表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早退させていただきます。もう、悪役令嬢キャラには疲れました  作者: おでこ
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/39

第26話 「早退令嬢は、少し複雑」


 旅する少女の本を、読み終えた。



 最後の一ページをめくったとき、少しの間、本を閉じられなかった。


 旅する少女は、旅の果てで何かを手に入れたわけではなかった。何かを成し遂げたわけでもなかった。

 ただ、歩いてきた。知らない場所を、知らない人と出会いながら、最後の国の最後の道を歩き終えて、最初の場所に戻っていた。旅の始まりと同じ場所だった。でも、少女の目に映る景色は、旅の前と全然違って見えていた。


 終わりではなく、また始まるところで、物語が閉じていた。


 (……終わった)


 エリーゼは静かに本の表紙をしばらく見ていた。


 悲しくはなかった。でも、何かが静かに落ち着いた感じがした。十歳のときに取り上げられて、七年ぶりに続きを読み始めて、ここまで来た本だった。最後まで読めた。


 転校生がエリーゼの様子に気づいた。


「終わったのか」


「……ええ。今」


「どうだった」


 エリーゼは少し考えた。


「……旅の最後に、最初の場所に戻るんです。でも、同じ景色が全然違って見えていて。それが、なぜか」


 言葉が続かなかった。


「うまく言えないのですが、よかったです」


 転校生が少し間を置いた。


「そうか」


 それだけだった。でも、悪い間ではなかった。


 エリーゼはもう一度、表紙を見た。それから、最初のページを開いた。


「また最初から読みます」


「そうか」


「今度は、終わりを知った状態で読むので、きっとまた違うと思って」


 転校生は何も言わなかった。でも、本に視線を落とす前に、少しだけ頷いた気がした。


 中庭の光が、少しだけ傾いていた。



        ◇



 翌日の廊下で、光景を見かけた。


 少し先で、転校生が立ち止まっていた。向かいにイザドラが立っていた。


「先日の薬品の件、実習室にいたと聞いたが」


 転校生の方から、先に声をかけていた。


「大丈夫だったか」


「まあ、ヴァイセンベルク様がご心配してくださるなんて嬉しいわ。私は全然平気でしたわよ」


「怪我がなかったなら、よかった」


 イザドラが笑った。それから、転校生の隣に並んで歩き始めた。


「せっかくだから、少し一緒に歩いてもよいかしら? もっと、ゆっくりお話ししたくて」


「少しなら」


 二人が廊下を歩いていった。


 エリーゼは少し離れた場所から、その後ろ姿を見ていた。


 イザドラが転校生に向かって笑っていた。転校生が何かを言うたびに、楽しそうに相槌を打っていた。


 (……仲良さそう)


 そう思った。思った瞬間に、胸の中に何かが生まれた。うまく名前がつけられない、少し重たいものが。


 エリーゼは視線を前に戻して、廊下を歩き始めた。



        ◇



 中庭に着くと、今日はベンチが空いていた。イザドラが来ることはなくなっていた。


 エリーゼはいつものベンチに座って、本を開いた。

 最初のページから読んでいた。知っている話なのに、少女の一言一言の意味が、前回読んだときと少し違って見えた。


 でも今日は、文字があまり頭に入ってこなかった。


 廊下で見た光景が、頭の端にあった。


 (……別に、いいじゃないか)


 そう思った。転校生が誰と話しても、それはエリーゼには関係のないことだった。イザドラが隣を歩いたとしても、それも転校生の話だった。


 でも。


「嫌だな……」


 思わず、口から出た。


 声に出てから、エリーゼは少し固まった。誰かに聞かれたかと思って、周囲を見た。中庭に人はいなかった。


 (……何が嫌なんだ、自分は)


 頭の中で、言い訳が始まった。別に嫌というわけではなく、ただ少し気になっただけで、気になるのは最近あの辺りをよく通るからで、目に入るのは仕方がなくて、だから嫌というわけでは全然なくて。


 本を持つ手が、少し止まっていた。


 (……うるさいな、自分で自分が)


 エリーゼは本のページを、少し強めにめくった。



        ◇



 転校生が来たのは、いつもより少し遅かった。


 何も言わず、いつものベンチに座った。本を開いた。


 エリーゼはしばらく何も言わなかった。


 でも、少しして、口が動いた。


「……無理してここへ来なくてもいいんですよ」


 転校生が顔を上げた。


「どうした? 急に」


「他に行きたい場所があるなら、そちらに行っても」


「来たいから来ている」


 転校生が短く言った。


「少し用事があったから遅くなっただけだ」


「……そうですか」


 エリーゼは本に視線を落とした。


 (……どうしてこんなこと言ってしまったのだろう)


 ただ、エリーゼは止めることができなかった。


 廊下でも、放課後でも。転校生がイザドラと話す回数が、最近増えていたことを知りたかった。


「……最近、イザドラ様と何を話しているんですか」


 聞いてしまってから、少し後悔した。でも聞いてしまった。


 転校生が本から顔を上げた。少しの間、エリーゼを見た。


「俺のことは気にするな」


 それだけ言って、また本に視線を落とした。


 エリーゼはしばらく、転校生の横顔を見ていた。


 (……気にするな)


 気にするな、と言った。イザドラのことに踏み込んでほしくない、ということだろうか。二人の間の話に、口を出すな、ということだろうか。


 (……そういうことか)


 胸の中で、何かが少し冷たくなった気がした。


 エリーゼは本に視線を戻した。ページをめくった。旅する少女が、最初の街を出ていくところだった。


 今日は、その一行が、少し長く見えた。



        ◇



 夕方、中庭を出るとき、二人で門まで歩いた。


 しばらく、お互い何も言わなかった。


 門のところで、転校生が少し立ち止まった。


「さっきの話」


「……何ですか」


「気にするなというのは、お前を邪険にしたわけじゃない」


 エリーゼは転校生を見た。


 転校生は前を向いたまま、少しだけ続けた。


「ただ、関わってほしくない。今は」


「……なぜ」


「それも、今は言えない」


 転校生がそれだけ言って、歩き始めた。


 エリーゼはその背中を少しの間、見ていた。


 (……関わってほしくない)


 なぜなのかは、まだわからなかった。でも、「気にするな」と「関わってほしくない」は、少し違う意味だとわかった。


 さっき冷たくなった気がしたものが、少しだけ溶けた。全部ではなかったが、少しだけ。


 夕方の光が、道に長く伸びていた。


 エリーゼは歩き始めた。空が、秋らしく高かった。



        ◇



その日の夕方、廊下でイザドラがリナに声をかけた。


「今日も助かったわ、リナさん」


 笑顔だった。いつもの、楽しそうな笑顔だった。


「あの令嬢、昨日まであんなに強気だったのに。あなたが一言添えてくださっただけで、ころりと変わったわね」


「……お役に立てたなら、よかったです」


 リナが笑顔で答えた。


「本当に、あなたは使いやすいわ」


 イザドラが言った。褒めているような、それだけではないような声だった。


「あなたが人気が出ていた理由がわかったわ。私が近づきにくい相手にも、すんなり入っていける。おかげでずいぶん助かっているの」


「本当に、人を欺くことに関しては、お見事ですわね。これからも期待していますわよ」


 リナは微笑んだ。


「恐れ入ります。イザドラ様」


 イザドラが先に歩いていった。


 リナはその背中を、少しの間だけ見ていた。



ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!


続きが気になる!と少しでも思っていただけたなら、

評価(下の方にある☆☆☆☆☆)やリアクションで応援いただけると、本当に飛び上がって喜びます!


また次回でも、お会いできることを楽しみにしております(*‘ω‘ *)/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
令嬢なら 「なんか、よかったです。」より「なぜか、よかったです。」の方がより良いのでは?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ