5-1.再火曜日
今日は、水瀬君と夜に遭遇して以来の昼食です。
私たちは、この間と同様にカレーを食べています。
意外にも彼は、先日の夜に会ったことを話題には出しませんでした。
まあ、元々会話というより彼が一人で話しているのですが。とはいえ、そうなるといよいよ私から振る話題もなく、黙って咀嚼に励んでいると、いつのまにか食べ終えていたらしい水瀬君と目が合いました。
「なんですか?」
「東って、口こうキュッてなってんのな」
そう言って、彼は自分の口元を真似してみせます。なんだか馬鹿にされたような気がして、ムッとしました。
「人の顔、ジロジロ見るのやめてくれます?」
「あ、悪い。いやさ、見た目が賢そうなのって、口元がキリッとしてるのも理由の一つなのかなーって思ってさ」
「別に、これは癖です。そんな良いものじゃないです」
口を結ぶ癖。これは、私の昔からの癖でした。ふと、父と母に言われた言葉を思い出します。
『理央、女の子なんだから、そんなにムッとしてちゃダメだ。もっとニコニコしないと。お母さんみたいに』
『そうよ、それじゃあ怒ってるみたいだわ』
あれから残念ながら癖は治らなかったようですが、なるほど、物は言いようというやつでしょうか。変な意味じゃなかったのに、一触即発でムッとしてしまって、彼に悪いことをしました。
しかし水瀬君はまったく気にしていない様子で、自分の頬をぐにぐにとつまんでいます。
「俺、よくヘラヘラしてるって言われるからさ。そういう表情のクールさも見習おうと思って。どう?」
「言った側から口元が緩んでますが」
「あ、マジ? ちょっと待って。今キリッとするわ」
真顔で水瀬君を見据えると、確かにキリッとした表情をしています。
そのまま無言で見つめ返すと、水瀬君は耐えきれなくなったのか、吹き出しました。
「もーなんだよ、笑わせんなよ東! あーもー喉乾くなぁ」
「いや、私何もしてないです。というか、君の飲んでる水、それ私のなんですけど」
「あははは! 本当じゃん! マジゴメン!」
「⋯⋯君、一人で本当楽しそうですね」
水瀬君は、箸が転がってもおかしいかのように笑います。
ため息混じりにそう返したつもりだったのに、何だか彼に釣られて、私まで軽く笑ってしまいました。自分だって笑っているじゃないか、と指摘されては面目が立ちません。咳払いをして取り繕い、誤魔化すように辺りを見回すと、またしても女生徒――サッカー部のマネージャーと目が合いました。
またすぐに逸らされると思いきや、意外にも彼女は私に軽く会釈をしました。私も返します。すると、珍しく水瀬君もそれに気づいたらしく、彼女にひらりと手を振ると、彼女は満足したのかサッカー部の集団へと視線を戻しました。
「あの子、サッカー部のマネージャーですよね。君に何か用事だったんじゃないですか?」
「ああ、愛華ね。多分、俺が珍しく木竜と一緒にいないから、気になってるだけで用事はないよ」
「そうなんですか」
「俺たち、幼馴染なんだよ。木竜と三人で」
なぜか、水瀬君の声のトーンが少し下がりました。少女漫画に出てくるような関係性に、わずかな胸焼けを覚えます。すると彼は、さらに声を潜めて言いました。
「⋯⋯ここだけの話さ、木竜と愛華、付き合ってんだぜ?」
ここだけの話なのに、話して良いのでしょうか。というか、ますます少女漫画っぽいというか。いかにもな関係性に、薄ら寒さと、道端の小石を蹴飛ばしたくなるような気持ちになります。
「あいつら、お似合いだよなー⋯⋯」
「君、マネージャーの事が好きだったんですか?」
「恋愛感情でって事?」
「はい」
「んー、俺さ、面白いタイプが好きなんだよね。あんまいないけど。愛華は良いヤツだけど、面白いとはまた違うし、どっちかって言うと妹みたいな、守らなきゃって感じかな」
「じゃあ木竜君を取られた気分なんですか?」
「そういう訳でもないけどさー。木竜は頼りになるし、兄貴みたいっていうか。⋯⋯いや俺、そう思っちゃってるのかも」
はぁ、とため息を吐いて、水瀬君はそのままテーブルに顔を伏せました。
向けられた後頭部からは、拗ねたような、けれどどこか寂しげな雰囲気が漂っています。
幼馴染グループから弾かれたのが、寂しいのでしょうか。
彼の本心はわかりませんし、私に幼馴染はいません。けれどその呟きはいつかの自分と重なるようでした。
なんとなく水瀬君に顔を上げて欲しくて、名前を呼ぼうとした時でした。
「水瀬ー英和辞典かーしーてー」
サッカー部員であろう男子生徒がやって来ます。
「んー⋯⋯勝手に取ってって良いぜー」
「どこに置いてあるかわかんねーもん、一緒に教室行こうぜーなー?」
男子生徒は、机に突っ伏している水瀬君の両肩を掴みます。戯れるように揺さぶると、水瀬君は観念したように顔を勢いよく上げました。
「あーもーうるせえなー! わかったって」
「ほらさっさと立ちなさい!」
「ったく何サマだよ? じゃあ東⋯⋯」
返事の代わりに会釈をすると、水瀬君は男子生徒に肩を組まれながら、いつも通りの調子でランチルームを去って行きました。
その後ろ姿を見送りながら、私は止まっていた食事を再開します。
⋯⋯先ほど、ほんのり水瀬君に芽生えかけたシンパシーのような気持ちが、綺麗に消えたのを感じたのでした。




