教育
第16話
夜になって、僕はまた田中や渡会にテレパスを送った。
一緒にいた時はクラスのカースト下位で集まっていただけと思っていたが、こっちに来てから以前よりも一緒にいる時間が増えた。
「最近はカイウス様のところで帳簿をつけたりしているんだ」
『おお、すっかり社会人じゃん』
『でも、俺たちだって来年には進路決めないといけないんだぜ』
『本当だ、どんな道に進もうかなあ』
「田中は結構数学が得意だったよな。渡会は文系か?」
『そうだなあ、やっぱり大学は行っといた方がいいのかなあ』
『やりたいこともまだ特に見つかってないし、まだ働きたくないもんな』
「いいなあ、俺も学校に行きたい」
『お前は可愛い女の子二人と働いてるんだからいいだろ』
軽くリィナとエリナのことを話したことがあるのだが、それがやたらと羨ましいらしい。
いや、僕自身も決して楽しくないわけじゃない。
最近はリィナも普通に接してくれるし。
『俺もお前のところで働きてえなあ』
と田中が言う。
『てか、本当に何でこんなことになったんだろうな。こっちの世界の奴、他にもいるのか?』
「いや、今のところはまだ見てないな。聞いて回ったわけじゃないからハッキリは言えないけど」
『それもいずれわかるといいな』
そんなことを話しながら楽しい時間を過ごし、それから僕は眠りにつく。
***
次の日、リィナとエリナが帳簿をつけていたので、僕もそれを手伝うことにした。
「数字がずらっと並んでるのを見ただけで頭が痛くなるわ……」
リィナが大きくため息をつく。
エリナは几帳面に羽ペンを走らせながら、少し誇らしげに言った。
「あなたみたいに数字が苦手な人が多いと、私の優秀さが際立ちますわ」
「だって、書き方がバラバラなんだもん。どこに何が書いてあるのかわかりにくいのよ」
僕は二人のやり取りを聞きながら、帳簿を一冊開いた。
羊皮紙に書かれた数字は、桁区切りも単位もまちまちで、合計欄もなければ月ごとの比較もできない。
「……これは難解だな」
「だからそう言ってるじゃない」
リィナが言う。
エリナは少し鼻を鳴らして続けた。
「それを毎月まとめてカイウス様に提出しているんですの」
——もっとわかりやすくまとめる方法を考えた方がいい。
「このやり方をするようにって言われてるの?」
「いいえ、お金の収支をまとめるように言われているだけですわ。だから書類ごとに全部記載しているんですの」
「収入と支出の書類は別々に付けた方が良くない?あと表を先に作ってそこに数字を埋めていった方があとで計算もしやすいし見やすいんじゃないかな」
そうして、実際にやって見せる。
「あ、これなら私にもわかる」
「確かにこの方が便利ですわね」
うろ覚えの簿記の知識だが、何とか受け入れてもらえたようだ。
そうして完成した帳簿を、二人は嬉々としてカイウス様に届けた。
エリナは、輝くような笑顔で僕に言った。
「カイウス様に褒めてもらえましたの!これもユージ様のおかげですわ!」
後でカイウス様は僕を呼び出した。
「帳簿のつけ方をリィナとエリナに教えてくれたそうだな」
「付け焼刃の知識ですから、あまり自信はありませんが」
「いや、前より随分わかりやすくなった。何より、あの子たちに考えるキッカケをくれたのが嬉しい」
同じ時期に拾われてきた二人は、最初はなかなか誰にも心を開かなかったらしい。
カイウス様を恩人だと認識しても、それ以外の人に対する警戒心は強かった。
そこから始めたので、教育がなかなか進んでいない。
とは言ってもこの世界で読み書きができるようになっただけでも素晴らしい進歩だということだ。
帳簿も、本当は専門でやっている職員がいる。
だが、二人を成長させるためにその仕事をやらせているんだそうだ。
「二人とも地頭は良さそうだから、向上心を持って努力してくれれば食うに困らない技能を身につけられるだろう」
そのために何かと二人を教育してやって欲しい、と頼まれた。
「特にリィナのことは気にかけてやってくれないか。少し危なっかしいところがある」
「わかりました。どこまで出来るかはわかりませんが、やってみます」
と請け合った後、
「ところで、僕も少し剣術を習いたいのですが……」
と言ってみた。この町はそれなりに治安も良いが、荒くれ者がいないわけではない。
それに、町の外にある森には魔物もいるそうだ。
何より、男としてあまりに弱すぎるのは格好がつかないという気持ちが強い。
——僕がもう少しでも強かったらリィナの入浴中に乱入せずに済んだのだ。
「うむ、わかった。まずは体を鍛えるところからだな。入門に適したところに話を通しておくから、明日からでも通うといい」
「ありがとうございます」
その日僕は、返ってから久しぶりに腕立て伏せや腹筋をして明日に備えた。




