~第1娯楽~
魔王に転生したと気づいたのは、その場の雰囲気で分かった。
その瞬間、頭の中に一気に情報が流れ込んでくる。
――俺は魔王。
――この世界のラスボス。
――そして、もう詰んでいる。
「は?」
声に出した直後、玉座の間の扉が勢いよく開いた。
「魔王様ぁぁぁっ!! 勇者です!!」
駆け込んできたのは、いかにも中間管理職という顔をした魔族だった。
息は上がり、角の先は欠け、装備は年季が入りすぎている。
「迎え撃つぞ!」
俺は立ち上がって、勇者を倒し、この世界を統べる存在のはずだ。
ところが――
「無理です」
即座に否定された。
きっと戦力が足りないとかそれとも――
「予定より早いのか?」
勇者は本来まだ来ないはずの段階なのに来たかのどちらかだろう。
しかし、実際は違った。
「いえ、それが……」
部下は一瞬、言い淀ってからこう言った。
「“暇だから来た”そうです」
「……は?」
聞き間違いかと思った。
「使命とか、復讐とかではなく?」
「はい。“最近やることなくてさー”と」
俺は玉座に深く座り直し、天井を見上げた。
なるほど。
理解した。
この世界は、もう持たない。
さらに記憶が続く。
魔王軍の現状。
兵力不足。
慢性的赤字。
四天王は半分リストラ済み。
残った連中も全員、勇者に勝てない。
勝率――ゼロ。
「……ちなみに、その勇者。強さは?」
「前回の勇者を単独で三分で倒したそうです」
勇者という称号は、この世界では珍しくない。
名声と報酬を求め、何人もの勇者が魔王城に挑んできた。
「そうか」
終わっていた。
完全に。
普通の異世界転生なら、ここでこう思うはずだ。
――俺が魔王として覚醒する。
――あるいは、何か裏技がある。
だが、記憶をいくら探っても出てこない。
あるのは、
・ボロい城
・やる気のない部下
・娯楽に来た勇者
「……戦ったら?」
「負けます」
「確実に?」
「確実に」
即答だった。
俺は深く息を吸って、吐いた。
「なあ」
「はい、魔王様」
「その勇者、今どこだ?」
「第一ダンジョンでスライムと遊んでいます」
遊んでいる。
攻略ではなく、遊んでいる。
「……楽しそうか?」
「はい。写真を撮っていました」
俺は決めた。
この世界で、唯一残された選択肢を。
「よし」
玉座から立ち上がる。
「方針を変える」
「……と、言いますと?」
俺は笑った。
どうせ勝てない。
どうあがいても勝てない。
なら――
「全力で、楽しませる」
「……は?」
「勇者を倒すのは諦める。その代わりだ」
俺は魔族たちを見回した。
「ここを、“来てよかった”場所にする」
「ま、魔王様……?」
「満足したら、帰るかもしれないだろ?」
沈黙。
だが、誰も反論しなかった。
反論できるほどの希望は、もう残っていなかったからだ。
「準備しろ」
「な、何のですか?」
「接待だ」
勇者は暇つぶしで来た。
なら――
俺は魔王として、最高の娯楽を用意する。
討伐される前に。
世界が終わる前に。
せめて、面白かったと言わせてやるために。




