この作品は剽窃である。
この作品は剽窃である。
倫理上許されない行為であることは理解している。
ただ、もしこの物語に身に覚えがある方がいれば是非私にご連絡頂きたい。
純粋な好奇心だ。
経緯を簡単に説明しておこう。
私は昨日、”Liminal Space”というものを初めて知った。
いや、初めてというと語弊がある。
より正確に言えば2026年4月15日木曜日の20時13分、Liminal Spaceとは何かを生成AIに尋ねた。
生成AIはインターネット上に存在する情報をHPを添付したうえで説明した。
説明は以下の通りだった。
Liminal Space (リミナル・スペース)は、「移行の途中にある空間」のこと。
語源はラテン語のLimen (敷居)。つまり「境界・しきい」の意味…
Liminal Spaceの画像を見たときにノスタルジーを感じやすいことなどの心理的背景などの説明が続く。
その途中で気になる記述があった。
体験者によると、Liminal Spaceへの移行は没頭しているときに生じやすく…
他の情報と同じような温度感。
しかし、それは現実的にありえないことだった。
『Liminal Spaceへの移行』
Liminal Spaceというのは創作上の空間ではないのか?
実際に足を踏み入れた人物が存在する?
様々な疑問が頭を渦巻く中、私はそのHPをクリックした。
どこにでもあるような個人が運営するHP。
書かれていた記事は一本のみ。
その一本を公開させていただく。
連絡先が一切記載されていなかったため、許可を得ることができなかった。
それを踏まえたうえで目を通してもらいたい。
ある友人の話です。
幼いころ彼女は神童と呼ばれていました。
これは彼女が神童と呼ばれる以前と以後を分ける『移行』のお話です。
なるべく簡潔に説明できればと思います。
人と話せないんじゃなくって話さないだけ。
そう言い訳をしながら小学校に通う9歳の頃。
彼女は俗にいう人見知りな性格でした。
学校に来てから帰るまで、誰かと話すことはありません。
それが普通だし、その生活を楽しいものだと自分に言い聞かせていました。
当時の趣味は算数。
授業中だけでなく、休み時間や昼休み、そして家に帰ってもずっと算数の問題を解いていました。
なぜ彼女がそこまで算数に執着したかについて、ここで説明しておきます。
彼女が好きだったのが計算に没頭している瞬間。
ほら、何かに没頭するときって周囲の雑音や存在を忘れさせてくれるじゃないですか。
その時間や空間こそ、彼女が求めていたものでした。
7月中旬でした。
住んでいた地域が田舎だったということもあり、下校中は計算ドリルを見ながら帰っていました。
頭の中で計算式を組み立てることで、帰宅途中でもあの空間に入ろうとしていたのです。
夏のうだるような暑さ。
けたたましいセミの声。
肌にまとわりつく湿った空気。
この世界から自分が分離していくような感覚を覚えました。
ダイアルを回すように徐々にノイズが小さくなっていく。
ある瞬間、彼女は気づきました。
外部のノイズが完全に消えていることに。
今まで限りなくゼロになることはあっても、完全にゼロになることはありませんでした。
違和感を覚えて彼女は計算ドリルから顔を上げる。
そこはいつもの帰り道でした。
しかし1つだけ異なる点がありました。
どこまで遠くを見ても、自分の家が見えなかったのです。
彼女が登下校する道は基本的に一本道。
そして一面開けた田園が視界に広がっていました。
家から学校まではそれほど遠くなく、15分もあれば帰りつけるような距離でした。
今は学校から出て12分程度。
それなのに一向に自分の家が見えない。
セミの声や夏の暑さを全く感じない、不思議な空間でした。
こういうとき、人間の脳は現実を許容可能な範囲に近づけるよう修正するメカニズムがあるようです。
全く自分の家が見えないのは、いつもより歩くのが遅いから。
あと10分もすればいつも通り自宅が見えてくるはず。
そう思いながら歩き続けました。
20分経過しました。
視界に入ってくるのはずっと変わらない田園風景。
少しずつ、現実との乖離を感じ始めていました。
1時間経過しました。
更なる違和感に気づきました。
太陽が全く動いていないのです。
一定の角度を保ったまま、それは静止していました。
2時間経過しました。
来た道を振り返りました。
どこまでも続く道でした。
全く喉が渇かないことに疑問を感じつつ、地面に視線を落としました。
なるべく平らな石を3つ見つけ、地面の真ん中に石を3段並べました。
その後は何度か振り返りながら、その石積みが消えていないか確認しました。
20メートルもすれば彼女の視力でもそれは見えなくなります。
そのため、少し元に戻って石積みを確認しに戻ります。
残っていました。
彼女は100歩単位で確認しに戻りました。
500歩進んでまた戻るということをする頃には、この空間は一本の長い道であるということを理解するようになりました。
自分以外の存在のない、私だけのために存在する世界。
彼女にとって完璧な空間でした。
やっと時間を気にせずに問題を解くことができる。
地面に腰を下ろし、左手に持っていた計算ドリルを開きました。
計算ドリルを地面に置き、鉛筆をランドセルの中から取り出しました。
そして計算を始めました。
夏休みの宿題として指定されている範囲だけでなく、最後の問題まで彼女は解き続けました。
少なくとも3時間以上は道路の真ん中で座っていました。
問題を解き終え、彼女は視線を上げました。
それとセミの声が戻ってきたのはほぼ同時。
十数メートル先には、彼女の自宅がありました。
自宅に入りました。
リビングにある時計で現在時刻を確認しました。
16時18分。
ほとんどいつも通りの時間でした。
自分の部屋に戻り、ランドセルを置いて計算ドリルを取り出します。
そこには確かに、最後まで計算式が書かれていました。
学校を出てから家に帰りつくまでの15分程度で絶対に終わらせることのできない量でした。
じゃああの時間は何だったのか。
どうすればあの空間に戻ることができるのか。
その日の夜はそれだけを考え続けました。
そして出した結論が、没頭すること。
外部の存在を完全に消すことができれば、自分だけの空間に入ることができるのではないか、と考えたのです。
その日以降、算数の問題を解き続けました。
彼女にとって計算することは、あの空間に戻るための手段の一つだったのです。
それが彼女にとっての『移行』でした。
神童と言われ始めたのは、夏休みが終わった9月の話です。
割愛させてもらいますが、彼女のそれ以前も神童としての片鱗があったという捏造をされた、ということは付け加えておきましょう。
それ以前、彼女は間違いなく人見知りな普通の女の子でした。
7月中旬のあの日のあの時間、あの空間が彼女を神童に変えたのです。
さて、彼女はあの空間に戻ることはできたのでしょうか。
結果から言うと、戻ることはできませんでした。
いえ、『できませんでした』と結論づけるのは時期尚早かもしれません。
彼女はまだ、あの空間に戻るためにずっと数学の問題を解き続けていますので。
ところで、皆さんはLiminal Spaceをご存知でしょうか。
私はつい最近知ったのですが、2019年以降に海外の掲示板にアップされた写真がきっかけでブームになったようですね。
Wikipediaでは変化や移行の場所や状態であり、人の気配が全くしない不気味さや郷愁を引き起こす特徴がある、と書かれていました。
いくつかの点について齟齬がありますが、彼女が小学三年の7月上旬のあの空間は典型的なLiminal Spaceだったのではないでしょうか。
少なくとも彼女がそれを経験したのは2019年から15年以上前。
Liminal Spaceというインターネット美学が普及するよりもずっと前のことです。
もしあの空間が現実だったら。
もし没頭することがLiminal Spaceに入る方法の一つであれば。
そういうことを考えずにはいられません。
私の考えをまとめるきっかけになればと思い、HPを制作したうえで文章を書いていますが、そろそろ別のことをしないといけないのでここまでにします。
数学の問題を解かないといけないので。
ここで記事は終わっている。
友人の話という体で彼女自身が経験したことを記述しているということはほぼ間違いない。
それなら彼女は本当にLiminal Spaceを経験したのだろうか。
現在も数学の問題を解き続けているのであれば、少なくとも20年以上にわたってLiminal Spaceに執着し続けているということになる。
彼女を駆り立てるほどの空間とはいったいどのようなものなのだろうか。
夏のうだる暑さ。
けたたましいセミの声。
肌にまとわりつく湿った空気。
それが一瞬で消える現実離れした空間に対する好奇心は尽きない。
最後に『没頭』という単語に関する説明でこの話を終わらせよう。
没頭というのは英語の形容詞でEnthusiasticという。
ラテン語ではEntheosというらしい。
『神が内側にいる』状態のことを指すようだ。
もしLiminal Spaceと関係があるのであれば、その空間こそ現世に最も近い天国なのかもしれない。
もしHPの製作者様がいれば以下のアドレスまでご連絡をお願いいたします。
E-mail: …
特別なあなたへ。
ご覧いただきありがとうございます。
リアクションや感想、本当に嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
夏野恵




