逸走
——これは雄二の知らないところでの物語。
リィナとカイウスは、カイウスの仕事場に瞬間移動してきた。
領主であるカイウスは、現代日本で言う市役所のような建物の最上階に仕事場を構えている。
カイウスは、リィナに「大丈夫か?」と声をかける。
風呂場から飛ばされてきたリィナは、自分の姿を見て顔を赤くする。
バスタオルだけの姿で、背を向ける。
「ちょっと待っていなさい。羽織れる物を持ってくるから」
そう言って、カイウスは奥の部屋に向かう。
そんなカイウスを、リィナはうっとりと目で追う。
そこに突然、カイウスの部下の男たちがなだれ込んできた。
「カイウス様、大変でございます!」
勢い込んで部屋の真ん中までその男たちは進んだが、カイウスはいない。
そして、タオルだけを持ったリィナの姿が目に入った。
「お、お主、なんて格好をしておる」
そう言われた瞬間、リィナはパニックに陥ってその部屋から逃げ出した。
「いやああああ」
そう言いながら、リィナは自分の部屋を目指す。
***
リィナには、身寄りがなかった
どうしていいかわからずさまよっているところを、カイウスに拾われたのだ。
カイウスは、リィナを慈しんで育てた。
勉強を教え、独り立ちができるように……。
リィナにとって、カイウスはヒーローだった。
カイウスにとって、リィナは少しポンコツだがまだ伸びしろのある可愛い娘のような、妹のような存在だった。
カイウスは、この建物の地下にリィナの部屋を作った。
「自分の部屋」この響きは、リィナにとって生涯一の嬉しいものだった。
***
それはそれとして、今リィナはタオルだけを持ってカイウスの部屋を飛び出した。
この建物は防衛の都合上、階段は片方の端っこにしかない。
階段が真っすぐ上に続いていたら、すぐに敵に制圧されてしまう。
それくらい、物騒な世界なのだ。
カイウスの部屋は地上三階、リィナの部屋は地下一階。
そこまで、タオル一枚で駆け抜けなくてはならない。
だが、三階の階段前ですぐに足を止められる。
領主の暗殺を防ぐため、そこには警備員室があるのだ。
「リィナ、なんて格好してるんだ!」
警備員のみんなにあられもない姿を見られ、リィナは真っ赤になった。
ただ、誰もが知っているリィナなので止められることはない。
それから、二階、一階と降りていく。
とは言え、端から端まで走らなくてはいけない。
途中で声をかけられても、リィナは「見ないでくださ――い!」と叫んで走り抜けた。
その中には服を貸してあげようという善意の声かけもあったのだが、リィナにそれを聞き分ける余裕はなかった。
リィナがお風呂に入っていた時間だから、それなりに遅い時間ではある。
それでも、働いている人は結構いるものだ。
それらの人の間を必死に走り抜けて、リィナは自分の部屋の前に辿り着いた。
だが、そこでリィナはへたり込んでしまう。
雄二の正体を調べるために、何日かかるかわからない仕事に出て行ったのだ。
当然部屋には鍵がかかっている。
部屋の鍵は、雄二と暮らしていた家の中だ。
合い鍵の保管庫は二階、しかも合い鍵を出してもらうためにはいろいろと手続きが必要だ。
タオル一枚の姿でそこまで行って、さらに手続きを……。
考えただけで気が遠くなる。
部屋の扉の前で涙ぐんで動けなくなった時、声が響いた。
「あなた、なんて格好してるんですの!?はしたないったらありゃしない!」
「エリナ……」
かすれる声で、リィナが言った。
お読みいただきありがとうございます!
10話の区切りです。
今後も出来るだけ毎日投稿を続けて行きますのでよろしくお願いいたします。




