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【連載版】早退させていただきます。もう、悪役令嬢キャラには疲れました  作者: おでこ
第一章

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第10話 「早退令嬢と、中庭のベンチ」


 中庭に出るようになったのは、転校生が来てから少しした頃のことだった。



 理由は単純だった。一人でいられる場所が欲しかった。


 孤立してから、廊下を歩くたびに視線を感じた。食堂も、授業棟の前も、どこにいても誰かの目がある。それが悪意であっても哀れみであっても、視線は視線だった。積み重なると、少しだけ重くなる。


 中庭は静かだった。


 石畳に囲まれた小さな庭で、花壇と木が数本あるだけの地味な場所だ。昼休みに使う生徒もいたが、放課後に残る人間はほとんどいなかった。日当たりのいい端のベンチに座ると、校舎の音が遠くなった。


 エリーゼはその場所を気に入った。


 特に何もしない。本を持ってくることもある。ただ座っていることもある。風が吹けば木の葉が揺れた。遠くで鳥が鳴いた。それだけで十分だった。


 (……こういう時間が、今まで一度もなかった)


 誰かのための時間でも、誰かに見られるための時間でもない。ただ自分がそこにいるだけの時間。


 こんなに静かなものだったのかと、毎日少し驚いていた。



        ◇



 転校生は、学園でたちまち有名になっていた。


 理由は二つあった。


 一つは、ヴァイセンベルク公爵家の嫡男という家柄。

 もう一つは、銀髪と整った顔立ち。


 廊下を歩けば視線が集まった。エリーゼに向けられるものとは全然種類の違う視線だった。羨望、好奇心、期待。そういうものが混ざって、転校生の方へ集まっていた。


 授業棟の前に、女子生徒が数人集まっているのを見かけた。転校生を囲んでいた。


「ヴァイセンベルク様、今日の放課後ご一緒しませんか」


「お茶の場を設けましたの。ぜひ」


「私たちにもお声がけいただけたら嬉しいですわ」


 口々に声をかけていた。転校生はそれを聞いて、軽く首を振った。


「遠慮する」


 一言だった。笑顔もなく、謝罪もなく、ただそれだけ言って歩き続けた。


 女子生徒たちがざわついた。「冷たい方ね」という声と「でもそこがいい」という声が同時に聞こえた。


 (……はっきりしている人だ)


 エリーゼはそれを廊下の端から見ていた。計算のない断り方だった。相手を傷つけないように言葉を選ぶわけでもなく、かといって乱暴でもない。ただ事実を言っただけ、という感じだった。



        ◇



 別の日、食堂でのことだった。


 リナが転校生の席に近づいていくのが見えた。


 困った顔ではなかった。今日は違う顔をしていた。少し上目遣いで、声は柔らかく、明るい笑顔で話しかけていた。「守ってほしい」ではなく、「仲良くなりたい」という表情だった。


「ヴァイセンベルク様、転校してきたばかりでお一人では何かと大変でしょう。私、リナと申します。何かあれば気軽にお声がけください」


「……ああ」


 転校生は食事の手を止めなかった。


「学園でお困りのことがあれば、ご案内しますよ。私、実は首席ですので、勉強のことなども」


「大丈夫だ」


 また短かった。リナが少し間を置いた。


「では、放課後ご一緒に」


「用がある」


 リナが微笑んだまま、少しだけ止まった。

 その笑顔の下で何かが動いた気がした。計算が走ったような、ほんの一瞬の止まりだった。


「……そうですか。またいつでも」


 リナは引いた。自然な引き方だった。無理をした痕跡がなかった。


 (……上手い)


 エリーゼはそれを食堂の隅から見ていた。

 引き際が綺麗だった。押して無駄と判断したら、すぐ退く。それでいて相手に「嫌われた」という印象を残さない。


 でも転校生は、リナが立ち去るのを見ても特に何の表情も変えなかった。また食事に戻っただけだった。


 (……珍しい。リナに塩対応できる男子生徒を、この学園で見たのは初めて)


 エリーゼは目を伏せた。


 演じている者が演じている者を見抜けるなら、演じていない者は演じている者に引っかからない。そういうことなのかもしれなかった。



        ◇



 ある日の放課後、ベンチに座って本を読んでいると、中庭に人が入ってきた。


 視線を上げた。


 転校生だった。


 エリーゼが使っているベンチとは反対側、中庭の端の別のベンチに向かって歩いていった。エリーゼの存在には気づいているようだったが、こちらを見なかった。そのままベンチに座って、自分も本を開いた。


 (……ここを、知っていたのか)


 エリーゼは少し驚いたが、何も言わなかった。転校生も何も言わなかった。


 二人で、それぞれの本を読んだ。木の葉が揺れた。遠くで鳥が鳴いた。それだけだった。


 しばらくして、転校生が立ち上がった。本を閉じて、中庭を出ていった。こちらを振り返らなかった。


 エリーゼはその背中を少しだけ見て、また本に目を落とした。


 (……また来るのかもしれない)


 そう思っただけで、特に何も思わなかった。



        ◇



 翌日も、転校生は来た。


 同じベンチに座って、同じように本を開いた。何も言わなかった。エリーゼも何も言わなかった。


 その翌日も、来た。また来た。また来た。


 気づいたら、それが当たり前になっていた。


 二人とも何も言わない。お互いの存在を確認するでもなく、無視するでもなく、ただそれぞれの場所にいる。中庭に静かな時間が流れて、やがて日が傾いて転校生が立ち上がれば、エリーゼも本を閉じる頃合いだとわかるようになった。


 (……時計代わりになっている)


 そう気づいたとき、少しおかしかった。声には出なかったが、口の端が少しだけ上がった。

 作った笑い方ではなかった。ただ、おかしかっただけの顔だった。



        ◇



 ある日、中庭に出るとすでに転校生がいた。


 珍しかった。いつもはエリーゼの方が先に来ていた。


 エリーゼはいつもの場所に座った。風が少し強かった。木の葉がざわざわと鳴った。


 少しして、読んでいた本のページが、風でばさりとめくれた。栞がどこかへ飛んでしまった。


 立ち上がって探すと、転校生の足元に落ちていた。


 転校生が先に気づいていて、拾い上げた。立ち上がって、こちらへ持ってきた。


「……これか」


「ありがとう」


 受け取った。


 そのあと一瞬、静かになった。


 (……ため口だった)


 自分でも驚いた。なぜそう言ったのか、わからなかった。令嬢として十七年間、目上であれ同年代であれ、初対面に近い相手にため口を使ったことなどなかった。


 謝ろうと思った。口を開きかけた。


 でも転校生は特に何の反応も示さなかった。怒るでも、不思議がるでもなく、ただ「ああ」と短く言って、自分のベンチに戻っていった。


 (……怒らなかった)


 エリーゼは栞を手の中で見た。なぜため口が出たのか、まだわからなかった。でも、何かが「それでいい」と言っているような気がした。その「何か」が何なのかも、わからなかった。


 ただ。


 いつもより少しだけ、距離が近くなった気がした。



        ◇



 翌日の中庭でのことだった。


 エリーゼが本を読んでいると、校舎の方から女子生徒が数人、中庭へ入ってきた。


 転校生を探しているようだった。


「ヴァイセンベルク様! こちらにいらっしゃったんですね、探しましたよ」


「ねえ、今から一緒に街へ行きませんか」


「先生方にも聞いて回ったんです。全然見つからなくて」


 転校生は本から目を上げた。少し間を置いてから、短く言った。


「用がある」


「え、でも」


「先約がある」


 女子生徒たちが顔を見合わせた。エリーゼの方をちらりと見た。エリーゼは視線を本に戻した。


「……そうですか」


 女子生徒たちが、少し不満そうにしながら引き上げていった。


 中庭がまた静かになった。


 転校生が、また本を開いた。エリーゼも本のページに目を落とした。


 (……先約)


 その言葉が、少し頭に残った。


 二人の間には何の約束もない。毎日ここで本を読んでいるだけだ。「先約」という言葉が当てはまるようなことは、何一つしていない。


 でも、転校生はそう言った。


 (……変な人だ)


 エリーゼはまた思った。悪い意味では全然なかった。ただ、本当に変だと思った。


 木の葉が揺れた。今日も静かな午後だった。



ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!


続きが気になる!と少しでも思っていただけたなら、

評価(下の方にある☆☆☆☆☆)や感想で教えていただけると、本当に飛び上がって喜びます。


また次回でも、お会いできることを楽しみにしております^^


※次回はリナ視点から始まります!

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― 新着の感想 ―
これ改めて眺めてみるとうつ病ですよねぇ。
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