ゴリラは『ゴリラ』と言うことができなかった。
俺は相変わらず森林の住ゴリラとして暮らしている。
猿の仲間に、白い少女も仲間……なのだろうか?
少女の意図がよくわからない。
それはともかく、俺は時々そうするように、
森林と道路の境目にたって人の声に耳を傾けている。
でも道路の先に踏み出すことはなく、木陰からこっそりうかがっている。
正直いって人間はまだ怖いが、遠くの人間の縄張りにある
建物には森林では見られない、おいしそうな果物が並んでいるのが見える。
赤色に、緑色、それらの果物はよく知らないが、俺の知っている黄色いバナナもある。
それらの果物は魅力的にみえる。
生前命がけで拝借したバナナはこの世とも思えない程美味だったからなぁ……
そんなことを考えていると、白い少女がそばにやってきた。
そして猿の声で言った。「見る」「果物?」
俺は猿の声で答えた。「果物」「ほしい」
「できない」「私」
……「ゴリラ」
この時は単純に、あの果物が欲しいが俺は人ではなくゴリラだから無理だろう……
と言いたかっただけなのだ。
ただ、その時気づいた。
ゴリラを意味する声は、猿の声のレパートリーには存在しないし、
人の言葉はうまく発音できないので、
実際に発した声は オー、ウィー、アー だった。
人の唇の形を頑張って真似てもこれくらいしか真似できない。なぜだろう?
他にできることはないか……
ゴリラを意味するものとは何かを考える……
オスのゴリラは頻繁にドラミングをする。
メスのゴリラはめったにしないがドラミングをすることがある。
子どものゴリラはそれをみてドラミングを真似るし、
自発的にすることもある。ただそれは腹だったりするが。
俺によく似た種族のチンパンジーはドラミングをしない。
すると、ドラミングかな……?
今の俺はすっかり果物のことを忘れ、
ゴリラを意味することを伝えようとしていた。
俺は腰を据え、地面に座り、
ゆっくり、しかし手のひらで、胸を叩く仕草をし、
オー、ウィー、アーと声を発した。
白い少女はそれを聞くと、何かを悟ったよう顔をしながら
……「ゴリラ?」とはっきりした声で言った。それは紛れもない人の言葉だった。
俺は猿の声で「良い!」「それ!」「鳴き声!」と言った。
すると白い少女は何かを思案するような顔をしながら猿の声で問いかけた。
「人」「あなた」「鳴き声」「できない?」
俺はしかめた表情をし、同意の仕草をした。
白い少女が何か良いことがあったときにしばしば顔を上下に振るのを見て学習した仕草だ。
すると白い少女は今度は私の仕草を真似た。
ゆっくりと手のひらで胸を叩く仕草をした。
そして人の声でこう言った。「ゴリラ」
俺はうなずいた。それ以来、ゆっくりと胸を叩く仕草はゴリラを意味するようになった。
そのうち仲間の猿たちもそのしぐさを学習してしまい、
俺のことを意味するときには胸を叩くようになった。
今さらだがきわめて学習能力のある猿だよな……
ある時白い少女が猿の声でこう問いかけてきた。
「あなた」「人」「鳴き声」「欲しい?」
その意味することは俺には大体分かる、
「あなたは人の言葉を話したいの?」ってことだろう。
俺は同意のうなずきをする。
だってとある鳥にできることが俺にできないのが不思議でたまらず、
そのことはしばしば俺を悩ませていたからだ。
白い少女は何か思案にふけり、困った顔をしながらも微笑んだ。
そして俺の群れから離れていった。
でも俺にはわかっている、そのうち戻ってくる。
猿たちの群れと俺に合流しては離れていくことをしばしば繰り返しているからな。
それに白い少女の住処は俺らの行動域とは違うもっと遠くの森だろう……。
向かっていった先は道路のほうではなく、森の奥深くのほうだったからだ。
とがった耳の人はどうやら丸い耳の人間の縄張りには住んでいないらしい。
さぞかし同族のとがった耳の人とお話でもしているんだろうか……
あいつはおしゃべり好きだからな……




