病
第13話病
僕たちがカイウス様の部屋で話している時、ノックの後に一人の大柄な男が入ってきた。
「カイウス様、お話し中申し訳ありません。ですが、急ぎの要件で……」
「何だ?」
「今年も、流行り病の兆しが見え始めています」
「そうか、また熱と下痢か?」
「はい、数が少しずつ増え始めています」
……熱と下痢……確か本で読んだことがある気がする。
「穢れが広がっているのね」
リィナが言う。
「“不浄の風”ですわ。暑さが収まりかけるとこれですもの。他の町でも同じことが起こっているのでしょう?治癒魔法を使えるものが少ないので、なかなか治まりません。私が治癒魔法を使えれば良いのに」
とエリナが悔しそうに付け加える。
「カイウス様、どうしましょうか」
「うむ、しかし我々に出来ることは治癒魔法師をできるだけたくさんかき集めるしかないのだが、近隣の町々も同じ状態だ。なかなか集めることが出来ん」
「穢れを払うために魔術師に祈祷を頼んでもあまり効果はありませんわ」
「それでも、やらないよりはマシかも。祈祷をしなかったらもっとたくさんの人が病に倒れているかもしれないよ」
こうして話題は病気の流行に移り、僕は置いてけぼりになった。
いや、気になることはあったのだが、確信が持てない。
部外者である自分がでしゃばるのも良くない。
そんな事を考えていると、カイウス様が僕に気づいた。
「ああユージ君、済まない。今日はもう帰っていいよ。私の下で働く気になったらまた来てくれ。あと、あの家は自由に使っていい」
正式に住む家が確定したのは、僕の心を安心させた。
昨日までリィナがいたから少し寂しくはなるけれど、一人暮らしという響きに期待も感じた。
「ありがとうございます。それでは失礼します」
と言って僕は部屋を出た。
リィナもエリナも僕に興味がないようで、流行り病の議論に熱中している。
***
その帰り道で、僕は町の様子を見てみた。
日本の夏ほどではないが、ずっと高い気温の日が続いている。
リィナが茶葉をくれていたので、僕は水を沸かして飲んでいる。
暑い日でも冷たいものばかり飲んでいてはお腹を壊す、という親の教えで、夏も僕は温かい飲み物を飲むことが多かった。
だが、町の人は井戸から水を汲んでそのまま飲んでいるようだ。
暑い中で仕事をしてれば、少しでも冷たいものを飲みたくなるのは仕方がない。
だが、あれでは病原菌が繁殖してしまうのではないか。
その日の夜、僕は田中と渡会にテレパスを送った。
二人はすぐに繋がってくれる。いる世界が変わっても、絆を感じる。
『おお、雄二。昨日はテレパス送ってこなかったじゃん。忙しかったか?』
『「田中、雄二だって知らない世界に溶け込もうと必死なんだよ。毎日は無理だって。こいつずっと、「今日は話しかけてこないのかな、何かあったのかな」ってうるさかったんだぜ」
『うるせえよ。そんで昨日は何があったんだ?』
……昨日は女の子がお風呂に入ってるところに乱入を……とはちょっと言えないな。
「まあ基本的に仕事探しかな。高校生って身分がないみたいだから、働かなくちゃいけないんだ」
『うわあ、そりゃあ大変だ』
『俺たちバイトもしてないもんな』
「それで、今日は2人に調べて欲しいことがあるんだけど……」
そう言って僕はこちらの流行り病のことを相談する。
確か歴史の先生が雑談の中で、江戸時代に湯冷ましを飲むようになってから感染症が劇的に改善したと聞いたことがあったからだ。
だがそれが本当のことかどうか、どういう理屈でそうなったのか、等をきちんと調べてからカイウス様に伝えるべきだと思った。
適当なことを言って信用を失うようなことはしたくない。
『おお、そう言えばそんな話があったな』
『確か煮沸することで細菌・ウイルス・寄生虫のほとんどが死滅するんだっけ』
『ちょっと待ってろ、今スマホで調べてみるから』
そう言って、田中が調べ始めてくれたようだ。
渡会もスマホを取り出したような気配がする。
『それにしてもAIってすごいよな、聞いたことすぐ答えてくれる』
渡会が感心したように言う。
『でもたまに嘘もつくぜ。この前郵便料金聞いたら84円って言われたよ。それは前の値段だっつーの』
『じゃああまり鵜呑みにしないよう、ソースも調べないとだね』
そんなことをワイワイ言い合いながら、2人は病気のことを調べてくれた。
大腸菌や赤痢菌は80度で数秒、その他コレラや腸チフスなども100度で確実に死滅することが分かった。
『そんで、そっちの世界はどれくらいの文化なんだ?』
『こっちじゃ細菌が病気の原因だとわかったのは19世紀の後半だって書いてるぜ』
田中と渡会の問いに、俺は慎重に答える。
「そこまでは進んでいないと思う。魔法がある世界だから、特に科学的な面は遅れてるかもしれない」
『とにかく生水をそのまま飲んでるようなレベルなんだろ?衛生面もいろいろ改善した方がいいんじゃないの?』
『明日いろいろと調べておくから、また夜にテレパス送ってくれよ』
「うん、分かった。ありがとう。明日はとりあえず領主さまに水を煮沸して飲むように勧めてみるよ」
『ていうか、お前領主さまと直々に話せる立場なのかよ。すげえじゃん』
「異世界から来たってだけである程度特別だからな」
こうして、僕と田中と渡会はその日のテレパスを終えた。
一人になると、少し寂しくなった。
***
その日の深夜。リィナは大きな声を上げて跳び起きた。
呼吸が荒くなり、ぐっしょり汗もかいている。
虚ろな目をしたまま、両手で顔を覆う。
そこに、鍵を開けてエリナが入ってきた。
「またですの、リィナ?」
そう言って鍵を閉めたエリナは、リィナに近づいて頭を撫でる。
そのままリィナの布団にもぐりこみ、頭を抱き締める。
リィナの肩が小刻みに震え、エリナの胸に頭を埋める。
「よしよし、ですわ」
それから、リィナを落ち着けるための子守唄を奏で始める。
「しばらく落ち着いていたのに……」
と思いながら、エリナは優しい唄を夜のとばりに溶け込ませていった。




