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どうせ勝てないので、魔王は勇者を楽しませることにしました  作者: shiyushiyu


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29/31

第29娯楽

でも「もう逃げられない」と読者に分からせる。


そのまま本文でいく。


第29娯楽:魔王のいない城


 城は、まだ立っている。


 壁も、門も、塔も、何一つ壊れていない。

 それなのに――

 何かが決定的に欠けていた。


 朝になっても、誰も声を上げなかった。


「……魔王様は?」


 その問いは、何度も口に出されかけて、

 誰も最後まで言えなかった。


 答えを、全員が知っているからだ。


 ●


 休憩スペースには、人が集まっていた。


 集まっているのに、

 誰も誰とも目を合わせない。


 湯は冷めている。

 椅子は空いている。

 笑い声は、ない。


「……本当に、連れて行かれたんだな」


 誰かが呟いた。


「……俺たちのせいじゃないよな?」


 すぐに、別の声が重なる。


「……でもさ」


「最近、魔王様……隠してたこと、なかったか?」


 空気が、ぴしりと張りつめる。


 最初の疑いは、

 いつも“善意の形”で現れる。


「だって……破壊工作のときも、

 魔王様、詳しいこと言わなかっただろ」


「……確かに」


「本当は、もっと早く気づけたんじゃ……」


 言葉が、少しずつ尖っていく。


 ●


 ユルは、隅で膝を抱えていた。


 腕には、包帯。


 昨日、魔王に抱きかかえられたまま、

 爆風から守られた場所だ。


「……ユル」


 声をかけられても、顔を上げない。


「……魔王様、なんて言ってた?」


 その問いに、

 ユルの肩が、びくりと揺れた。


「……生きろ、って」


 小さな声。


「それだけ」


 沈黙。


 誰も、その言葉を否定できなかった。


 ●


 メルキオは、玉座の前に立っていた。


 そこに座る者はいない。


 いや――

 座れなかった。


「……魔王様がいない城は」


 誰にも向けず、言葉を落とす。


「こんなにも、寒いのですね」


 返事は、ない。


 魔王は、命令を残さなかった。

 計画も、未来も、託さなかった。


 ただ――

 自分がいなくなった後の世界を、選ばせた。


 それが、今、城を壊していた。


 ●


 その日の夕方。


 城に、一通の書簡が届いた。


 王国の印章。


 内容は、簡潔だった。


 ――

 魔王は現在、

 世界評議会の管理下に置かれている。


 魔王城は、引き続き監視対象とする。


 裁きの日程については、

 追って通達する。


 ――


 紙が、床に落ちる。


「……裁き?」


「……処刑、じゃないのか?」


「……まだ、分からない」


 “まだ”。


 その言葉が、

 希望なのか、

 猶予なのか、

 誰にも判断できなかった。


 ●


 夜。


 城の灯りは、半分も点かなかった。


 誰もが、

 「ここにいていいのか」

 「疑われているのではないか」

 そんな不安を、胸に抱えたまま眠りについた。


 魔王がいた頃には、

 考えなくてよかったことばかりだ。


 ●


 同じ夜。


 遠く離れた場所で。


 石の床。

 鎖の音。

 冷たい光。


 誰かが、静かに問う。


「――魔王よ」


「貴様は、

 世界を乱した罪を認めるか?」


 返答は、まだ描かれない。


 ただ、

 一瞬だけ浮かぶ影。


 どこかで、

 誰かを庇うように立つ、

 あの背中。


 ●


 こうして第29娯楽は成立した。


 魔王がいないだけで、

 城はこれほど脆くなる。


 疑いが生まれ、

 後悔が芽吹き、

 守られていた事実だけが、

 遅れて胸を締めつける。


 そして読者は知る。


 次に描かれるのは、

 救済ではない。


 裁きだ。

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