後悔
雄二は、猛然とカイウスに斬りかかった。
その速度は、目にも止まらぬほどだった。
雄二の剣技は、確かに上達している。
だが、この訓練所の責任者たるバルドから見れば、まだまだ未熟だった。
しかし、今の雄二はバルドが舌を巻くほどの勢いでカイウスに剣を向けた。
「……!」
カイウスは、必死で身をよじってその剣をかわす。
いや、かわし切ることはできなかった。
鮮血がほとばしる。腕に浅い痛みが走った。
カイウスも、反射的に剣を抜いた。
雄二の剣がうなりを上げてカイウスに襲い掛かる。
カイウスは頭上でその剣を受けるが、別人のように雄二の力が強い。
「くっ!」
このままでは押し切られると感じたカイウスは、剣を払って後ろに飛び退く。
しかし、それ以上の勢いで雄二が間を詰める。
——斬られる!
カイウスがそう思った瞬間、エリナが雄二に体をぶつけた。
雄二の体勢が崩れる。その目がエリナを睨む。
——ゾクッ
エリナの背に寒気が走る。感情のない目。
次の瞬間、エリナの腹に強烈な蹴りが入った。
体を鍛えた男の本気の蹴り。エリナは吹っ飛んだ。
口から血が流れる。内臓も無事ではない。
「ユージ……様……」
呆然とするエリナ。そして、痛みが襲ってくる。
「……ぐぅぅ……ぐふッ」
再び、血が喉を突いて溢れ出た。
「エリナ!」
その間にカイウスを庇う位置に移動し、剣を抜いていたリィナが叫ぶ。
猛獣のような雄二の前に立ちはだかりながら、エリナを心配している。
その声で、エリナは我に返った。
鈍い動きで自分の身体に手をかざし、治癒魔法を唱える。
その目からは、涙がとめどなく溢れる。
治癒などせずに死んでしまおうか、などという考えも浮かぶ。
だが、リィナの声がエリナを押しとどめた。
自分も危ない場所にいるのに、エリナを心配しているリィナ。
私が死んだら、悲しむだろう。
激しい内臓の損傷は、少し治癒魔法の気を抜くと命に関わりかねないほどのものだった。
リィナのために、エリナは必死で治癒魔法を唱え続けた。
雄二は、リィナの後ろのカイウスに視線を送っている。
リィナの姿は、眼中に入っていない。
「……よくもエリナを……!」
エリナはユージが好きなのに。その気持ちを考えると、リィナは胸が張り裂けそうだった。
そして、雄二に対する憎悪が膨らむ。
雄二は、カイウスに向かって猛然と突進する。
その足を、リィナが払った。
もんどりうって転ぶ雄二。それを見下ろす位置にリィナが素早く移動する。
「ユージ!!」
歯を食いしばってリィナは剣を振るう。
その剣を受け止めながら、雄二はつぶやいた。
「……リィナ?」
***
僕が剣術の稽古をしていると、エリナとリィナ、そしてカイウス様がやってきた。
その時、田中と渡会の言葉が頭に蘇る。
——人の感情を動かすような魔法もあるんじゃないか?
——エリナちゃんにでも聞いてみたら?
カイウス様もいるのなら丁度いい。知識も豊富だろうし、何より最近の非礼を詫びたい。
そう思ってカイウス様に近寄ろうとした時、僕は体の中を——いや、魂をいじられているような感覚を覚えた。
……————……
湧き起こる黒い感情。怒り、憎しみ、悲しみ。
僕の身体が、内なる感情に突き動かされるように剣を抜いた。
「駄目だ!」
と思っても体が動き始めてしまった。
止められない……。やめろ!いや、やるんだ……許すな……仇だ……違う!カイウス様は……仇だ……違う……仇だ……。
「ユージ!!」
リィナの声が聞こえた。気が付くと、僕はリィナの剣を受け止めていた。
リィナが必死の形相で僕に剣を押し当てる。
そして、少しずつ自分を取り戻す。記憶も……。
「リィナ……ごめん」
僕は、取り返しのつかないことをしたと思った。
その時、訓練場の入り口で、どよめきが起こった。
振り向くと、バルドさんが黒ずくめの男を押さえつけていた。
「怪しい奴を捕えました!」
男のフードが外れ、怒りに満ちた顔が露わになる。
黒ずくめの男を、バルドさんが後ろ手に縛っている。
その男が、僕に叫ぶ。
「あいつは仇だ!殺せ!」
その言葉を聞いた時、また僕の中からおかしな感情が溢れそうになった。
だが、リィナがそれをかき消す。
「ユージ!耳を貸しちゃ駄目!」
その言葉で、僕は冷静になった。
「くそっ!役立たずめ!カイウス!父の仇!わが身が滅ぼうとも、必ず呪い殺してやる!」
黒ずくめの男は、喚き散らしながら連行されていった。
僕は、リィナにもう一度「ごめん」と言った。
「そんなことよりエリナが……!」
リィナは僕の言葉を黙殺してエリナのもとに向かう。
カイウス様も僕には目もくれずエリナに治癒魔法を施す。
僕の記憶が蘇る。……僕が、やったんだ。
エリナのお腹を、思いっきり蹴り飛ばした。
柔らかいお腹に足の裏を思い切り叩きつけた時の嫌な感覚を思い出す。
あれを、僕が、やったのか……。
僕は、エリナに近づくことができなかった。
僕は操られていたんだ……そう言い訳したい気持ちもしぼんでいく。
僕は、一人立ちすくんでいた……。




