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ペーパームーンニューライト  作者: 一七


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4/20

2-1.帰宅


 長かった一日も終わり、帰路に着きました。


 家に着いたら出迎えてくれるのは、相棒かつ兄弟の柴犬のノエルです。ノエルをひとしきり撫でまわし、簡単に部屋の掃除をして洗濯機をまわします。そうしてご飯を炊きつつ、勉強をしながら母の帰りを待つのが私の日課なのです。


「ただいまーごめんね理央、遅くなって! 急いでご飯の支度するわ」


 母が慌ただしく帰って来たのでノエルと共に出迎えると、買い物袋を渡されました。中には美味しそうな限定のお菓子が入っていました。


「ごめんね、いっつもご飯遅くなっちゃって」


「いや全然遅くないし大丈夫」


 テレビを見ながら母と二人でご飯を食べます。母は料理関連の家事を、私はそれ以外の家事の余りを終えると大体19時を過ぎます。


「晩御飯のしたくとかお弁当の用意とか洗い物も、たまになら私やるけど」


 急いで作ってくれた母お手製の生姜焼きを食べながら、ダメ元で提案してみます。母はやはり溜息をついて箸を置きました。


「あのね理央。料理は、ママがあなたのことを大切に思ってる証拠なの。色々手伝って貰ってるけど、これだけは譲れないわ。火曜日だって本当はとても申し訳なく思ってるのよ」


「でも、パン持ってきたりしてる子もわりといるし、少しくらい全然大丈夫っていうか⋯⋯」


「いやだわ。そういう、ちゃんとしてない家の子と同じで良いなんて思わないでよ」


 ⋯⋯別に、たかが弁当云々でちゃんとしてるもしてないも測れないと思います。だって人それぞれ事情が違えば考え方だって異なるのが当然でしょう。

 勉強ができて先進的な価値観を持つはずの母が、手作り弁当や自炊料理にだけやけに固執する姿は、この田舎の因習から逃れられていないようで歪でした。

 でも忙しい中で示してくれる愛情を無碍には出来ず、話題を変えることにしました。


「そういえばお父さん、生姜焼き、好物なのにしばらく食べられなくて可哀想だね」


「本当よ! 日本に戻ってきたら、一番に食べさせてあげなきゃだわ! なんたってこの料理でパパの事落としたようなもんだからね」


「⋯⋯ハハ、また言ってる」


 得意げに話す母とは対照的に、私の笑いは幾分乾いたものでした。母のこういう話を聞くたびに、最近の私は反応に困ってしまいます。せっかくの温かい食事が喉に引っかかってうまく飲み込めません。

 いえ、ここに引っ越してくるまでは、年甲斐もなく惚気る両親に呆れと、むしろ誇らしさすら感じていました。


『親もアレだしね』


 昼に女バス達が囁いていたことの意味。アレとは、弁当やランチルームの件だけを指していた訳でも、いい歳して惚気る母が他人から見てバカみたいに見えたとか、そういった穏やかな理由ではないのです。


 そもそもの転校は、父が海外赴任の間に、母の出向が重なったことから始まりました。

 事業進出の為の営業所新設と市場調査⋯⋯詳しいことはわかりませんが、そのような理由からこの田舎の出身である母に白羽の矢が立ったそうです。キャリアを目指す母に断る理由はありませんでした。母は大学を卒業して以来、地元にはほとんど戻らず、ずっと都会で暮らしていました。

母の両親、つまり私にとっての祖父母が幼い頃に亡くなってしまったこともあり、余計に戻る理由がなかったのかもしれません。

 ここでは、この地を一度も離れることなく、そのまま一生を過ごす人も少なくないそうです。そのため、同級生同士で所帯を持つ人たちも珍しくないそうです。


 そんなわけで母は地元の同級生たちとは、とうの昔に付き合いは途切れていました。

 しかし田舎の特徴なのか、はたまたここが特殊なのかはわかりませんが、ここでは「人の噂も七十五日」という諺はまったく通用しません。昔のおもしろおかしい噂に寿命はなく、いつまでも息絶えることのない、まるでゾンビのように、何度も何度も復活しては関係のない人々にまで語り継がれるのです。


 母は高校3年生の頃、婚約者のいる年上の男性と付き合っていたそうです。


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