父と母
その日の夜、僕は田中と渡会にテレパスを送ってみた。
すると、2人とすぐに繋がった。
「何日経ってる?」
と僕は開口一番聞いてみた。
時間の流れがどれくらい違うのか、それがすごく気になっていたからだ。
親友がどんどん年上になっていくのは、いろいろ教えてもらえたりするかもしれないけど少し寂しい気持ちもする。
だが、返ってきた答えは予想外のものだった。
『1日だけだよ』『昨日話したばかりだぞ。5日後かと思ってお前のこと考えるの忘れそうだった』
あれ?何でだ?
『田中ァ、お前「雄二のこと考えるの忘れそう」とか言ってるけど、今日一日ずっと雄二のことばかり話してたじゃん』
『そんなわけねえだろ、たまたま思い出した時に話しただけだ』
二人のそんなやり取りを聞いていると、涙が出そうになる。
だって、二人ともすぐに繋がったんだ。
ずっと僕のことを考えてくれてたんだ。
「ありがとう」
と思わず僕は声に出していた。
『何がだよ?』と田中がへそ曲がりな返事をする。渡会は『だって雄二は僕が小森さんに話しかけて馬鹿にされた時に一番に怒ってくれて、それがとっても嬉しくて……』と早口で語り始める。
僕は温かい気持ちになりながら渡会の語りを遮って
「本当に一日しか経ってないのか?」
と聞いてみる。時間の流れが不安定なのか?だって僕が目が覚めた次の日にテレパスを送ったら、向こうでは五日経ってたわけで……。
その時、田中が言った。
『お前がそっちに行くのに四日かかったんじゃね?』
確かにそれなら、僕が一日過ごした時に向こうが五日経ってるのにも説明がつく。
僕は光のトンネルをスッと通り抜けた気分でいたけど、気を失っていた時間があるのかもしれない。
『とりあえず明日もこうやって集まろうぜ。時間もほとんど昨日と同じだし』
『うん、僕も今日は晩御飯の時間だからそろそろ帰らないと』
また渡会は田中の家にお邪魔しているらしい。
『ああもう、家に帰って晩御飯ってのも面倒だな。まあ俺も今からおかんの飯食うんだけど。早く大学生になって居酒屋で夜遅くまで語りてえなあ』
「じゃあ俺だけリモート飲み会みたいになるじゃん」
僕はその場にいない。それは少し寂しいな、と思った。
『それでも……生きて……話せるじゃ……んかよお……』
田中の声が、涙に溶け込んでいく。
『雄二、お前はそっちで色々あると思う。でも、余裕があったら明日も話しかけてくれよな』
少し涙声の渡会が、嬉しい言葉をくれる。
「二人ともありがとう。でもさ、明日は父さんや母さんにテレパスを向けてみようと思うんだ。つい二人と繋がったのが嬉しくて、あと昼間は何かと忙しくて今まで出来なかったけど。だから、明日はもしかすると繋がれないかもしれない」
『何だ、まだ家族に……テレパスしてなかったのかよ。そっちこそ、俺たちのこと……好き過ぎ……なんじゃねえの?』
まだ涙声の田中が一生懸命俺をからかう。
もし父さんや母さんと繋がらなくても、こいつらはすぐに僕と繋がってくれるんだろうな、と思った。
***
次の日、リィナは「やることがあるから」と朝から出て行った。
僕は一人で出歩くのも怖かったので、この家にある本を読むことにした。
歴史や文化、さらにはこの町のお店の情報まで、いろいろな本があった。
でも、僕は家族と話せるかもしれないと思って気分が落ち着かなかった。
父さんも母さんも働いているから、やっぱり夜を待たないといけない。
それがもどかしかった。
それほどべったりした親子だったわけじゃない。
普通に反抗期があって、それが終わっても多少の気まずさがあって、それでも感謝の気持ちは心の中にある。
その日の夜、僕は田中と渡会にしたように三人での姿を想像しながらテレパスを送った。
すぐに母さんの声が聞こえた。
『雄二!本当に雄二なの!?』
「うん、僕だよ、母さん。そことはちょっと違う場所にいるけど、ちゃんと生きてるよ」
『ああ!雄二!!雄二ぃぃぃ!!』
母さんは泣きわめいてしまって話にならない。
そして……それ以外の反応がない。
母さんの泣き声の奥で、かすかに父さんの声が聞こえた。
「……もうあいつは死んだんだ、しっかりしろ」
父さんの声だ。でも、いくら父さんに話しかけても反応がない。
母さんが半狂乱になっているから、母さんにしか意識が向いていないのだろうか。
でも……。
結局、まともな話はできなかった。
僕が生きているということは伝わっただろうか。
母さんが「頭のおかしな人」として扱われるんじゃないだろうか。
そして、なぜ父さんと繋がらなかったんだろう。
母さんも父さんも、僕には同じように接しているように見えた。
でも、父さんは常識的に振る舞うべき振る舞いをしていただけなんだろうか。
母さんは、僕のことを依存的なまでに必要としていたんだろうか。
それはなぜ。
父さんと母さんは、どんな関係だったんだろう。
僕は、子供だった。
人が本心では相手をどう思っているのか、そんなことはわからない。……普通は。
「テレパス」これは思ったより怖い能力なのかもしれない。
父さんは、僕が死んで悲しんだんだろうか……。




