動物王国捕物控 こぼれ話 孝行ネコ
その1 言葉は魔物
「親分! 大変だ!」
ガラッ八の八五郎は、事件が起きるたびに、そう言って、平次親分宅に駆け込む。
癖は抜けないものである。しかし、こんな例もある。
知り合いに、九州の出身者がいた。彼は方言にコンプレックスを持っていたのか、上京後、やたらと東京弁を真似た。努力が実り、彼から九州弁が消えた。
「それは、しでぇ話ですね」
「山谷さん。ジールにしますか」
「コーシーは砂糖何杯ですか」
「ひ」が発音できなくなったのである。
江戸っ子の血が流れていると自負する中高年は、「ひ」を「し」と発音する傾向がある。彼はすっかり江戸っ子になりきっている。まるでネイティブだ。語学の天才なのかもしれない。
言葉をめぐっては、喜劇も悲劇も起こる。これは、人間社会も動物社会も同じである。
その2 山谷疑われる
ここは四国の中央部にある動物村。過疎化の果てに消滅した集落跡へ、土着の動物たちが独立国家を建国したものである。インフラ整備のために動物病院を設け、東洋医学科が増設された。村のOBである私が鍼灸師として招かれるも、難事件・珍事件が続発、施術室はイヌの警察署長・副署長らが押し掛け捜査会議室と化すのだった。
「山谷先生。ちょっと言いにくいことなんですが」
イヌの警察署長が頭をかきながら、動物病院東洋医学科のドアを開いた。
「先生。ネコのお婆ちゃん、往診されてますよね」
と、署長。
確かに、腰痛がひどく、通院が困難なので、往診している。
「前々回の往診日に、お婆ちゃんから貯金を下ろしてくるように頼まれましたか」
「ええ。そんなこともありましたよ。町の銀行で貯金を下ろし、お婆ちゃんに渡しましたよ」
「そのお金がなくなった、というのですよ。お金のことを知っているという点では、先生も関係者ですから、一応……」
回りくどいと思ったら、そんなことだったのか。
「署長! お金が欲しかったら、あの通帳持って高飛びしてますよ。けっこう貯まってましたから」
私は笑い飛ばした。
署長は事件のあらましを語ってくれた。
今日、件のネコのお婆さんから三足村警察署に電話があった。
「泥棒です! 私のお金がなくなった。早く捕まえて!」
署員が駆けつけて、事情を聴いた。
お婆さんは、先日、山谷鍼灸師に下ろしてきてもらったお金をタンスの中に仕舞った。今度、長女が孫娘を連れて三足村に寄る。もう会えないだろうから、孫娘にまとまったお金を渡したかったのだ。ところが気が付くと、そのお金がなくなっていたのである。なぜか、通帳とキャッシュカードは残されていた。
長女は駆け落ちをして、大阪に行った。長女の相方は孫娘が生まれてすぐ、仲間とたむろしていて保健所に連れて行かれたらしい。
お婆さんは夫婦仲が悪く、ケンカばかりしていた。夫はある日、失踪した。長女も二女も、母親に冷たかった。娘たちは父親の家出を、母親のせいにした。娘たちは近隣の不良グループと交わり、家がグループのたまり場になっていた時期もあった。
家庭での幸せが望めなかったので、仕事に打ち込んだ。三足カントリークラブに採用され、レストランへの配属となった。彼女は一心不乱に働いた。切り詰めた生活をして、毎月、せっせと貯金した。
定年退職してから、彼女はめっきり衰えた。腰痛がひどくなり、ほとんど出歩かなくなった。軽い脳梗塞を起こした。ショックだったのは、得意だった料理も、後遺症でままならなくなったことだった。役場の福祉課に相談したところ、ホームヘルパーステーションを紹介され、家にヤギのヘルパーが入った。
「ヘルパーが怪しい」
と、お婆さんは言う。
「前にも、洗濯しようと思って脱いでおいたスカートを、持って行かれた」
お婆さんは確信に満ちていた。
その3 ヘルパー怒る
ヘルパーが参考人として呼ばれた。
「何があったのですか」
ヘルパーはいぶかしげだった。
副署長はやんわりと始めた。
「ネコのお婆ちゃんのお金が、なくなったのよ」
「それで、私が盗ったとでも。また、そんなこと言ってるのですか!」 ヘルパーは憤慨している。
「前にもね、『スカートがなくなった。ヘルパーが盗った』と、事務所に電話があったのですよ。だれが、お婆ちゃんの汚れたスカートを盗るもんですか。私は週三回、行って料理を作ったら、そのまま帰っていますよ。どこにお金が置いてあるか、知りませんよ」 もっともな言い分だった。
「山谷先生とは話したことありますか。先生はどんな方ですか」
副署長は矛先を変えた。
「先生はいい人ですよ。お婆ちゃんにも優しい。お婆ちゃんが『タマゴが食べたい』って言ったら、先生がタマゴを持ってこられたらしいのですよ。そうそう。あの時も『山谷先生にいただいたタマゴがなくなった』って、事務所に電話があったのよ」
物がなくなった、と騒ぐのは、認知症の方によくあることだ。
「事務所の責任者が先生に『お婆ちゃん、ボケてきてるんじゃないですか。先生にタマゴをいただいた、なんて、おかしな話でしょう』と電話したみたいなんです」
介護・医療の現場では、いろいろなことが起きているのだった。
「それで。先生はなんて答えたのでしょうね」
「『お婆ちゃん、ボケてなんかいませんよ。タマゴは確かに、私が差し上げましたよ』ですって」
どうも、スカートがなくなったことも事実らしい。
「もうひとつだけ。お婆ちゃんの二女ってどんな方ですか」
残るは二女だけだった。
「となり村のコンビニで、バイトしてるらしいの。あまり家にはいないけど。いると、お婆ちゃんを罵ってるか、スマホで電話してるかなのよ」
「どんなふうに」
「『このダラズ!』とか」
「何? それ」
副署長も初めて聞く言葉だった。
「よく分かりません。ひどい言葉であることだけは確かですが」
「電話では、どんな話をしていますか」「洋ちゃんとかいう仲間からかかってくると『ちょっと、上に行くから、待ってて』と、すぐ二階に上がるのですよ。後は、ずっと長話」
その4 二女取り調べ
「親分。ちょいと調べてぇことがありやして。出張りたいのですが」
副署長は、イヌの親分ならぬ警察署長に申し出た。
副署長は三日ほど村に帰らなかった。
署長と副署長のもとに、ネコ婆さんの二女が呼び出された。明日にも、婆ちゃんの孫娘が来ようかという、ギリギリのタイミングだった。
「お母さんねえ、お金なくなって困ってるのよ。明日、孫にあげるって楽しみにしてたのに」 署長は穏やかな口調だった。
「あの事件、まだ解決していなかったのですか。誰が見たって、犯人はヘルパーか鍼灸師に決まってるじゃない」
半七親分や平次親分クラスが首を突っ込むほどの事件じゃない、とでも言いたげだった。
「確かに。お母さんの汚れたスカートを誰が捨てたか、なんてことは考えなくても分かる。だけど、解けねぇ謎があってな。ちょいと聞きてぇんだけど、『ダラズ』ってのは、どこの言葉なんだい。しらばっくれちゃいけねぇ。オメェがお母さんを罵る時に、いつも使ってる言葉じゃねぇか」
副署長が声を荒げる。二女は表情を変えた。
実は、副署長は「ダラズ」と「洋ちゃん」を頼りに、中国地方のある県に出かけたのだった。「ダラズ」をその地域で聞いたことがある、と言うものがいたからだ。ちなみに、ダラズとはバカ、愚か者を意味する方言らしい。 雲をつかむような話だった。しかし、読みは的中した。
「洋ちゃんってのは、どのネコだい」
漁港をうろついていた野良たちに聞いた。
「洋二さんに用事? 呼んで来てやるよ」
「いや。いいんだよ。ありがとう。それより、洋ちゃんのこと、ちょっと話してくれないかなあ」
仲間の話では、洋二は親分肌で面倒見がよいらしい。「豪邸の飼いネコだった」と言うのが口癖だが、仲間はマユツバものだと思っている。市販の向精神薬では飽き足らず、最近、禁止植物のマタタビにも手を出し始めた。近々まとまった金が入るらしく、薬物ブローカーに大量に注文したようだ。
その5 そそのかし
二女は落ち着きがなくなっていた。
「洋ちゃんとはよくスマホで話しているようじゃない。SNS(会員制交流サイト)ででも知り合ったのかい。洋ちゃん、かっこいいし、頼りになるからねぇ。惚れてると、言葉遣いまで洋ちゃんみたいになってきたね。『ダラズ』って、洋ちゃんによく言われていたのかい」
二女は背筋を伸ばした。
「洋ちゃんから、金を持って出てくるように言われただろ。どうせ『豪邸のご主人から月末に手当をもらえるので、それまでちょっと貸してくれないか』とかなんとか言われて。そんなことは全部ウソッパチだよ。ヤツはヘタすると、今ごろ、麻薬取締法違反容疑で取り調べ中かもよ」「私、どうすればいいのでしょう」 二女は観念した様子だった。
「これから家に帰って、オメェさんがネコババした金を、下駄箱かどこかに突っ込んでおけ。しばらくして『誰? こんなところにお金置いて!』とでも言って、騒げばいいんだよ」
「分かりました。せめて、姉と姪が大阪に戻るまで、私の逮捕を待っていただけませんか。親分さん! 最後に家族水入らずの時間を過ごさせてください」
「今、何か言ったかい。この事件はもともとなかったんだよ。早くお袋さんのところに帰ってやりな。もう苦労かけるんじゃねぇぞ」
スナック「銀ギツネ」で慰労会を開く。「副署長もなかなかやりますね」 私は称賛した。この分だと、署長の引退は早くなる可能性が大きい。
突き出しは油揚げと川魚の煮つけ。
「マタタビ酒があるんだけど、一杯だけ飲んでみます? 疲れにいいですよ」
とキツネママ。
「今日は暑かったからジールにしようかな」
私の言葉に続いて、一瞬の沈黙があった。そういえば、私も長く東京に住んだ。
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Omoshiro(面白) Dowa(童話) for Adults
[どうぶつおうこく とりもの ひかえ]
動物王国捕物控
作 者 山谷麻也
(やまやまや)
発行元 Amazon
発行日 電子書籍 2026年1月20日
ペーパーバック 1月31日
判 型 四六判176ページ
定 価 電子書籍 700円(税込み)Kindle Unlimited会員は無料
ペーパーバック 1,320円(税込み)
[目次]初版まえがき/序章 王国の誕生/第一話 初手柄/第二話 倉庫破り/第三話 托卵/第四話 用心棒/第五話 新型疫病/第六話 モグラ/第七話 そして、何もいなかった/第八話 捨てネコ/第九話 大脱走/第一〇話 侵略/第一一話 猪突/第一二話 夢破れ/最終話 大団円/第二版あとがき
[こんな作品です]主人公はUターンした盲導犬ユーザーの鍼灸師。生まれ故郷は人口減で消滅し、動物が王国を建国していた。動物病院に東洋医学科が新設され、非常勤で勤務することになる。動物社会も人間界と同じく、さまざまなトラブルを抱える。事件のたびに、イヌの警察署長に銭形平次親分が乗り移る、イヌの副署長は八五郎よろしく大騒ぎ、イヌの退職巡査は腰痛にかこつけて回顧談に訪れる。さながら捕物帖の世界だった。主役たちが一息つけるのはキツネママのいるスナック「銀ギツネ」だけ。ママの十八番・油揚げ料理に酒が進む。医療関係者には、山谷鍼灸師の治療も関心のひとつ。
[つまみ食い=その十二 大脱走=]ひとり住まいの孤独感から、シカの青年が大蛇のペットを飼っていた。青年が派遣の仕事に出た後、窓の隙間から大蛇が脱走してしまう。動物王国は大騒ぎとなるが、動物警察の奮闘で、なんとか大蛇は青年の元へ。青年の不注意を厳しく叱ったイヌの副署長は、慰めるために大蛇のエサを買って青年の部屋を訪れるが……。
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