーい」
これ以上、ああだこうだ言われる前に、あたしは逃げるように下駄箱へと向かっていた。
上履きへと履き替えれば、機嫌よく階段を上る。教室へとたどり着けば、驚く幼馴染と挨拶を交わし、予冷が鳴るまで会話することに。
そんな時、機嫌よさそうだね、と少し不満そうな顔を見せる幼馴染には、誤魔化すことはなく頷いた。
そう、これが恋をする気持ちなのだと、あたしは初めて知った。
お読みいただき、ありがとうございました。




