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ペーパームーンニューライト  作者: 一七


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1-1.転校生


 15歳の私にとって、世界とは大変濁ったものでした。


  人間とはそのモノ自体が性悪説であり、善をなす事は巡り巡った悪意が自分へ向かない為の一助でしかなく。


 日々とは、無限に訪れる問答の選択肢を誤れば、いっかんの終わりのデスゲーム。


 情とは、本質的には本能に紐づけられた間柄の者同士にしか存在せず。

 まして、たかがたまたま同じ年齢で、たまたま近くに住んでいただけの集まりでしかないクラスメイト同士の中に、存在するはずがないのです。

 

 初夏5月。

 新年度が始まってから少し経った、新緑芽吹く、希望に満ちあふれた季節です。新生活の緊張も大分ほぐれ、生徒達は皆それぞれ仲良くなった友人達と楽しそうに日々を過ごしています。

 そんな中で私は一人、ランチルームで食堂のおばちゃんが作ってくれたカレーとスープを食べていました。


「あ、都会さんまたいるじゃん」


「本当だ。帰宅部のくせによくここで平気で食べれるね」


「ね。運動部員以外フツー食べないよね」


「勉強は出来るのにそういうのはちょっとアレみたいな」


「親もアレだしね」


 くすくすと微妙に離れた席からバスケ部の女子、女バスの声が耳に入ります。都会さんとは私のことです。どうやら都会からの転校生である事を揶揄しているようでした。

 異端排除は田舎者にはありがちな行為なのであえて気にしません。

 ですがこの田舎の中学校には、ランチルームで食事出来る生徒は運動部員のみという謎の決まりがありました。いえ、正確にはいわゆる暗黙のルールというやつなのですが。


 親が子どもの弁当を作るのは当たり前。

 そんな古臭くてどこかの界隈からスゴい批判を浴びそうな因習が、今もまだこの地域にはびこっています。

 お弁当を持たせない事。

 時代に反して共働きが少ないこの場所で、それは親が子を大切にしていない事の象徴と見なされるのだそうです。


 しかし例外もありました。

 先程の彼女達の様な運動部です。彼らは朝練がある為、流石にお弁当の準備が大変だろう。なのでランチルームの利用もいた仕方なし、というわけだそうです。

 正直いくらでも反論出来そうな穴だらけの理論です。

 しかしOBだかなんだかが親に多い運動部に、誰も盾をつく事もしなかったんだそうです。

 そんな訳で私はきっと周りから哀れな家の子という目で見られてる事でしょう。


 顔色ひとつ変えない私の観察は飽きたのか、女バス達の話題はサッカー部の女子マネージャーに移りました。


「マジあいつ、あざと男好きだよね」


「サッカー好きだけどぉ、女子サッカーないからぁマネになりましたあ、とかないわー」


「それな。言い訳わかりやす過ぎかよ」


「エースの水瀬君とキャプテンの木竜君の幼馴染だからとか言って調子に乗ってるよね」


 確かに花形であるサッカー部の面々の中心に女子が一人だけいました。

 いかにも男子受けしそうな雰囲気を持つ女子に見えます。彼女は女バス達の目線に気づいたのか、チラリと一瞥をくれると、隣の男子の肩を叩いて楽しげに笑いました。


 なるほど。強かな人のようです。

 それにしても愚かな人達です。あの女子マネージャーが本当に女バスの彼女達の言うような性格なら、そういう嫉妬は男子に甘える材料でしかないでしょう。

 嫉妬ばかりの女バス達も、チヤホヤされて悦に浸るサッカー部のマネージャーも両方理解が出来ませんでした。


(皆群れることしか出来ない臆病な愚か者の集まりだ)


 我ながらくだらない人間観察に気をとられていると、うっかりカレーを食べ終わりそうになっていた事に気づきました。私は家から持ってきた本をとりだして、読みながら食事を続けます。


 このながら行為は実に褒められた行為ではありません。作ってくれた方に失礼である事は、転校してきて初の中間テストでダントツの一位を取った私ですから、勿論そんな事はわかっていました。ですが食べ終わって早く教室に戻る訳にはいきません。

 私がランチルームに赴いているのをこれ幸いと、他クラスの女子が私の席で友人達と昼飯を食べてるらしいのです。洗練された精神の持ち主としては、早く教室に戻り、そこをどけと圧をかけるようなそんな下品な真似はしないのです。

 ……それに私が教室に早く戻ると、席取り女子だけでなく他の生徒も居心地が良くない事でしょう。


 母の故郷であるこの田舎で、『郷に入っては郷に従えない親』と『親に大切にされていない子ども』というレッテルを、私はわざわざ否定しませんでした。あとは、私に学年1位の座を取られた誰かが”都会から来て、お高くとまってる”と、悔しまぎれに囁けば私の学校での立ち位置は決まったのです。

 のどかな土地と同じく住民の性格も純朴だろうというのは所詮幻想でした。彼らは集団意識が他よりも強く、群れから外れた者への感情はとても排他的です。有り体に言えば私がいるとクラスの雰囲気が悪くなるのです。

 いえ、人は集団でお互いに仲が良いよりも、スケープゴートの如く爪弾き者がいた方が結束できるものなのです。なのである意味、私のおかげでクラスの仲は深まったのかもしれません。


 ーーー彼もその中の一人だったと、その時の私は記憶していました。


「なぁ東ってさカレーめっちゃ好きなの?」


 声をかけてきたのは、同じクラスの水瀬悠也でした。短い黒髪がサラサラと靡く、春風の様な外見が逆にうさんくさい男子です。

 先日、彼は所属するサッカー部の試合でPKをつとめていたそうですが、それを外して負けた瞬間、ファンの女子達が涙したと言われています。

 彼とは同じクラスと言えど接点はなく、もちろん話したこともありません。


「⋯⋯別に普通ですけど」


「でも毎日ランチルームでカレー食ってるじゃん? 弁当作ってもらえないのか?」


 何と無神経な人なんだろう。思わず口があんぐりと開きそうになりました。


 彼の発言は、『お前は弁当を作ってもらえない可哀想な家の人間だろう?』『何故運動部ではないのにここで勝手に食っているんだ?』と、いう意味を暗に含んでいるような問いでした。


 あえて誰も口にしなかったことを邪気のない笑みで、わざわざ直接問いかけてくる彼は、もしかしたらその純粋さ(?)故に嫌味ではなく本当に疑問に思っただけなのかもしれません。彼の人懐っこそうで、一般的には顔が良いとされる顔立ちは、大抵の言動を『善』と見做されるものでした。


 ですが生まれつきやや曲がった性分の私からすると、彼の本音がどうであれ、その無遠慮さと爽やかさが正直少し、いえ大分鼻につきます。しかも私は別に毎日カレーを食べている訳ではありません。火曜以外は基本的に母手製のお弁当を持参しており、ランチルームで食べる権利を得るためにスープを購入して弁当と共に食べているわけなのです。ただ火曜だけは母が仕事の関係で弁当を作れないので、ランチルームのメニューであるカレーを食べていました。


 ちなみにカレーであることに特にこだわりはなく、栄養も取れるしいいやと適当に選んだものでした。しかし大して親しくない人間に、毎日カレーを食べてると認識されることは、干渉されてる気がして居心地が良くありません。


 しかしそこまで彼に話す義理はないでしょう。今更事情を懇切丁寧に話すことは、彼等に『どうにか自分を理解して欲しい』と、下手に出て取り入るのと同じだと思ったからです。

 これ以上話す事は何もないと黙っていると、彼は微塵も気にした様子はなく続けます。


「ま、別にそれはどうでも良いんだけどさ」


(どうでも良いなら聞くな)


 そう心の中で毒づくと、彼は思いもよらぬ事を言ったのです。


「俺、前から東に憧れててさ、これから一緒に昼飯食っていい?」



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