第4話 「早退令嬢は、本当のことを知りたい」
調べ始めると、すぐにわかってきた。
使用人を通じて証言を集めることは、令嬢には珍しくない。
客人が来る前に「お相手の評判を確かめておきなさい」と母に教わったこともある。情報を集めることは、貴族の常識だった。
エリーゼが変えたのは、その方法だった。
「いつ」「どこで」「誰に」「何を」
それだけを書く。感想はいらない。推測もいらない。
自分が見たこと、確かめられたことだけを、日付と場所と証言者の名前と一緒に記録する。
机の上に紙を並べながら、エリーゼは静かに思った。
(……怒りから動いていたら、こうはならなかったかもしれない)
感情で動く人間の記録は、感情の色が滲む。
「きっとそうに違いない」「あの顔は怪しかった」そういう言葉が混ざる。
エリーゼには混ざらなかった。怒りがなかったから。ただ本当のことを知りたかっただけだから。
それだけのことが、精度の違いを生んでいた。
もう一つ、調査を始めてすぐに決めたことがあった。
リナに近づくのをしばらく控える、ということだ。
いびりをやめれば、リナは「大きな障害が消えた」と感じて動きやすくなる。
動きやすくなった人間は、普段より素のままで動く。
フローラたちも「エリーゼ様らしくない」と首を傾げていたが、今はそれでいい。泳がせておく方が、見えてくるものがある。そう判断した。それだけのことだった。
◇
一週間ほどで、像が見えてきた。
リナという少女は、見た目通りの人間ではなかった。
その手口は、驚くほど巧妙だった。
相手を選ぶ目が鋭い。誰が何を欲しがっているかを、一度の会話で見抜く。
「認められたい」人間には「あなたほどの方に頼れて」と言い、
「守りたい」人間には「あなただけが頼りです」と言う。
言葉の形を相手ごとに変えて、毎回ぴたりと当てにいく。
だから複数の殿方と同時に親しくしていても、誰も気づかない。
各自が「自分だけに向けられた言葉」だと信じているから。
使用人には、リナの行動を追わせるのではなく、リナと親しい男性貴族の側を観察させた。
エルヴィン男爵令息の動き、クラウス子爵令息への贈り物の記録。
リナ自身を直接監視すれば勘づかれる恐れがある。だが男性側を見ていれば、リナにはわからない。
この方法が、功を奏した。
クロード殿下には、付かず離れずの間合いで常に保っている。
エルヴィン男爵令息には「学園でいちばん頼りにしています」という手紙を。
クラウス子爵令息には「あなたのことしか見えていません」という廊下での囁きを。
どちらも同じ週のことだった。しかも言葉の種類が違う。エルヴィンには「頼り」という言葉、クラウスには「見ている」という言葉。相手の欲しいものを、それぞれ別の形で渡していた。
贈り物の記録も、同様だった。
男子貴族から受け取った品を「大切にします」と微笑みながら受け取り、翌月には別の場所で換金したか、あるいは別の誰かへ渡したとみられる記録が三件。
ただし換金の現場を押さえた記録はない。あくまで状況証拠だった。エリーゼは「推測」と「確認済み」を書類の中で明確に分けていた。
令嬢たちへの手口も見えてきた。
茶会やちょっとした会話の中で、誰かの悪口を少しずつ流す。標的にした令嬢が孤立し始めたところへ、今度は「私だけはあなたの味方ですよ」と近づいていく。その構造が、一学期だけで少なくとも二件確認できた。
(……全部、計算だったのか)
エリーゼは書類を眺めながら、少し虚しかった。怒りではなく、ただ虚しかった。
(……私よりよほど、このキャラに向いているんじゃないか)
思わずそう思って、笑えるような笑えないような、妙な気持ちだった。
誰もリナを疑っていなかった。それがこの手口の一番恐ろしいところだ。
エリーゼが追い落とそうとしている令嬢だからこそ、エリーゼが何かを言っても「嫉妬だ」と一蹴される。リナはその構図の中で、誰にも見咎められずに動き続けていた。
十七年、演じることに費やしてきたエリーゼですら、見抜くのにしばらく時間がかかった。他の誰に気づけというのか。
怒りは来なかった。
ただ、演じている者にしか、演じている者はわからない、ということだけが静かに腑に落ちた。
◇
記録をまとめ終えた日の翌朝、廊下でエルヴィンを見かけた。
エルヴィン・バーウェル男爵令息。人懐こそうな顔立ちで、根は悪い人間ではない。ただ、少し、人を見る目が甘い。
その日のエルヴィンは、何か包みを持って廊下を歩いていた。
包みの形で、エリーゼにはわかった。
(……宝石箱だ)
小ぶりだが、上等な布で包まれた細長い箱。あの形は、どこの宝飾店のものかもわかった。王都でも指折りの店の包み紙だった。
エルヴィンがリナの方へ歩いていく。
エリーゼは記録を思い出した。先月、クラウスが渡した贈り物の記録。
(……あの宝石の行方が、見える。別の男にも同じものをもらっている。そのうち換金するか、別の誰かへ回す)
エリーゼは一瞬だけ迷った。
言うべきか。
エルヴィンに、今から渡そうとしているものの行方を、教えるべきか。
でも、言ったとして、信じるだろうか。
エリーゼがリナを追い落とそうとしている令嬢だということは、学園中が知っている。エリーゼがどんな事実を口にしても、「嫉妬から言っている」と受け取られる。
それでも。
黙って見ているのは、なんとなく後ろめたかった。
エリーゼはエルヴィンに近づいた。扇を持った手を少し動かした。
「……その宝石、リナ様へ?」
エルヴィンが振り返った。一瞬だけ、表情が固まった。それから、苦笑いに変わった。
「そうだとしたら?」
「リナ様には少々早すぎるのではないかしら」
「嫉妬ですか、エリーゼ様」
一蹴、だった。
声のトーンが、「また令嬢がやっている」という色を帯びていた。
ちょうどそのとき、リナが廊下の向こうから歩いてきた。エルヴィンの姿を見つけると、ぱっと顔を輝かせた。
「エルヴィン様。お待ちしていましたわ」
柔らかく、弾んだ声だった。それからエリーゼに気づいて、少し眉を下げた。
「あら……エリーゼ様も、ご一緒でしたの。ごきげんよう」
声の温度が、エルヴィンに向けたものとは微妙に違った。エリーゼにだけ気づく違いだった。
「……ごきげんよう」
エリーゼは短く返した。それからエルヴィンに向き直った。
「……そうかもしれませんね」
嫉妬かどうか、という問いへの返答だった。
扇を閉じた。それだけ言って、歩き去った。
(……嫉妬と思われた方が都合がいい。否定しても、信じない)
後ろでエルヴィンがリナに何か言う声がした。
リナが「まあ、嬉しい」と笑う声がした。振り返らなかった。
帰ってから、書き足した。
「いつ」「どこで」「誰に」「何を」
感情は一文字も入れずに。
◇
その夜、机に向かった。
今日書き足した紙を、フローラたちの書類と並べて見た。
違いは明らかだった。
フローラたちのものには、裏付けのない話、誰かから聞いた噂をそのまま書いたもの、日付が矛盾しているものまであった。感情の熱量だけは伝わってくるが、証拠としての重さがない。
エリーゼの手元にあるものは、それとは全然違う。
日付が揃っている。証言者の名前がある。実際に確認が取れた事実だけが並んでいる。
(……これを使えば、広間の空気は変えられるかもしれない)
エリーゼは引き出しを開けた。今日書いた紙を重ねてしまった。引き出しを閉めた。
窓の外は暗かった。月が出ていた。
(……ただ、本当のことを知りたかっただけだ)
最初は、そうだった。それだけのことだった。
でも今は、この引き出しの中の紙が、何かを変えるかもしれないとも、思い始めていた。
少なくとも、この夜は。
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※プロットの修正に苦戦しており、更新がゆっくりで申し訳ありません……!
( ..)φ頑張って短編までの内容は早めに投稿させたいと考えていますので気長にお付き合いいただけると嬉しいです。




