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【連載版】早退させていただきます。もう、悪役令嬢キャラには疲れました  作者: おでこ
第二章

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第23話 「早退令嬢と、壊れたベンチ」


 二学期に入ってしばらく経った頃から、イザドラの行動が目立ち始めた。



 最初は、廊下でのことだった。


 イザドラが令嬢たちと歩いていたとき、すれ違いざまに社交実習後の令嬢のドレスにお茶をこぼした。


「あら、ごめんなさいね」


 イザドラが言った。申し訳なさそうな顔だった。でも、目が笑っていなかった。


「大事なお洋服なのに。……でもそのデザイン、今季はもう古いと言われているから、かえってよかったかもしれないわね」


 令嬢は何も返せなかった。周りにいた生徒たちも、誰も声を上げなかった。


 止められなかった。


 イザドラが悪いとも言い切れなかった。こぼしたのは事故に見えた。言葉も、本人は親切心で言ったように聞こえた。何を咎めればいいのか、誰にもわからなかった。


 その日の夕方、令嬢が泣いていたという話が広まっていた。



        ◇



 別の日には、三人仲良しの令嬢グループがいた。


 その中の一人に、イザドラが声をかけた。


「あなた、いつも仲良さそうで素敵よね。でもね、内緒で聞いてもいいかしら。あの二人って、あなたのことを少し下に見ているって話、聞いたことある? 私、あなたのことが心配で……」


 根拠のない話だった。でもイザドラが囁けば、聞いた側は信じてしまった。


 三人組は、一週間も経たないうちに、ばらばらになった。


 後から気づいた者もいた。でも、誰もイザドラに何も言えなかった。イザドラは「心配で言っただけ」という顔をしていたし、その顔に向かって何かを言える者が、この学園にはもういなかった。



        ◇



 さらに過激な事件が起きた。


 ある令嬢が、遠方の友人から突然絶縁を告げられた。

 困惑する彼女が後から知ったのは、身に覚えのない「密告状」の存在だった。そこには、彼女の品性を貶める卑劣な嘘が書き連ねられていたという。


 字は似せてあり、封蝋まで似ていた。


 令嬢は蒼白になった。誰がそんなことをしたのかは、証明できなかった。


 だが近頃、イザドラの周囲から静かに姿を消した者の名と、被害に遭った令嬢の名が、ことごとく一致していたのだ。


 誰も、表立っては何も言わない。……言えなかった。


 イザドラのやり口はリナとは違った。リナは慎重で、丁寧で、誰にも気づかれないように動いた。


 だがイザドラは、気に入らないものは排除する。「気づかれても構わない」とばかりに堂々と振る舞った。


 隠す気など、端からないのだ。

 誰もが見ている前で、見せしめのように断罪する。

 だからこそ噂は瞬く間に広まり、そして——誰も彼女を止められなかった。


 それは長年、分をわきまえて抑え込んできたものが、一気に爆発したかのような独壇場だった。


 学園の端にいるエリーゼのところにまで、その話が届いていた。


 自分から聞いたわけではなかった。廊下を歩いていれば聞こえてきた。図書室にいれば、誰かが話していた。それほど、大きく物事が動いていた。


 エリーゼは人の輪の外から、その話を聞いていた。関係のない話のように聞いていた。でも積み重なるうちに、聞き流せなくなっていた。



        ◇



 そして、ついにエリーゼ自身にも、それが及んだ。


 中庭に着いた。


 エリーゼはいつものベンチに向かって、立ち止まった。


 ベンチが、壊されていた。


 座面が、何かで叩き割られたような状態だった。板が無残に砕けて、中央が大きく陥没していた。自然に壊れた様子ではなかった。工具か、あるいは重いもので打ち付けたような、明らかに人の手が加えられた壊れ方をしていた。


 エリーゼはしばらく、そのベンチを見ていた。


 (……誰が)


 考えるまでもなかった。


 本を持ったまま、立ち尽くした。


 (……なぜ、このベンチを)


 考えていくうちに、一つの答えが浮かんだ。


 イザドラは、ルーカスのことを狙っている。それはエリーゼも薄々感じていた。廊下でルーカスに話しかける様子を何度も見かけていた。学期末のパーティーでも、あの笑顔で近づいていた。


 そして、ルーカスはいつも中庭に来る。


 (……つまり)


 このベンチが壊れれば、エリーゼはここに来られなくなる。ここに来られなければ、ルーカスと一緒にいる時間がなくなる。


 単純な話だった。丁寧な、単純な話。


 (……ずいぶん、直接的なやり方だ)


 怒りとも違う感情が、静かに浮かんだ。今までの報いが、今度は自分に向けてやってきている。その事実が、妙に静かに頭に落ちてきた。



        ◇



「どうした」


 声がした。


 転校生が来ていた。いつも通りの表情で、壊れたベンチを見ていた。


「……ベンチが、壊されていて」


 転校生が近づいて、ベンチをじっと見た。少し間を置いた。


「座面が割れているな」


「ええ」


「故意だな」


 静かに、事実として言った。


 それからベンチから視線を上げて、自分のベンチの方に歩いていった。座った。隣を、少し空けた。


「こちらに座れ。ベンチは新しいものに替えてもらうよう、俺が打診しておく」


 さらりと言った。当たり前のことを言うような口調だった。


 エリーゼは少し驚いた。


「……ありがとうございます」


「礼は要らない」


 エリーゼは転校生のベンチに歩いていって、隣に座った。少し間を空けて。


 本を開いた。転校生も本を開いた。


 風が吹いた。木の葉が揺れた。


 (……近い)


 いつもより距離が近かった。でも、不思議と落ち着かないわけではなかった。むしろ、いつもと同じ静けさがあった。ただ、少しだけ温度が違う気がした。


 エリーゼはふと、隣の転校生を横目で見た。本を読む横顔は、いつも通りだった。壊れたベンチのことも、隣に誰かが座っていることも、特に気にしている様子がなかった。


 (……この人は、いつもこうだな)


 中庭で初めて言葉を交わしたときから、ずっとそうだった。必要なことは言う。でも余計なことは言わない。それがこの人の普通だった。


 旅する少女が、最後の道をまた一歩進んでいた。もうすぐ、終わる。


 エリーゼはページをめくった。



        ◇



 廊下の窓から、中庭が見えた。


 イザドラはその窓の前を通りかかったとき、足を止めた。


 エリーゼと転校生が、一つのベンチに並んで座っていた。


 それぞれ本を読んでいた。何も話していなかった。でも、その距離が、以前より近かった。


 イザドラの目が、少し細くなった。


 笑顔が、かすかに固まった。


 (……ベンチを壊したことで、一つのベンチに座らせてしまった)


 嫌がらせのつもりが、逆に二人を近づけるきっかけを作った。


 イザドラはしばらく、その光景を見ていた。


 それからゆっくりと、窓から視線を外し、廊下を歩き始めた。


 口の端は、もう上がっていなかった。



ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!


続きが気になる!と少しでも思っていただけたなら、

評価(下の方にある☆☆☆☆☆)やリアクションで応援いただけると、本当に飛び上がって喜びます!


また次回でも、お会いできることを楽しみにしております(*‘ω‘ *)/


※皆様の応援のおかげで、ついにブックマークが1,000を突破しておりました!

本当に、本当にありがとうございます……!


いただいたリアクションの一つひとつが、執筆の大きな励みになっています(^^♪

これからもエリーゼたちの物語を丁寧に描いていきますので、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです!

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