6-2.再散歩
「え」
途切れていた会話が続いてた事に驚いたのだけではありません。
「⋯⋯君みたいな陽キャ、いえ、人気者でもそんな事で傷つくんですね」
口に出した後で、失礼な発言だったもしれないと思いました。
ですが、それほどに意外だったのです。
そういうものは、いわば「有名税」のようなもので、陽キャ側もそのように捉えてるとばかり思っていました。
「そりゃまあ人並みに? つーか東は俺のことなんだと思ってんの?」
水瀬君が立ち上がります。彼はサッカーゴールを見つめていました。
「試合してると、どうしてもゴール外したり、失敗することってあるだろ。でもさ、そういうのって別に、陰で何か言われてるの聞いたことなくて」
言葉を一旦切った水瀬君を、ノエルが不思議そうに見上げます。
「でも俺だと調子に乗ってるとか⋯⋯思われちゃうみたいでさ」
「それは、君の聞き間違いとか、勘違いの類ではないのですか」
水瀬君は、ゆっくりと首を横に振りました。
「試合の帰りにさ、聞こえちゃったんだ。部室の外に俺がいたの、気づかなかったんだろうな」
「⋯⋯そうでしたか」
「俺がエースなのに試合で情けなかったのは事実だから、言われるのは仕方ないよ。だって、そういうもんだろ?」
そういうもん、なんでしょうか。
正直、私にはよくわかりませんでした。でも嘘も言いたくないので同意できないでいると、彼は眉を下げて小さく笑います。
「でも、実際に聞いちゃうと、俺が友達だ、仲間だって思ってたのは全部独りよがりだったんだなって。⋯⋯本当に困った時に助けてくれるヤツなんて、実はいないんじゃねーかな、って思っちゃったんだよなー⋯⋯」
水瀬君の独り言のような言葉が、夜に溶けて消えて行きます。それは決して暗い口調ではないのに、とても寂しげに聞こえました。
「⋯⋯ま! だからこうやってコソコソ練習して見返してやろうと思ってるわけだけど!」
気持ちを切り替えるようにそう言って彼は胸を張りました。強がってるのか心からそう思ってるのか、彼の横顔からはわかりません。
そうだよなー? と水瀬君がノエルに同意を求めてしゃがむと、ノエルは彼の顔をぺろぺろと舐めました。
「うわっ、何だよ、ハハッ、やめろって!」
「ノエルは落ち込んでる人をそうやって慰めるんですよ」
「えー? 別に、俺は⋯⋯」
「君は、客観的に見て偉い人だと思いますよ」
「どういう意味?」
「そのままの意味です。君は君に出来る限りのことをしてると思います」
私がそう言うと、水瀬君は目を伏せました。
「それ、なんかイヤだな。俺の出来ることなんてもう無いって言われてるみたい」
「そんなつもりはなかったんですけど⋯⋯そう聞こえましたか」
「⋯⋯いや。悪い、俺が感じ悪かったな。東がそんなこと言うわけないのにな」
水瀬君らしくない物言いに、彼自身も戸惑ってるようでした。
いえ、この表現は正確ではありません。だって、らしく、と言えるほど、私は彼のことを知らないのです。
「君は『そんな事言う訳ない』と言えるほど、私のことを知らないと思います」
「ゴメン。知ったかぶりした」
「違います、怒ってはいません。私も、君のことはまだわかりません。ただ――君の陰口を叩いた側の気持ちなら、多少はわかります」
「東まで、そんなに嫌うなよ」
“まで”、だなんて。私とは比べ物にならないほど人望と羨望を集めている君が、どうしてそんなにも寂しげな目をするのでしょう。
「私は君を嫌うほど、君のことを知りません。それと、陰口を言った人たちも、別に嫌っているわけではないと思います」
少しだけ考えてから、続けます。
「やっかみ、妬み、嫉妬……言い方はいろいろありますが、その類でしょう」
「俺、サッカー以外全然だぜ? 勉強嫌いで赤点ばっかだし」
「勉強も少しはすべきだと思いますけど。それを差し引いても、羨ましいんじゃないんですか。人気者で、こうやって陰口を叩かれても腐らない君が」
「隣の芝生は青い」と言う言葉を、水瀬君も私も知っています。
けれど、ただ知っていることと、身をもって実感することの間には、天と地ほどの差があるものなのだと、私は改めて思いました。
彼の苦しみは、それすら青春を彩る一部だと、外野の私は思っていました。
けれど目の前で苦しみ悩む姿を見て初めて気づきました。
どんな人気者であろうと、心無い言葉には傷つくし、光輝く場には、その場相応の悩みや、抱える痛みがあること。
そして、それに耐える辛さに、陽キャも隠キャもないのかもしれない、とそう思ったのです。
「私もやっかむ方なので、捻くれた性格の人の考えは多少わかるんです。なので、あまり気にする事ないと思いますよ?」
「東、頭良いのに、やっかむことあんの?」
「なんで恨む内容が学力限定なんですか。ありますよ、人間ですからね。むしろ、やっかみを抱かない人間の方が、私から言わせればどこか真剣味がなくて薄っぺらい気がしますけどね」
君は性善説を夢見すぎなんじゃないですか、と言うと、水瀬君は聞いているのかいないのか、ぽかんと口を開けていました。
「ふーん⋯⋯意外⋯⋯すげークールなのに、そんな風に思ってたんだ⋯⋯」
「そりゃまあ人並みに? と言うか水瀬君は私の事なんだと思ってんですか?」
先ほど彼に言われた言葉をそのまま返すと、水瀬君は顔を覆いました。
「~~うわあー、もう何だよー! なあノエルーお前のご主人ひどいんだぜー」
顔を寄せられたノエルが、少し迷惑そうにひゅーんと鳴きます。その様子が可笑しくて、思わず笑ってしまいました。




