白い少女
それからさらにしばらくたったある日のこと。
俺は相変わらず森林の住ゴリラとして生きていた。
今では猿たちの鳴き声も完全にわかるようになってきた。
実際の声してはほとんどがキーキーとかギャーギャーみたいなものだが、
慣れると意味が分かってくるから実に不思議だ。これも知性の加護のおかげだろうか?
猿の声は俺も練習した末に発音できるようになっていた。
だから今は猿と意思疎通がもっとできる。
……でも森林の外から聞こえてくる人の声は、
何度か試みたが未だに上手く発音できない。
なぜだろうか?俺にはまだ理由が分からない。
とある鳥のほうがむしろ人の声真似がもっと上手だ。
声だけ聴いたら区別がつかないほどそっくりだ。
もっともその鳥は人の言葉の意味をあまり理解していないようだが。
でも声真似が上手い鳥は、同種の鳥にモテるらしいというのは俺にもわかった。
そういったことを考えていると、
木の上にいる猿が話しかけてくる。
猿「来る!」「来る!」
「何が?」
猿「俺の!」「友達!」「森林!」「守る!」「そいつ!」「すごい!」
「よくわからんが会ったほうがいいのか?」
猿「良い!」「良い!」「新しい!」「友達!」「あなた!」「会う!」
「ふーむ?」
猿に導かれるまま森林の地面を歩いていくと
向こうから何やら白いものが見えてきた。
猿「見えた!」「友達!」
そのものはよく見ると人にみえた。
白い人は木の上に立っていた。
人……?
おかしい。森林に暮らす人がいるはずがない。
……いや、生前も俺の後を長い間付け回していたが、
近づいてみると、じっとして特に何もしてこない人がいたな。
でももしかすると……密猟者かも?
俺はその場で立ち止まる。
その人らしきものをよく観察する。
顔は人にみえる。でも耳の形が俺の知る人のそれと違って長くとんがっている。
比較的小柄。髪は白く長く伸びている。髪が長いということは人のメスか……?
体はひらひらした薄い毛皮で包まれている。人の毛皮はじつに変わっている。
手には何も持っていない。うん。何も持っていない。
俺よりも弱そう。脅威……ではないのか……?
猿はその人に近づいて行って友好の笑顔をしている。
猿「来た!」「来た!」「俺の!」「友達!」「大きい!」「強い!」
どうやら俺のことを紹介しているらしい。
その人は俺を見ると驚愕したようすで何か言葉を話したようだが、うまく聞き取れなかった。
「・・・・・・・・ゴリラ・・・・・・・・・・!」
言葉をしゃべるということは人で間違いない。
それに森林の外から聞こえてくる声とたぶん同じ種類の声だ。
でも異世界人の言葉はまだ俺には少ししかわからない。
しばらくして俺が非常に警戒しているのを理解したらしく、
その小柄な人のメス(以下、少女)は去っていった。
俺は安堵した。
しばらくして数日たったあと、
またその少女がやってきた。
今度は猿たちと俺の群れの後をついてくる。
でも特に何もしないようだし、脅威をあまり感じない。
また後をついてくるタイプの人かな。
でも俺だって猿についているからそれを批判はできない。
もし批判するならすでにドラミングで「近づくな!」と威嚇している。
なお、このドラミングは、体の小さな猿では対抗できないほど
大きな敵を追い払うためにたびたび役立つので猿たちからありがたられている。
猿は相変わらず友好的にその少女に話しかけている。
少女も俺に話しかけてくるが、その言葉は相変わらずほとんどわからない。
一か月後
相変わらず少女はついてくるが、俺もその状況に慣れてしまったのか、
少女が隣にいてもあまり気にならず、その辺の草や木の葉をむしり食事をするようになった。
食事中、少女の言葉に俺は反応した。
「・・・・ゴリラ・・・・・知性・・・・・・加護・・・・・!」
俺はぎょっとして少女の顔を見る。知性に加護?それはここでは俺しか知らないはず。
少女はその様子を見ると何かを確信したように、にんまりとした笑顔をしている。
その笑顔が人の笑顔であるということは俺にもようやく分かるようになったが、
どうも犬歯をむき出しにする人の笑顔はあまり慣れない。
ゴリラの世界で犬歯をむき出しにするのはすわなち威嚇ということを意味するからだ。
俺は犬歯を隠すゴリラ流の笑顔をした。これをまねてほしいものだ。
少女は俺の表情をみると、犬歯を隠す笑顔をした。
おお、俺の意図が伝わったか?俺はうれしい。
そばにいた猿は言う。「同じ!」「同じ!」
俺も猿に向かって同じ鳴き声を交わす。「同じ!」「同じ!」
そのときは、単純に猿に向かって喜びを共有したかっただけなのだ。
少女はやや驚いた顔をみせるとしばらく思案した様子を見せたのち、
そのあとにとった行動に俺は驚いた。
少女の口から猿の鳴き声がしたのだ。
少女「わかる?」「猿!」「鳴く!」
俺は驚きつつもこう答えるしかなかった。
「わかる!」「猿!」「鳴く!」
少女はこう聞く。「あなた」「私」「友達?」
俺は正直に答える。
「まだ」「友達?」「まだ」「違う」
「まだ」「人」「怖い」
今の俺はまだその少女を完全に信頼してはいなかったからだ。
少女は少し悲しそうな顔をしていた。
なんだか俺ももうしわけなくなる。
だがゴリラは本来臆病でありそう簡単に友好的になれると考えるのがまず間違っている。
そのことはなるべく理解してもらいたい。
それを猿の言葉で伝えることは難しかったが、
少女のほうはなぜかそれをすでに知っているかのようだった。
まるで出会う前からゴリラという生き物を知っているかのように。
それならばと、ゴリラの言葉で少女に何度か話しかけてみたことがあるが、
少女はきょとんとするばかりで、俺の声には反応が鈍い。
……そうか。俺が異世界人の言葉がまだあまり分からぬのと同じように、
少女はゴリラの言葉が分からないのかもしれない。
それから一か月後
俺はようやく少女のことを猿の声で「友達」というようになった。
少女はうれしそうな顔をしているが、相変わらず後をつけてくるばかりで何もしてこない。
でも以前と違って少女は猿の言葉で頻繁に話しかけてくるようになった。
それだけではなく、俺が理解した鳥たちの言葉まで用いて話しかけてくる。
少女という生き物はよほどおしゃべり好きなのかね……?
でもあるとき、少女が「ジャージャー」と鳴き、俺はヘビが来たと思い、
あわてて木に登ったが、そこにヘビはいなかった。
少女の意図がからかいだということに気づいた俺は、
木から降りて怒りのドラミングをした。犬歯をむき出しにする威嚇の顔をした。
また猿の言葉で「いない!」「だます!」「やめろ!」とも言った。
猿たちも同じような思いをしたらしく、少女に同じような言葉で抗議していた。
こういうのはさすがに勘弁してほしい。
少女は驚き、反省をしているようだった。
それ以来、俺をからかうことはなくなった。
それはそうとして、人の口は何故だかわからないが、
声真似が上手なとある鳥と同じくらい発音の真似が上手いらしい。




