ゴリラ タテ! アルケ!
メーロッパ森林内
白い少女は「オマーキ」と名付けた
メーロッパオマキザルの中でも特に利口な個体を試していた。
神を試してはならない
……だがしかし、とくに『動物の猿を試してはならない』
……とは、どこにも書かれていなかったからだ……
白い少女は人の言葉で言う。
「オテ!」
オマーキは白い少女があらかじめ差し出した手に、さっと自らの手を重ね合わせる。
「オスワリ!」
オマーキは前足をのばしたまま、後ろ足を折り曲げる姿勢をとりお尻を地面につけた。
「オマワリ!」
オマーキはその場で何回か回転した。
白い少女はその様子を見て満足そうな顔をしている。
「ヤッパリ、イヌノコマンドモオボエラレルノネ!」
……俺、ゴリラはその様子をただ眺めている。いったい何をしているんだろうか……
オマーキは白い少女から声を掛けられるたびにいろいろな動作をする。
その報酬にちょっとした小さな木の実を受け取る。
オマーキだけではなく、それを見ていた周りの猿たちも
やがて、その声を、対応した動作と結び付け、学習するようになっていった。
……?よくわからんけど、この白い少女に従う猿の動作の真似をすれば俺も、木の実がもらえるってことかな……
白い少女は俺のほうへ振り向くと言った。
「オテ!」
……俺はやれやれと、白い少女の手に、手を重ねる。
白い少女は木の実をくれた。 おっ、やはり木の実をくれるのか。
俺はその木の実をほおばる。森林内でもなかなか見られない木の実だからうれしい。
それは小さいが、赤く、口でプチプチはじけ、わずかに甘みがある。
後日、それは「ベリー」と呼ぶということを教えてもらった。
そしてオマーキも周りの猿も、俺も色々な動作と対応した言葉を学習していった。
……しかしこの一連の動作に一体何の意味があるのだろうか……
数日後にちょっと違ったことが起きた。
今度はオマーキが赤いベリーの山の隣に座っており、
白い少女に対峙している。
オマーキは猿の鳴き声しか出せないはずだが、
何かを頑張っている……口をもごもご動かす……
そしてとうとう発音した。
「オエ!」
その発音は明らかに人の言葉とは違っていたが、白い少女はオマーキに手を差し出す。
「オウアイ!」
白い少女は両腕を地面につけ、
長く伸びた両脚を懸命に折り曲げるが……地面にお尻はつかない。
でも懸命に真似しているのは分かる。
「オアアイ!」
白い少女は元々二本足で立っていたので、
そのまま二本足でその場で回転する。
……人が回転するのは初めて見るなあ……
オマーキはキャッキャと笑いの鳴き声をあげ、白い少女にベリーを渡す。
白い少女はベリーをほお張る。
俺はその様子を不思議そうにみつめる。
……一体何が起きているんだろう……?
発音が少し……、いや明らかに間違っているのに……
あたかも言葉が通じてるかのようだ……?
俺が何か思案している様子を白い少女は見届けると、
おもむろにベリーの山をごっそり持つと、俺のそばに置いた。
こちらを見て、様子をうかがっている。
俺に対してなにを求めている……?
……?もしかしてオマーキのように発音しろということか……?
でも俺はゴリラだ……あの声真似の上手い鳥ではないんだ……
人の言葉など話せるわけないに決まってる……無理だ……
それでも白い少女はまだ待っている。
その表情は明らかにこちらに対して期待の眼差しを向けている……
やれやれ……仕方ない……頑張るか……
……「オエ!」 ……やはりうまく発音できるわけない。
それでも白い少女は手を差し出す。でも困った顔をして首をかしげる。
……少女が手を差し出した先は何もない空中だったからだ。
あっそうか!「オテ」という言葉は俺が先に手を差し出さないと意味ないのか。
俺は地面についていた拳を持ち上げ、手を差し出すと白い少女はうなずく。手と手が重なる。
そして、白い少女の目線はベリーの山に向かっていく。
……ずっとベリーを見ている。見ている……俺を見る……ベリーを見る……交互に……
……?ああ、そうか、俺の手でベリーを渡さなきゃいけないんだな?そうなんだな?俺はベリーの山から一つ掴んで、白い少女の手に渡す。
白い少女はベリーを受け取り嬉しそうにほお張る。
そしてこう言った。
「ヨクデキマシタ!」「エライ!」「エライ!」
手をパチパチ鳴らす。
なんとなくほめているらしいのは表情と雰囲気でわかるが……
果たしてこれでいいんだろうか?
それでもまだ終わりではないらしい。
少女は何かを待っている……
次の?
ああ、ということは……
俺は次の発音を試みる。
「オウアイ!」 白い少女は先ほどと同様にして座る。地面にお尻はつかない。
「オアアイ!」 白い少女は立ち上がりその場で回る。
俺はベリーを渡す……
白い少女はベリーをほお張る……
なんのこっちゃ……
数日後がたったある日俺はある時ふと思う……
白い少女は言葉を教える。俺は言葉を覚える。
上手く発音できないけど、この白い少女にはなんとか通じるのかもしれないな……?
うーん、でも発音が難しい言葉は沢山ある……とても難しいな……
数日後
白い少女はオマーキに対して
今度はもっと高度な言葉と動作を教えようとしているらしい。
白い少女は言葉を発する。
「マネ!」
少女はグルグル回る。 オマーキもそれを見てグルグル回る。
「マネ!」
少女は片手を掲げる。 オマーキもそれを見て片手を掲げる。
「マネ!」
少女は手をパチパチ鳴らす。 オマーキもそれを見て手をパチパチ鳴らす。
「マネ!」
少女は手を地面に付けて四つん這いになる。
オマーキもそれを見て……いや何も動作は起こらなかった。
なぜならオマーキははじめから四つ足で立っていたからだ……
オマーキはこれでいいの?とでもいいたそうな困惑した顔を浮かべる……
少女はそれをみて頷いている。オマーキはちょっと安心したようだ。
「マネ!」
少女は二本足で立ちあがった。
オマーキはそれを見て再び困惑の顔を浮かべるが
……前足を地面からはなし……二本足で立ちあがった。
だが、少女はまだ納得していないらしい。再び「マネ!」と声を発する。
オマーキは立ったままやや困惑していたが、何かに気づくと
今度は背筋を伸ばしてあたかも人間のように立った。
「ヨクデキマシタ!」「エライ!」「エライ!」
数日かかったがオマーキ以外の猿も「マネ!」を学習した。
俺はそれを眺めている……
それの一連の動作は相手とできるだけ同じ動作を模倣しろって意味らしい。
ふーむ、難しいもんだな……
いつものように少女は「マネ!」と言いオマーキは背筋を伸ばし立つ。
「マネ!」少女は……そのまま歩き出した。
オマーキはえ……?とでもいうような顔をしていたが、
すぐに意味を理解し、人ほど長くない後ろ脚でスタスタと歩き出した。
それを見ていたゴリラの俺は驚愕した。
嘘だろ……
猿が、人のように歩いた……
猿が、人のように歩いた……
いつしかオマーキ以外の猿も白い少女がいる時に限って、遊びでときおり二本足で歩くようになった。だがその動作は猿には本来向いていない。人のように長くずっと歩けるわけではなかったが、少女としてはほんの短い間だけでも良いようだった。
少女はいつもの立った姿勢で俺に向かって言う。
「マネ!」
え……?俺も後ろ足で立たなあかんの?そりゃドラミングするときには瞬間的に立つけどさ……
俺は後ろ足で何とかたち、……背筋をピンと伸ばした。……こりゃきついな。
どう考えても俺はゴリラだ。短い後ろ足の感覚に集中する。あまりの体重の重さに後ろ足が震えだす。
数分立ったが限界がきて拳を下ろし、四つ足に戻る……
少女は得心し頷き、ベリーを渡す。これでいいのか……そうか……後ろ足が疲れた……
数日後
「マネ!」……「タテ!」
オマーキは「タテ」を、立つ動作と理解した。
「マネ!」……「アルケ!」
オマーキは「アルケ」を人の歩く動作と理解し二足歩行をした。
少女はこちらを振り返り見る。
ん……?もしかして俺にも同じ動作をさせようとしている?
「マネ!」……「タテ!」……「アルケ!」
やはりか。俺にできるのだろうか。
俺は直立姿勢で立つ。目の前に立っている白い少女の顔が低くなり、見下ろした形になる。
俺は似たような姿勢だと、白い少女よりも背が高いんだな……と改めて思う……
あっ、アルケだったな。
後ろ足の片方をのばし、空中にあげる……
一歩を恐る恐る踏み出す。何とか地面についた。
次は、もう片方の足を前に出しを踏み出す……
それはヨタヨタと左右に体が揺れ、ぎこちない動作だったが、
生前の俺はたとえ人を見かけても一度も真似しようとは思わなかった動作だから無理もない……
そのぎこちない二足歩行の歩みでゆっくりと白い少女に近づいていく……
そしてとうとう白い少女の目の前まで来た。
「ヨクデキマシタ!」「エライ!」「エライ!」
俺はまたベリーをほお張った。
これではまるで……ゴリラが人の真似をしてるみたいではないか。
ああ、「マネ」が真似という意味なのだな……
と俺はその時になってようやく理解した。
しかしゴリラが人の真似をしたところで一体何になるのだろう……
二足歩行にしても頑張っても今のところはせいぜい数十秒が限界だ。
それでも白い少女は俺の初めての二足歩行に……何か感慨深げな顔をしているようだった。




