魔王チンパンジーの勉強の時間
魔王城内
王座のある室内はものすごく広かった。
その室内の一画に透明だが紫色に輝くガラスのような魔法のバリアが貼られている。
万が一勇者や裏切り者が現れてもそう簡単には通さない仕組みになっている。
その中に魔王チンパンジーが暮らしていた。
結構大きい長方形の机がある。本棚がある。
魔王チンパンジーが椅子に座って何やら複数の本並べ、
ページを読み込んでは難しい顔をしている。
魔王チンパンジーは馬型の魔物に話しかける。
「……なあ?この世界はどれくらい広いのだ?」
「はっ。えっと、、この地図を見てくださいませ。
ここが魔王城で……ここのあたりがメーロッパでございます。」
「ふむ?そうかそうか。ところで、異世界人の本を色々読んだ限り
この世界は平面でできており回りが滝で端に行くと落ちるだとか、
または亀の上に載っていてなんとかんとかと書いてあったが……
魔族の観測によると世界はそうではなく宇宙に浮かぶ球状の何かなの……だな?」
「はっ。そのようにございます。」
「……お前?……まさかわれを騙そうとしていないよな?」
魔王チンパンジーはそういうと右腕を掲げるとその上腕は銀色に光り始めた。
この技は「はめつのかわらわり」と呼ばれる肉体強化系の究極攻撃魔法である。
この手刀の威力とチンパンジーならではの腕力の組み合わせに耐えられる魔物は魔族を含めこの世界には存在しない。
先代魔王を不意打ちで葬ったのはこの技である。
馬型の魔物は目を見開きおびえ横に首を振り耳を後ろに傾けて答える。
「いえ、、、とんでもございません。
確かにこの世界のこの地方の丸耳の人たちの認識はそのようなのですが、
その認識は非常に遅れているということなのでございます。」
魔王チンパンジーは振り上げた右腕を下ろした。銀色の光は収まった。
馬型の魔物はやや胸をなでおろす。
「……遅れている?」
「観測技術があまり発達していないということでございます。
あなたのやってきた魔法の無い世界の丸耳の人たちの間では、
球状の何かを地球と呼び、ほぼ共通した一般見解になっております。」
「ふむ、それでその地球とやらに大陸や島が載っているというわけか?」
「はい。そのようにございます。また、それだけではなく、
魔王様がいたころの人間たちは宇宙に向かって
ミジンコのように飛び出してもいたようでございます。
ほぼ無駄におわるあがきでしょうけど……」
「にわかには信じがたいが、、、魔法はなくとも人間は知恵だけでそれが可能になった……というのか?」
「そうでございます。」
「私が思うに、魔王様の生前の世界はおそらく科学技術のほうが発展した未来なのではないかと思います。きっと長い長い時間をかけて丸耳の人間たちは世界の認識を更新してきたのでしょうね。」
「そうか。そう考えるとこの世界では忌まわしき銃とやらが
未だに大量に生産されていないのも合点がいくな……
攻撃魔法があるのなら、わざわざ作るのに手間のかかる銃はあまり意味がないだろう……」
「確かに嘘はついていないらしいな……ふむ……
人型の魔族はどうも憎き人間どもよりもさらに知恵が上回り狡猾そうであまり信用できんが、
獣型の魔物はあまり嘘をつくことがないから少しは信用してもいいのか……?」
(あっ……人型の魔物の特性がバレている……)
馬型の魔物は内心そう思ったが口には出さなかった。
実のところ、人型の魔物にはある計画があったが口外しないよう言われていたからだ。
「次は魔族が観測した人口動態を教えてくれないか。丸耳の人たちだ。
どうもこの世界の人間たちの人口動態はおおざっぱで信用できない気がするんでな。」
「はっ。この地球全体ではおよそ二億人。メーロッパあたりでは三万人くらいでございます。」
「ふむ?お前の渡してきた科学のある世界の人口統計とやらと比べると、
魔法のある世界では二分の一くらいになっているようだな。」
「はっ。それは我々魔物たちが存在するゆえ生存競争もあるし、
魔族も日々戦っており丸耳の人間の人口が増えすぎないように調整しているからであります。」
「調整……?」魔王チンパンジーは怪訝そうな顔をした。
馬型の魔物は、はっと気づくと取り繕うように言った。
「もちろん、大昔から人間を絶滅させるために!
人口を集計させ!統計しているのでございます!
何しろ丸耳の人間たちは年がら年中が発情期とも言え、
人によってはその気になれば毎年子を産むことすら可能だからでございます。」
「……それではまさにネズミ算ではないか?いや、ネズミよりはまだましか……
一応聞くが、われの居た頃の科学技術のある世界の人口は何人だったのだ?」
「はっ。82億をこえています。」
魔王チンパンジーは一瞬きょとんとした顔をし瞬きを何度かすると、
眉間にしわをよせ顔は怒りの表情に変わり牙をむき出しにしつつ言った。
「嘘だ……」「われを騙そうとしている……」
「……われの種族の人口は最盛期でもたった二百万人だったと……ここに書いてある……」
魔王チンパンジーは思わず机をダン!と叩いた。
それだけで机は真っ二つに折れて使い物にならなくなってしまった。
馬型の魔物は驚いておもわずヒヒーンと鳴き、後ろ足で立ち上がり、
前足を地面につけると、あわてて言う。
「いえいえ!ですから!ですから!
この魔法のある世界でも人間を絶滅させるために!
人口を減らすための戦いをしているのでございます!
我々魔族がいる限り、人口爆発は絶対ありえませんぞ!絶対!絶対にです!」
魔王チンパンジーは何とか怒りを抑えようと深呼吸をする。
あまりにも怒りすぎると知性の加護が失われるのを実感しているからだ。
「……そうか。もうよい。下がれ。」
「……今日の勉強は終わりだ!我は怒りを鎮めねばならん……」
「はっ。承知いたしました。これにて失礼いたします。」
馬型の魔物は口でバリアを操作すると、
まるでドアを開けるように出ていき、振り返りバリアを閉めた。
そしてとぼとぼと離れて歩いていき、極めて小さな声でぼそぼそ独り言をつぶやいた。
「あーあ、また新しい机を調達しなくてはな……また取引先のドワーフに怒られちゃうだろうなあ……
魔王様ほどじゃないけどあの頑固爺さんも結構怖いしなあ……」
魔王チンパンジーは獰猛ではあるが思いのほか学習意欲も高く努力家だった。




