6-1.再散歩
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その翌日の夜の散歩のことです。
校庭の前に差し掛かった時、やはりと言うべきか、ノエルは意気揚々と校庭に向かおうとしました。
「あのねノエル。またおいで、っていうのは社交辞令であることが大半だ。だからもう校庭には行かない⋯⋯いや、だから脚を踏ん張らないでくれる?」
私は社交辞令というものを弁えた人間です。悪くいうと人の言葉を素直に受け取れない、ともいえますが。
ですが、他人のおべんちゃらを素直に受け取って、「うわ、真に受けてる」などと相手に思われることは、なによりも恥ずべきことなのです。
そしてそんなことを思われた日には、二度とその相手とは顔を合わせたくない所存でした。
ーーー我ながら難しくて生きづらい性分ですが、どうしようもありません。
そんなことを頭の中で問答していると、腕の中で大人しくしていたノエルが、しめたと言わんばかりに鰻のようにすり抜けました。
しかしこちらもノエルとは長い付き合いです。そんな手は通用しません。
素早く確保し、そのまま抱え直します。家へ連行コースです。
ノエルは、負けて悔しいようとでも言うかのようにヒューンと鳴きました。
「そんなことをしても誰も来ないよ」
悪者じみた台詞を口にした、その時です。
「あれ?」
声と共に、校門からジャージ姿の少年⋯⋯水瀬君が現れました。
「あ、やっぱノエルと東じゃん。待ってたんだぜ!」
そう言って彼はニカっと笑い、ノエルが入りやすいように校門を開けてくれました。
明らかに歓迎してくれているようです。ノエルは期待に目をキラキラさせて、今にも腕の中から飛び出さんばかりです。
私は心の中でため息をつきました。
「君、タイミング良すぎですよ」
水瀬君は「何が?」と首を傾けつつも「だろ? 俺ってそういう所あるからさ」と、朗らかに笑いました。
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夜の校庭はやはり私たち以外に人影はなく、サッカーゴールの周りには前回と同じくボールがいくつも転がっていました。
ベンチに腰掛けた水瀬君は、早速ノエルを撫で始めます。
また今日もあの夜空を無意味に眺める暇な時間が訪れるのか、と一瞬思いましたが、不思議と気は重くありませんでした。
「前にさ、東、なんで俺が一人で練習してるのか聞いたじゃん?」
ノエルを触る手を止めないまま、水瀬君が独り言のように言います。
一瞬そんなことを聞いたっけ、と考えてから、すぐに思い当たりました。
「はい」
少し間を置いて答えると、水瀬君は小さく笑います。
「忘れてたな? まあいーけどさ。⋯⋯一人で練習してたのは、前回の試合でのPKを失敗したのが悔しかったから、です」
「ああ、私に声を掛けるきっかけになったという試合ですか」
「そ」
「なるほど」
至って普通の理由なのに何故前回は濁したんだろう。そう思いましたが、むやみに聞き返したりして、また触れてはならない話題に触れてしまう方が問題です。
それに、たとえ他人に知られて問題ない話題や情報でも、本人が知られたくないと少しでも感じるなら、無理に他人に話す必要はないと個人的には思います。
水瀬君がそのまま口を開かないので、私は再度夜空を見上げます。
相変わらず、無意味に満点の星空です。
月と星の両方が出ているだけで、これほど地上が明るくなるものなのか、と少しだけ感心しました。
少なくとも、以前いた場所では見たことのない光景です。
そうして何も喋らずにいると、ノエルの息遣いと、地中の虫だか鳩だかわからない音だけが周囲に残りました。
目を閉じれば、自分の所属さえ曖昧になりそうです。
「⋯⋯って言うのは表向きの理由で、本当は悪口言われんの嫌だから」




