8-1.暗雲
その日の夜、家で母と晩御飯を食べていた時のことです。
「理央、最近なんだか楽しそうね?」
「そう?」
何となく濁してみましたが、正直、心当たりはありました。私にしては唯一よく会話をする人⋯⋯水瀬君の存在です。ちなみに彼の下の名前は悠也で、最近彼から直接教えてもらいました。
でも、ニヤニヤしながら聞いてくる母に、若干嫌な予感を覚えます。
「もしかして、好きな人でも出来た?!」
予感はあっさり的中しました。母はいつもそう言う方向に話を結びつけます。自分の学生時代が恋愛の浮ついた話で持ちきりだったから、私のことも同一視したいのでしょう。
ですが、水瀬君との日常を思い出すと、男女と言うだけでそう一括りにされるのは、どうにも納得ができません。
せっかく自分の好きなものだけで揃えた宝箱の中身を、悪意のない善意で、世間では人気でも自分は好きじゃないものに無理矢理入れ替えられたような、そんな気分です。
(悪意が無ければ、なにを言ってもいい、ってことてでもないんだな)
気づかれないように溜息をつき、違うと否定します。母は心底不思議そうな顔をしました。
「えー、じゃあ何? 学生の一番の楽しみって言ったら、それでしょ?」
「⋯⋯それは人それぞれじゃない? 出来たのは⋯⋯」
友達だよ。
そう、言おうとして躊躇ってしまいます。言葉は時に残酷です。
言葉は、曖昧なものを形づくってしまいます。でもそれが違っていたとき、言葉にしなかった場合よりも、いっそう惨めになる気がするのです。
だから、その一言は私にとって気軽ではありませんでした。
(そもそも友達だと思っているのも、実は私だけかもしれない)
もしかしたら私のことなんて、いつかの木竜君が言っていたように、美月先生に良く思われたいがための点数稼ぎでしかなく、楽しそうに見えたのも、全部気のせいかもしれません。
もしそうだとしたら、この日々を悪くないと思ってる私は、底抜けに滑稽で、情けなくて、バカそのものです。
そんな痛い人間になるのだけは、なにがあっても御免でした。
(⋯⋯いや、違う。そもそも)
(仮に万が一、彼にそういう思惑があったとしても、私は傷つかない)
(だってそんなの、「ああ所詮この程度の人間だったか」って見下せば、それで済む話だ)
ーーーそうして忘れてしまえば、最初からなかったことと同じです。傷ついたりするわけありません。
母は、箸を止めて黙ってしまった私を怒ったと思ったのか、とりなすようにノエルを呼びました。
「なーに怒ってんでしょうねーお姉ちゃんはー。ねーノエルー?」
「別に、怒ってないよ」
ただ少し虚しくなっただけのことです。
母は、これから帰りが遅くなるかもしれないと告げました。
「頼りにしてた担当の子が辞めちゃってね~次の子が慣れるまで仕事が減らなくて」
ほら、前に理央にも話した事あるじゃない? と聞いていないのに、忙しくなった理由を並べます。
『聞きたいことがあるなら、なんでも聞いていいのよ。何を聞かれても答えられるから』
そう、暗に言われてるような気がして、逆にそれ以上、何も聞けませんでした。
そもそも何も疑問に思うこと等、ないはずなので、当然と言えば当然ですが。
「そっか。家の事は任せて。仕事、無理しないで」
「ありがとうー! 理央にはなるべく迷惑かけないようにするわね。あなたを産んでホントに良かったわ」
そう言って母は私にハグをします。母は、中学生の私でも良いと思うような香水の香りがしました。
私は昔からスキンシップが苦手でした。相手が家族であっても、どこまで返して良いものか塩梅が難しいのです。
だから今回もうまく抱きしめ返す事ができませんでした。
⋯⋯本当にそう言う理由で、抱きしめ返せなかったんだと思います。




