リィナとの出会い
僕が助けた女の子は、気さくに話しかけてきてくれた。
これは良い塩梅だ。
ここがどこでどんな状況なのか、それを聞くことができる相手に出会えたのだ。
僕は彼女を質問攻めにした。
その結果、ここはトルネアという国らしい。
そして眼下に見える門は、ルーネルという町の入り口。
ここはカイウスという若い領主が治めているが、かなり善政を敷いているそうだ。
ただ、カイウスがこの町を治めるようになってから5年程度らしい。
その前の領主は私利私欲のために民をいじめるような暴君で、多くの人から恨まれていてクーデターで殺された。
それが今の領主の父親なのだが、息子はそんな父親を反面教師として民を慈しんでいるのだそうだ。
父親の暴政をたしなめたりもしていたそうで、そのせいでかなり疎んじられていたらしい。
「カイウス様は、後継ぎから外されそうになっていたの」
だから、クーデターで父親が殺されても民を恨まず自業自得だと割り切った。
何にしろ、今の領主様になってから民は平穏に暮らしているそうだ。
「君は何歳なの?」
「……8歳」
???。どう見ても僕と同じ年代にしか見えないが。
と思ったところで僕は中学の時に公転周期というものを習ったことを思い出す。
1年が365日なのは、地球が太陽の周りをそれだけかけて1周しているからだ。
ここが地球以外の星だったとしたら、1年が何日なのかもわからない。当然年齢の数え方も違う。
そして、1日が24時間とも限らない。
この子が同い年だとしたら、公転周期は地球の2倍くらいかな?
とにかくそれだけいろいろなことが違うらしい世界において言葉が通じるというのが、僕に与えられた恩恵の一つなのかもしれない。
これで言葉が通じなかったら、僕は何も知ることなく朽ち果てることしかできなかったかもしれないのだ。
それからその少女のことも聞いてみた。
ずだ袋に穴を開けただけのワンピースのような服を着ているのは、その女の子が奴隷だかららしい。
追いかけてきていた男性3人に乱暴をされそうになって逃げてきたそうだ。
だとしたら、すぐに逃げ出してくれて助かった。
そんな理由だったら、女の子を突き出して自分だけ助かるわけにはいかない。
そうなると、殺されないまでもずいぶんな怪我をしていたことは間違いないだろう。
「君の名前は?」
「……リィナ」
そこから、リィナの方が僕に質問をする番になった。
僕は、自分のことを正直に話した。
恐らくこことは違う世界から来たこと、死んだと思ったらここで目が覚めたこと、身に覚えのない格好をしていること、行く当てがないことなど全てを正直に。
もしかすると、これは迂闊だったかもしれない。
だが、僕にはとにかく判断材料がない。
下手に隠しごとをして「敵国のスパイ」などと疑われたら大変だ。
その時に「どうして黙っていた」と言われたら非常に答えにくい。
だったら、最初から全部素直に話していた方が後々こじれずに済むだろう。
そもそも、丁度良い嘘を思いつかない。
西洋の騎士のような格好をしているけれど、こちらの世界ではこれがどんな意味を持つのかもわからないのだ。
そんな僕の話を、リィナは深くうなずきながら聞いていた。
それから、リィナは言った。
「行く当てがないならとりあえず町に行くといいよ。カイウス様が君みたいな人のための施設も作って下さっているから」
リィナはそう言って僕を町に連れて行ってくれた。
城壁に囲まれた、日本では見ない町。
リィナは、門を通る時も門番と気安く言葉を交わしている。
もしも僕1人だったらどうなっていたんだろう。
そう思っていると、後ろで「何者だ!」という声が聞こえた。
不審者が町に入ろうとして捕まったらしい。
リィナがいなかったら僕もああなっていたのだろうか。
町に入ると、石畳の道の両脇に、屋台のような店が並んでいた。
焼いた肉の匂いが漂っていて、空気が少し温かい。
さらにリィナの後をついていくと、役所のようなところに到着した。
そこで何かの手続きをするらしい。
リィナが書類に何か書き込んでいる。そして
「ここに名前書いて」
と言ってその書類を渡してきた。
名前……この女の子がリィナというカタカナ名だから、浜田雄二では通じない気がした。
そもそも漢字というものがここで使われているのか。
そこでリィナに他の紙に書いた本名を見せてみた。そうすると
「……それじゃここの人には通じないよ」
そう言って、リィナは自分の身分証を見せてくれた。
そこには、カタカナで「リィナ」と書いてある。
そこで「ユージ」と書くとOKが出た。
なじみのある名前が使えて良かった。
「トンヌラ」みたいな名前しか通じなかったらどうしようかと思った。
そこでは、リィナと同じカードのようなものをもらった。
日本で言うマイナンバーカードみたいなものだろうか。
とりあえず、これを持っていれば門も自由に通れるし他にもいろいろなことができるらしい。
それからリィナは、僕をある家に連れて行った。誰の家だろうと思っていると、
「しばらくの間はここにいるといいよ」
と言う。
行く当てのない人が泊まる場所だろうか、と思っていたが、他には誰もいない。
何と、そこでリィナも一緒に住むのだと言う。
「しばらくは私が面倒見てあげるよ」
逆らう理由はないが、一体どういうことだろう。
不思議に思いながらも、リィナの話を頭に叩き込む方が先だった。
ここでは職業訓練のようなものもあるらしい。
僕も当然ここで生きていかなくてはいけないのだから、何か仕事をする必要がある。
ただ、僕はこの世界のことを何も知らない。
だからリィナが職業訓練を受ける手続きもしてくれたんだそうだ。
とりあえずそこに行くのは明日からにして、2人で食事に出かけた。
もちろん僕はお金を持っていないので、リィナが奢ってくれた。
そして、僕は与えられた家の自分の部屋で横たわる。リィナは隣の部屋だ。
年頃の男性としては可愛いリィナのことは気になるが、それ以前にリィナの身分が気になる。
「奴隷にしては、おかしくないか?」




