素足の夜
僕は、剣の修業に力を入れることにした。
誰かを守れる男になりたいという気持ちはもちろんだが、カイウス様と顔を合わせずに済むからだ。
熱心に修業に通う僕に、訓練場の責任者のバルドが笑いかける。
「来たばかりの頃は笑えるほどへっぴり腰だったのに、随分たくましくなったじゃないか」
「ありがとうございます」
褒めてもらったことで、僕は嬉しくなった。
やはりある程度上達してくると楽しいもので、僕は通い詰めになった。
エリナは、時々そんな僕を見学にやってくる。
だから、エリナとは以前のような関係を続けていた。
だが、リィナはほとんど顔を見せない。
どうしたのかとエリナに聞いてみても、特に変わりはないらしい。
いや、隣の部屋から歌が聞こえてくるから、アイドル的なことを何か考えているのかもしれないとのことだった。
「たまに私に歌と踊りを見せてくるんですの。確かにかわいくはありますが……いえ、絶対私はあんな服は着られませんわ」
エリナにも、アイドルの魅力は多少伝わっているようだ。
そして、カイウス様のことも聞いてみる。
「カイウス様はユージ様がいらっしゃらないので寂しがっておられますわ。でも、何となく嫌われているようにも感じておられるようで……」
「嫌ってなんかいないよ!」
「でも、違和感があるってユージ様は言っておられたでしょう?カイウス様は、そのことも感じておられるんですのよ。何か原因があるのではないかと」
黒ずくめの男が、僕の頭の中に浮かぶ。
だが、それを深く考えようとすると頭に激痛が走る。
だから、あまり考えないようにするしかない。
そうしているうちに、記憶自体が薄くなっていった。
こうしてエリナとカイウス様について話すまで、僕はほとんど黒ずくめの男のことをわすれかけていた。
だが、あの黒ずくめの男のことはカイウス様にも話してあった。
彼は僕の話を信じ、捜索まで命じてくれたらしい。。
「でも、黒ずくめというだけでは手掛かりが少な過ぎて。着替えられたらおしまいですし」
僕がポロッと口にしただけのことを信じ、捜索までしてくれたのか。
そう思うと、僕は申し訳ない気持ちになった。
「エリナ、僕はその男のことを思い出そうとすると頭が痛むんだ。だから考えないようにするしかないんだけど、最近ではその記憶も薄れつつある。探すのは、無理だと思う。カイウス様に感謝の気持ちと、これ以上の捜索は無駄骨になりそうだと伝えて欲しい」
「ご自分で伝えられた方がカイウス様も喜びますのに」
「……今は剣術の稽古に集中したいから」
「リィナともしばらく会ってないでしょう?誘っても来ませんし、たまには顔を出してくださいまし」
「うん、考えとくよ」
こうしてエリナと話している時間は、とても楽しいものだった。
***
カイウス様のところに行かないので、僕には大事な仕事や解決したい問題もない。
だから、田中と渡会との会話もただの馬鹿話に終始することが多くなった。
最近では僕がテストや授業の愚痴を聞かされることも多かった。
でも、今回のことを相談してみるとすぐに親身になってくれた。
『顔を見ていると腹が立ってくる……か』
『相性が悪いのかなあ』
『何となく気に入らない、ということはあるよな』
「でも、最初はむしろ良い印象だったんだ。それから何もないのに、急に悪感情が湧いてきて」
『そっちの世界って魔法があるんだろ?何か人の感情を動かすような魔法もあるんじゃないか?』
『エリナちゃんにでも聞いてみたら?』
「それもそうだな。ありがとう」
そうして、二人との会話を終える。
確かに、こっちにどんな魔法があるのかを知っておいた方が今後のためにも良いだろう。
というか、なぜそんなことに気付かなかったのか。
とにかく、今度エリナに会ったら聞いてみよう。
僕は、そう思って眠りについた。
***
「エリナ、一緒にお風呂に入ろう」
「いいですわよ、用意しますから少しお待ちくださいな」
この世界では、お風呂は月に数回入る程度で娯楽のようなものだった。
リィナも、始めのうちはそれに従っていた。
あっちの世界でもリィナは、あまりお風呂に入らせてもらえなかったのだ。
だが、毎日お風呂に入りたいという欲求は高まっていった。
頼めば叶えてくれるかもしれない、という希望が、あちらでの普通を味わいたいという欲求になったのだ。
カイウス様は、「変わった習慣だな」と言いながら許してくれた。
そして、お風呂上がりのリィナがあまりにも気持ち良さそうなので、エリナもそれに倣うようになっていった。
衛生環境を向上させるために、最近では庶民の入浴頻度も上がっている。
それでも毎日お風呂に入るのは贅沢なことだ。
それを許してくれているカイウス様に、リィナやエリナは心から感謝している。
「最近良くお風呂に誘ってきますわね」
「うん、何となくね」
異世界から来たことを打ち明けた頃から、リィナはエリナに懐いている。
雄二のところに行く時は気を使っているが、それ以外では結構エリナと一緒にいる時間が多い。
とは言っても元々二人組のような関係だったが、以前は「自分が姉だ」というようなライバル感があった。
最近は、リィナがすっかり姉に懐く妹のようになっている。
そうして今日もリィナはエリナを風呂に誘ったのだが、さあ服を脱ごうというところでリィナが「ごめん、お手洗いに行ってくる」と言って出て行った。
エリナは先に浴室に入り、体を洗う。
そこに少し息を切らしながらリィナが入ってきた。
「ねえ、ユージとの関係は進んでるの?」
「そんなにガツガツするものではありませんわ。急ぐことでもありませんし」
「でも、誰かに取られちゃうかもよ」
「……!。それは考えてませんでしたわね」
などと話しながら二人は体を綺麗にし、湯船で温まる。
そしてお風呂から上がり、身体を拭いて寝間着に着替えよう……というところでエリナが叫んだ。
「何ですの、これは!」
その手に握られているのは、リィナとお揃いの寝間着だった。
言ってみればTシャツと短パン、こっちの世界の女性が身につけるものではない。
「お願い、一回でいいから着てみて!」
リィナが両手を合わせる。
その意味もよく分からなかったが、エリナは激怒した。
「恥ずかしいから着ないと言ったでしょう!私はあなたの世界を知りませんの。この格好は、はしたないと教わっていますのよ!」
「ふーん、じゃあ裸で部屋まで戻るの?」
そう、リィナはお手洗いに行くふりをして服を入れ替えた。
部屋まで戻っていたから息を切らしていたのだ。
「……!」
エリナは、真っ赤な顔でリィナを睨みつける。
エリナの視線を感じて、リィナはしゅんとする。
そんな姿を見ると、エリナは強く言えなくなる。
「もう……誰にも見られないように早く部屋に戻りますわよ」
リィナは、ぱあっと顔を輝かせる。
「エリナの部屋に行ってもいい?」
「私にこの服を着せたかったんでしょう?だったら別々の部屋に戻ったら意味がありませんわ」
「エリナ、似合ってるよ」
「絶対人前では着ませんわよ!」
こうしてエリナは気恥ずかしさと開放感を覚えながら、リィナと夜遅くまで話し込んだ。




