2-3.帰宅
夕飯を食べ終え、私はノエルの散歩に出かけました。母の会社が用意してくれた借家は庭付きの一軒家で、柴犬のノエルが走り回れる広さです。
「散歩に行かなくても庭で遊べば十分じゃない?」と母は言いましたが、ノエルに家以外にも世界があることを知っていてほしくて、毎夜散歩に出かけます。完全な自己満足です。でもノエルも、どことなく嬉しそうでした。
散歩ルートは、中学校の校庭の横を通ります。本当は通りたくない道なのですが校庭の電灯や外灯が明るく、この道が一番安全なのです。
遅くまで練習している部活もたまにあるらしく、鉢合わせする前に足早に通り過ぎたい所です。しかしノエルは学校が気になるのか、左に折れると校門に出る道で、いつも足を止めます。
「あのさ、行かないよ、そっちは。生徒と会ったら嫌だし」
グイッとリードを軽く引っ張りますが、動く気はないようです。ノエルは道の向こうにある学校に向かって、切なげに鼻を鳴らしました。そんなことをされると、謎の罪悪感に苛まれます。
「⋯⋯友達でもいれば行ってもよかったんだけどね」
ため息混じりに口にすると、別にそういう相手が欲しい訳ではないのに、やけに惨めでした。
草で覆われたフェンスの向こうには、校舎が見えます。
私の通っている中学は、母の母校でもありました。
母曰く、中学生の頃の母は大変モテて、華やかな学生生活だったそうです。自称の過去の信憑性はどうあれ、母の社交性やルックスから鑑みるに、おそらくそれは本当でしょう。
父の学生時代の話はあまり聞いたことがありませんが、早く社会に出たくて就職したため、自分より学歴が上の連中を越すのに相当苦労したそうです。けれど、その実直で泥臭く仕事に打ち込む姿に惚れた女性社員は多く、勝ち抜くのが大変だったと母が言うと、父は苦笑いしていた記憶があります。
(それを思うと私は、世間的にも魅力的な二人の子どもなのに、どこの良い点も似なかったな)
(もし私が二人の良いところを少しでも有していたなら、ノエルの好きな散歩道くらい、いくらでも選ばせてあげられただろうに)
でも、このように自分を形作って自我を持った以上、今さら違う自分になりたかったなんて情けないこと、思う気ははありません。
けれど二人の枠を継いで生まれたんだから、本当ならもうちょっと上手くやれた気がしないでもないのです。
そう思うと少し申し訳ない気持ちになりました。
でも、多分、いや。絶対。
(学力だけは、私の方が二人より上だ)
ワンッとノエルが吠えて、物思いにふけっていた思考が戻ってきます。
ノエルは私を心配そうに見つめていました。しゃがんで目線を合わせます。
「見ててノエル。私、もっと勉強頑張って、大人になったら社会的に認められて、有能なお金稼ぐ人間になる。そしてノエルを世界一のセレブ犬に⋯⋯て言うとバカみたいだけど、とにかく、私が今より良い景色見せてあげるから。期待してて」
そう言うと、ノエルは返事みたいに顔を舐めてきて。
「ぅぐっ」
次の瞬間、ゴンッと頭突きをされました。




