第21話 「早退令嬢と、秋の新学期」
第二章で完結予定です!
よろしければ最後までお付き合いいただけますと幸いです(*‘ω‘ *)
学園というものは、常に誰かが頂点に立っている。
それは決まりでも、誰かが決めたことでもない。ただ、そうなる。人が集まる場所には必ず序列が生まれて、その頂点には必ず誰かが立つ。
悪役令嬢も、また同じだった。
学園にいつも一人いる。誰よりも高く、誰よりも華やかで、誰よりも恐ろしい。その座が空いたとき、次の誰かがそこに立つ。それは偶然ではなく、必然である。
二学期が、始まった。
◇
イザドラ・カーレンは、二学期の初日から変わらなかった。
廊下を歩けば、生徒たちが道を空けた。食堂に入れば、近くの席が自然と開いた。授業中に発言すれば、先生が少し丁寧に答えた。
何も変わっていないように見えた。でも、全部が変わっていた。
一学期の終わりまで、イザドラの上には二人いた。エリーゼと、リナ。二人がいる限り、イザドラはずっと三番手だった。何をしても、その二人の影に隠れた。
でも今は、違った。
エリーゼは孤立したまま、婚約を解消したまま、静かに自分の道を歩いている。
リナは一学期末の大広間の後、すっかり影を潜めている。
◇
二学期の最初の一週間で、学園の空気は決まった。
イザドラを中心に、令嬢たちが集まった。一学期のリナのような計算はなかった。ただ、イザドラがそこにいるから、自然に人が集まった。侯爵家の令嬢で、顔立ちが整っていて、話が面白くて、誰に対しても物怖じしない。それだけで十分だった。
男子生徒も、イザドラの周囲に集まった。話しかければ鮮やかに返ってきた。褒めれば笑顔が返ってきた。その笑顔のために、また話しかけたくなった。
授業での発言も鋭かった。先生方からの評価も高かった。学問においても、社交においても、イザドラは一学期の三番手だった頃とは別人のように存在感を放っていた。
(……いや、別人ではない)
ずっとそこにいた。
ただ、上が空いたから、注目されるようになった。それだけのことだった。
◇
食堂でのイザドラを、端の席から見ていた者がいた。
リナだった。
一学期末から、リナは食堂でも廊下でも隅の方にいるようになっていた。話しかけてくる者はほとんどいなかった。いても、それは返還と弁済についての事務的な確認だった。
リナは食事をしながら、イザドラを見ていた。
(……あの人が、今の学園のトップだ)
わかっていた。一学期末のパーティーで、もうわかっていた。
令嬢たちに囲まれて笑うイザドラを見ながら、リナは自分の手元を見た。グラスを持つ手が、少し白くなっていた。
(……私には、もう何もない)
返還と弁済が終わっても、信頼は戻らない。笑顔を作っても、もう誰も受け取らない。積み上げたものが、全部なくなっていた。
リナはグラスを置いた。視線を落とした。
どこかに、まだ動ける場所があるとしたら。
その考えが、頭の端に浮かんで、まだ形にはなっていなかった。
◇
中庭には、今日もエリーゼがいた。
本を読んでいた。旅する少女の本は、もう終わりに近づいていた。ページをめくるたびに、少しだけ惜しかった。
転校生が来た。いつものベンチに座った。いつもの本を開いた。
二人とも、しばらく何も言わなかった。
風が吹いた。木の葉が揺れた。
学園の中で何が変わっていても、この中庭だけはいつも通りだった。
(……いい場所だな)
エリーゼはそう思った。何度思っても、そう思う。
転校生がふと顔を上げた。
「本が終わりそうだな」
エリーゼは少し驚いた。見ていたのか、と思った。
「……ええ。もう少しで」
「終わったら、どうする」
「また最初から読もうかと思っています。たぶん、また違うものが見えると思うので」
転校生が少し間を置いた。
「そうか」
それだけだった。
エリーゼは本に視線を戻した。旅する少女は、知らない国の、知らない町の、最後の道を歩いていた。
(……もうすぐ、終わる)
でも終わっても、また読める。それがわかっていたから、最後のページが怖くなかった。
中庭に、夕方の光が差し込んでいた。
◇
同じ頃、廊下では。
イザドラが、令嬢たちと話しながら歩いていた。
笑っていた。楽しそうに、本当に楽しそうに。
一人の令嬢が言った。
「ヴァイセンベルク様って、最近どこにいらっしゃるのかしら。授業以外でなかなか見かけないわよね」
「中庭にいらっしゃるらしいですわ」
別の令嬢が答えた。
「いつもヴァルドラン嬢と一緒にいるとか」
令嬢たちがざわめいた。
(中庭? そういえば、そうでしたわね……)
イザドラは何も言わなかった。ただ、前を向いたまま、少し笑った。
その笑顔の意味を、令嬢たちは知らなかった。
廊下の先に、秋の光が差し込んでいた。二学期は、始まったばかりだった。
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